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「おやおや、困ったわね。金さんも金さんだわ。姉さんが病気なのに泊まりがけでよそへ行くなんて、ひどいじゃない」
お蝶は敵の根拠地である長火鉢の前にぴったりと寄っています。富子は大手門のあたりから遠巻きにする、といった具合です。
お仙は物差しを下において、
「おともだちがひと晩かけて鎌倉をまわるってさそいに来られたからだよ。このあいだじゅう心配ばかりさせたし、私も具合がよかったから、夜はお蝶さんに泊まりにきてもらうっていって、無理に送りだしてやりました。きょうはなにか金之助にお話があったんですか」
お蝶はうしろをふり向いて、
「ねえ、お嬢さま」
富子は黙ってうつむき、座布団の上で固まっています。
お仙は富子をもてなしてあげたそうに、やさしく声をかけました。
「どうなさいました。大そうおあらたまりなさって」
「はい」
と答えただけで、きまりが悪そうにしています。
「おや、お蝶さん、座り直して。そうそう。ちょっとお嬢さまをお見習いなさいませ。ごらんなさい、お行儀のいいことったら」
「それじゃあ元の通り、こうさ」
「ほほほ、なにもそう、意地にならなくってもいいわよ」
お蝶はまた座り直して、
「そんならこうさ。もう、じれったいねえ」
「ひとりでなにをやってるのやら」
お蝶はくやしそうな目つきをして、
「姉さんってば、じれったい! あの……たいていわかりそうなものなのに」
「なにがさ」
「おねがいだからということよ」
と、身を斜めに乗りだした口のあたりで、茶台の上にのせた両手をもぞもぞさせている。
「まあ、いってごらんなさい」
「それじゃあいうけど、ぜったいにいうことをきいてくれますか」
お仙は軽い口調で、
「ききますとも」
「えっ、そんならいいけど、もしもきいてくれなきゃ、お嬢さまは学問がおありになるから、そんなことをしちゃあいけないっておっしゃるけれど、私はくやしいから、飛びかかって食いついてやろうと思うんだけど、いい?」
「もう、怖いことね」
と、ほほえんでいる。
「あら、笑いごとじゃなくって、真剣だよ。私の命を助けると思ってきいておくんなさいね」
「そりゃずいぶんなこと」
「それで、お殺しになるか、活かしておくれになるか、どっちだか、ハッキリしたところをいってくださいね」
と、いいかけたお蝶の頬は、昂奮して赤らんでいます。富子は胸をドキドキさせました。
「姉さま、お嬢さんのうちへいらっしゃいな」
とお蝶は、気合いをこめてキッといいました。
お仙は即答して、
「ええ、うかがいましょうとも」
と、意外な反応です。
お蝶は気をきかせてサッと立ちあがり、すぐにお仙の袖を引いて、
「さあ、お嬢さま、さあ、引っぱって連れてまいりましょう」
と、勢いこみました。
富子はためらって、座ったままでいましたが、お蝶の勢いに引きこまれて、思わず立ちあがり、なにもいえないまま、そっとお仙の片手をとりました。
「さあ、おいでよ」
いきなり引っぱるお蝶の力に、座っていたお仙は身体をよろめかせて、
「あれっ」
と片膝を立てます。単衣の上に羽織っていた半纏がスルッと肩をすべって、お蝶が引っぱっていた左の袖口がビリビリと裂けました。
「おや!」
と、思わず手を離した富子の顔を、お仙はキッと見て、キッパリとした声でいいました。
「いけません」
富子はハッと声をあげ、身を震わせて泣き伏します。
お仙はしずかに半纏を脱ぎました。




