変態紳士と視線誘導
刑務所の朝は早い――と相場が決まっている気がするが、 俺たちは昼まで放置されたようだ。
おかげで、よく寝れた。
「おはよう、ソウヤ」
その声で、目が覚めた。
昨日より、滑らかで、言葉が整っている。 口調も、響きも、発音も、昨日のノノとはまるで違う。
ノノが、微笑んでいた。
「……って、表情が良くなった?いや顔色か?」
「うん。なんか……頭の中のモヤがなくった気がする」
彼女の頬に、ほんのり赤みが差していた。 けれど本人は、気づいていないようだった。
「おーい……って、えっ」
ガチャン、と扉が開いて。 そこに立っていたのは、昨日取り調べをしてきた美人剣士――ではなく、 彼女の上司らしき、白髪混じりの厳ついお偉いさんだった。
そして、開口一番。
「なんでそんな距離近いんだ!?でパンイチ」
そりゃそうだ。 毛布一枚で、ぴったりくっついて寝ていたのを見られたのだから。
「……その、俺はパンイチで。ノノに、壁になってもらってて……」
「言い訳が逆にヤバいわ!!」
牢屋の一室が、朝からカオスに包まれた。
「記録がどこにもない。お前もそっちの子も」
自警団のお偉いさん――たぶん階級高めの人が、面倒そうに言い放った。
「まあ、被害も出てないしな。釈放してやる。二度と来るなよ」
「……カツ丼は?」
「先に服の心配はしないのかね?」
あきれ返った顔をしながら、テーブルに古びたマントとくたびれた靴を置いてくる。
カツ丼は出なかった。
後ろを見れば、ノノがモジモジしていた。 たぶん、俺の服のことを気にしてる。けど――
「ノノ。パンイチ見納めだぞ」
ノノはそっぽを向いてしまった。
お偉いさんも呆れてる。
結局――
俺は、マントだけ羽織って、靴を履いた状態で、街から追い出された。
モラル装備している。パンイチだ。
しかも今、マントをしてる。
マントインパンイチ。
……変態度、上がってね?
変態紳士にジョブチェンジした。いや紳士でもないなコレ。
「貴様……!」
セラフィナの声には、怒りと混乱が混ざっていた。街の門を抜け、ようやく“自由の風”を浴びていた俺とノノのもとへ、馬で追いついた彼女が、まっすぐに剣を抜いてくる。
鎧の胸あたりが見事に開いてるが、防御力とか大丈夫なのそれ。けしからん。
目線を誘導するための罠か、なるほど、けしからん。
「質問に答えろ。貴様は何者だ。何者が、貴様をこの世界に放った」
「……コンテンツポリシーに反します」
「……っ!」
セラフィナの肩がぴくりと跳ねた。
「意味はわからんが……!とにかく腹が立つ言葉だッ!」
剣が風を切る寸前――
「待って! やめて、ノノの、ソウヤ!」
ノノが、咄嗟に俺の前に立ちはだかる。
だが、俺はそっとノノの肩に手を置いて、静かに言った。
「下がってて、ノノ。俺に、任せろ」
セラフィナが剣を構える。 その殺気に、空気が張り詰める。
そして。
――俺は、マントを開いた。
バサッ。
「……っ!」
一瞬、セラフィナの剣が止まる。
「貴様、まさかそれが……っ」
「パンイチだ」
場が、沈黙する。
風が、草を撫でる音だけが残った。
そして、セラフィナの眉がピクピクと震えた。
視線誘導は成功した。
《称号:誘惑者》を獲得しました。
なんか増えた。
パンイチにマント。靴だけはなぜかきちんとある。
ノノとセラフィナは無言で見ていた。
俺は満足したので、セラフィナの背を向け俺は颯爽と歩き出す。
そして、五歩ほど歩いたところでセラフィナが俺の肩を掴み、真顔で言った。
「やっぱり連行する」
「……あ、はい」
評価と感想お待ちしています。勢いで同時連載。
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