第2話 名前
傘も差さずに私のクラスメイトに話しかけているのは、どこか儚げな美少年…。
天気も悪いのでお礼を言って帰ろう。
「助けてくれてありがとうございました。失礼します」
「いーよ。名前は?なんていうの?」
「東愛苺です」
彼は優しく微笑んだ。
「へー。愛苺ちゃんね。じゃあね」
ヘラヘラ手を振っている。余裕そうだなあ。
「あっ、あのっ、東さん…!」
名前わからないけど同じクラスの…。怪我大丈夫かな。
「迷惑かけてすみません。ありがとうございました!」
「いえ。こんな天気の中で死なれたら困りますので」
冷たい雨に打たれて寒かっただろうに。よく耐えたと思う。
するとクラスメイトはぎこちなく中瀬さん?にもお礼を言って校舎の方へと歩いていった。
「面白いね。死なれたら困るって…。もっと優しい言葉かけるタイプだと思った」
彼が無邪気に笑いながら言う。
「俺、中瀬雷っていうから、よろしくね」
雷くん、いや中瀬くん?
いや、中瀬さん、でいこう。
「あ、えと…東愛苺です」
「さっきも聞いたよー!あははっ、おもしろー」
なんだか笑顔が眩しくて直視できなかった。
不思議な人。同級生?じゃないと思う。見たことがない人。でももう会う機会もないし気にしなくていいか。
「ただいま」
おかえり、がない家だ。少しボロいアパートだからこの時期は特に湿気がすごい。うちには父がいないため母が仕事を頑張っている。
母はよく体調を崩す。自分より他人を優先する人で、娘の私から見ても本当によく頑張っていると思う。もちろん母は私に気を遣う。
私がこの世界を嫌いになったのは、母が彼氏を紹介してきてからだ。
小学生の頃は片親というだけでなぜか偏見を持たれてきた。
それを母が気の毒に思ったのか彼氏を授業参観に行かせたりした。
「あの人ってあいちゃんのお父さん?」
「それにしては似てないんだね」
「お母さんしかいないんじゃなかったの?」
逆効果だった。冷たい視線を浴びるばかり。
ここまでならまだ良かった。こんなの小学生の時の話だから覚えている人も全くいないだろう。
問題は中一のとき。
同棲、というものが始まった。
「また面接落ちちゃった。ごめんね、せっかく一緒に住んでるのに無理させちゃって」
自分の家に他人が住んでいるという何とも言えない不快さ。なぜか私の母に養ってもらっているという阿呆らしさ。
生活費が色々倍になり家計が今まで以上に苦しくなった。彼氏は外で父親ヅラをして家では話すどころか挨拶することも目を合わせることも滅多にない。母も辛いに決まっているのに、彼のために、とか言って色々と盲目になっていた。
「なんであの人が彼氏なの?お母さんを困らせてばかりに見える。私はあの人と一緒に暮らしていくのは無理だと思う」
こんなこと言っても無駄だとわかっていた。
「でもお母さんはね、あの人じゃないと駄目なの。今が幸せなの。愛苺はお父さん欲しくないの?」
私は中一ながらに一生懸命言葉を選んで母に伝えた。正直、別れてほしかったから。
「私は幸せじゃない。お母さんには幸せになってほしいけど、あの人がお母さんを幸せにできるなんて思えない。私は無職のお父さんは欲しいと思わない…」
失礼な言葉を並べただけだった。
この世界は愛が全てじゃない。
お金もそれ以上に必要だと思っている。
あの人にたくさん可愛がられていたとしても、母がたくさん働かないといけなくなるなら愛なんていらない。
だから母は倒れて病院に運ばれた。母の彼氏は結局、一方的に母に別れを告げた。
母が頑張った分は、全部無駄になった気がした。苦しかった。とても。
すごく死にたかった。だからこんな世界から早くいなくなりたいと今でも思ってしまう。
翌日
「東さーん、英語のワークの提出っていつまでだっけ?」
「今日の放課後までです」
「うそーんワークの解答ないから自力でやんなきゃなのにー!部活で試合ださせてもらえないよーん」
「よかったら教えましょうか」
「いいのー!?東さんって優しいんだねっ」
たとえ都合が良くても、クラスでぼっちな私は話しかけてもらえるだけで嬉しい。
成績優秀ってだけで、浮いてるんじゃなくてただ真面目な人っていう印象でいられる。
「愛苺ちゃーん」
教室が静まり返った。
中瀬雷くんの姿が…。
「あれって2年の中瀬雷…?学校来てたんだ…」
「やばー、まじ顔面国宝すぎないっ!?」
まって愛苺ちゃんって私のことだよね?
中瀬さんのところまで足早で向かう。
「何か用でしょうか…」
この人ヤンキーっぽいから怖いな。
「昼休みまで勉強?もったいないよ俺と遊びに行こーよ」
「はい?なんで私なんですか」
「いいからおいでよ。別にいじめたりしないってば」
そういうことじゃないし勉強みなきゃだし…。
「東さんありがとうね!あとは自分で解くよ!」
クラスメイトの謎のフォローに中瀬さんが反応する。
「え愛苺ちゃん勉強教えてたの?偉いね。俺にも教えてよ」
「何言ってるんですか。特に用がないならもういいですか」
ぐいっと手首を掴まれる。
「見せたいものあってきたの。つまんなかったら戻っていいからきてよ」