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二階の居間では、お嬢さまとお蝶がひそひそばなし。
「お蝶さん、それじゃあいってくれたの?」
「いいましたとも」
「よくいえましたわねえ」
「私ぁもう、お姉さまにだったらどんなことだっていえます。おっかさんにねだるように甘えてやるんだから」
富子はしみじみと、
「うらやましいわ。私もそんなふうだといいけれど」
「いいえ、そのかわり私が申すことははぐらかされてばっかりで、だめなんです。ちっとも真剣になって聞いてくれないんですもの。くやしくって、くやしくって。ね、お嬢さま、このあいだもくいついて、いってやりました。私だとそんなふうですから、私はお嬢さまが、そのしっかりとしたおことばで、漢語とかいうものを使って説得するのがいいと思いますの」
「そんなことをしたらお蝶さん、そんなことをしてお腹立ちになったら困るわね」
お蝶はいきおいよく、
「怒ったら私がくすぐってやるからいいんですよ。ね、そうなさいませ」
「でも兄さんのことが嫌いっておっしゃるのだからしかたがないわね。お蝶さん、うちの秋にだって内緒にしていることだけど、じつのところ、さいしょにしっかりした人を頼んで、お姉さまのお気持ちをうかがってみたの。そうするとキッパリとお断りになられたんだよ。それからというもの、兄さんが、あんなふうになってしまって。
たったひとりの兄さんで、それもあんなに優しい人がふさぎ込んでいらっしゃるのを見たら、私はほんとうに、どうしたらいいのかって思うんだよ。うちにお帰りになると運動をしたり、笑ったり、こんを詰めて勉強をなさってたのが、もういまではなんだか捨て身におなりになって、ぼんやりとしておいでだし。ご機嫌をとれば無理に作り笑いをなさって、もうもう、おかわいそうで、私も心配になって、なにがどうしてもうまくいってくださいと、ほんとうに仏様にお願いをしているの。
お蝶さんの口ぶりでは、思案をするとか、考えてみておくとか、ちょっとは見込みがあるようだけど、それはねえ、お前を可愛がっているから素っ気ない返事をおっしゃらないで、はぐらかしているにちがいない。そんなお願いをしてしまったから、私もきまりが悪くって、お仙さんの前では顔も上げられないほど恥ずかしいけれど、向かいの家に遊びに参りますというと、そのときの兄さまの嬉しそうなお顔ったらありません。ほんとににっこりなさるから。まあ、それが見たさに遊びに行くっていうのもあるけど。
私だってお姉さまのお顔が見たいから勇気を出して、ちょいちょいお訪ねはするんですけど、お断りをした相手の家の者が来るってのはどんなにお嫌だろうと思うと、敵の家に行くよりもよっぽど胸が痛むわ。そうかといって、そのままにしておいたら、あんなふうになった兄さまの身体が心配だもの。私はほんとに自分が情けないよ。お母様がいらっしゃったらと思うばかりではしかたがないし、かといって、人に相談もできない。
お蝶さん、お前にそのことをいい出すのさえ、きょうもいおう、あすもいおうと、思ってはいいそびれて、こよりをひねってみたり、部屋のなかを歩きまわってみたり、一月半も悩みつづけて、ようやく頼んだくらいですもの。この気持ち、わかってくださいな」
と、涙ぐみながらうつむきました。
お蝶もなんだか悲しくなり、横座りになって片手をついていた畳を撫でていましたが、やがて顔を上げると目をうるませて、
「じゃあ、こうしましょう。いっしょに姉さんのところに行って、はっきりと話しましょうよ。いまおっしゃったことをもう一度、姉さんの前でおっしゃいなさいませ。きっとわかってもらえますわ」
「そんなことしていいんでしょうか、お蝶さん」
「いいえ、いうことを聞かなければ私が食いついてやりますもの。ね、行きましょうよ」
「まあ、行くにしたところで、弟さんがいらっしゃる前で、そんなことをいえるものでもないし」
「いいえ、私だけじゃなにも聞いてくれませんから、金さんにもうち明けて、力になってもらっていますの。ちっともかまいません。いいんですよ」
「まあ、そんなことを弟さんに」
「私たち、なかよしですから。金さんもいっしょになっておねがいしますの。相棒ですわ。行きましょう。みんなでいじめてやりましょう。そして、きっと私がうんといわせます」
「うれしいわね」




