テイクオウンします
昨日みたいに拘束されるでもなく、俺はセラフィナの馬の横を歩いていた。
彼女は手綱をゆるく握りながら、のんびりペースで進んでいる。
どう見ても、連行というより散歩のお供だ。
ノノは道端の草を摘んで、指にくるくる巻いて遊んでいた。
なんとも、のどかな一行である。
「なあ、これって本当に“連行”なのか?」
「法的には“同行中”よ」
「……抜け道かよ」
「ていうか、お前ら何者?言葉は通じるけど、国も種族も謎だ」
「バグらしい」
「バグ? 種族名か?ってお前ら同じ種族じゃないしな……」
「俺もよくわかんね」
「ノノもー、わかんない」
会話がひと段落した頃だった。空に――警告文が走った。
その瞬間、セラフィナと、ノノがふっと顔を上げた。
二人は空を見上げていたが、何も見えなかったようだ。
ソウヤの目の前でカウントダウンが始まる。
コードの羅列が見える。
馬が落ち着かなくなったのでセラフィナが降りて様子を伺うと、変化が起こる。
砂煙が舞い、中から現れたのは――漆黒の仮面。
全身を黒ずくめのライダースーツ。
俺の目の前にコードリーパーとコードが出る。
【あなたがバグ認定されました。AI女神】
よくわからんが、敵として認定されたのか?自分で呼んでおいて勝手なAIだな。
AIだからこそか?
しかし、リーパー(刈り取るもの)ときたか。
武器は鎌じゃなくて十字槍か、まぁあれでも刈れるわな。
世界の秩序を保つために設計された、AI女神直属の排除ユニット。
コードが長くて読んでられない。
そもそもこの世界のことがまだわからない。
「観測外存在No.530、再確認」
「バグ影響波を確認。排除対象数、増加中」
「優先度を――Cへ再定義」
「……それっぽいこと言うね」
思わず俺が呟いたときには、リーパーはすでに十字槍を構え、宙を舞っていた。
「排除――開始」
「ノノ、下が――」
「だいじょうぶ。ソウヤは、みてて」
ノノは、落ちて一本の木の棒を拾った。ただの棒。
でもその構えは――完全に、槍だった。
「くるぞ!」 セラフィナが剣を抜き、前へ出る。
二人の間に、風が走る。
リーパーの突きが迫る。
瞬間――
ノノの木の棒が、正面からそれを受け止めた。
乾いた衝撃音。風圧。
「ログ損傷……演算不能……」
その棒が、リーパーの槍をはじく。
「干渉波を再評価……対応不可領域を検知」
わずかにノイズが空間を走る。
続けざま、セラフィナの剣が一閃し、槍を地面へと叩きつける。
技というよりは剣の重みでたたき伏せるような一撃。
リーパーの足元が揺らぎ、初めて後退する。
それは、ほんの十数秒の戦闘だった。
でも、その中で確かに―― 俺は、何もしていなかった。
ただ、“見ていた”。
「……退避。再定義処理中」
リーパーは、音もなくその場から跳び去っていった。
まるで、敗北を記録したくないかのように。
「……勝った?」
「撃退したかな」
俺の言葉には力がない。まだ何もわからないのだ。
セラフィナが剣を収め、息を整える。
ノノは木の棒を回転させる。使い慣れた武器のように扱う。
「なあ、俺、ほんとに何もしてないんだけど」
「ううん。ソウヤがいると、ノノの調子がいい」 ノノがいつもの調子で微笑んだ。
「……何がなんだかわからんが、よしとしよう」
風が止まった。 空気の密度が変わる。
ソウヤの目の前でカウントダウンが始まる。
コードの羅列が見える。
二人には見えてないようだ。
48時間のタイマーが動き出している。
そして、煙のように、消えた。
「……消えた?」何を意味していたのかわからない。
だが。
その場に立ち尽くしたまま、セラフィナだけが――呆然としていた。
「……何、だったんだ。あれは……敵だったのか? ……いや、それ以前に―― あんなものが、“この世界にある”ということが……」
彼女の中で、“秩序”が崩れ始める音がした。