青年時代
数年前、九州の地方都市に太郎はいた。
六畳一間にキッチンとトイレバス。家賃は共益費込みで月4万2千円。
越して来た頃は食費や光熱費の負担を知り憂鬱になったものだが、住めば都という言葉の通り彼はこの2ヶ月間のうちに平穏な暮らしに順応していた。
そして今日も死ぬまでの暇つぶしを続けている。
...机にコンパスで開けられた穴。
そこに溜まった消しクズ。
やけに容積をとる直方体の筆箱。
外を見ると老婆がガードレールに手を這わせながら歩いている。
よくもまぁ毎年チャンチャンコだかカーデガンだか着てる婆さんが出てくるものだ。
小学生の時も中高生の時も、今になっても道端で見かけるあのスタイル。
まるで金太郎飴かロケット鉛筆。
そんな自分もいずれはお爺さんになる。
ハッとして目醒める。どうやら風呂の中でうたた寝をしていたらしい。
久しぶりに湯船を使ったからか少年は指がふやけるまで浸かってしまっていたのだ。
浴室から出て髪を乾かす。
高校を卒業してかなり毛髪が伸びた。
やおら机に向かう。何も大学のレポートをやろうというのではない。
「カムライティン...」
太郎はそう呟くと、web上のアーティクル(誰でも編集出来るため、信頼度は低い代物)を読み始めた。
< カムライティン(Kamlaitien)は南アジアに位置する立憲君主制国家。バラートとジョンフーに国境を接する。
19世紀初頭にイングリスからの侵攻を受け、その後20世紀中頃までイングリス軍が駐屯していた。人口は2,400万人。現王朝はユグナリー朝。
首都はセタパ。
平野ではマンゴー、柿の一種であるアマルファル、柑橘のスンタラが栽培される。国土の殆どは山岳地帯であり、山羊や羊の牧畜が盛んである。〉
カムライティンという国の記事を読み終えると少年は珈琲のドリップバックをコップに這わせ、湯を注ぐ。
バックを取ってからフレッシュの縁をパキリと折ってから傾ける。
純白がコップに着底、少しして夏の入道雲のように膨張してくる。
太郎は、その光景をぼんやりと見つめていた。
ゆっくりとした時間が流れる。
と、不意に机の端から着信を知らせる音が鳴りはじめた。
「はぁ、もう面倒くさいな...」
太郎はそう言うと、そのままもう一口珈琲を口に含んだ。
連絡の相手は同じサークルの女からであった。
朝倉美緒、太郎と同じ年次。
サークルの連中と接する際の距離が近く、軽薄な(少なくとも太郎はそう感じていた)印象のする人間であった。
暫くして珈琲を飲み終わると太郎はスノコベットに横たわり、泥のように眠った。