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昼過ぎには牛乳屋のお蝶が、空き瓶の回収にやってきます。そのときは、普通の娘らしい服装です。
「こんにちは」
と、大きな声をかけて、松平家の勝手口から出ようとしたとき、女中部屋にけたたましい足音がして、
「ちょいと、ちょいと」
と呼びとめながら、秋がばたばたと走り出てきました。
お蝶はちょっと戻ってくると、
「用かい」
「ああ、ちょいと」
といいながら、お蝶をじっと見つめて、
「どう見てもきれいだね。そりゃ普段の姿はいうまでもないけど、またあの朝の姿っていったら、もう粋でたまったもんじゃない。そのうえ顔がキリッとしてるから、なおさら似合うんだもの。どうだい、豆絞りの手ぬぐいをたたんで肩にかけるなんて気はないかい。もう、そうした日にゃ山の手の女ごろしさ。なんでも近ごろは女同士が好きだといいあうことになったから」
と、秋はひとりで悦に入って、ニヤニヤ笑いのツボに入っています。
そんな冗談もお蝶には通じなくて、からかわれて顔を赤くして、
「知らないわ、私」
「そりゃお前さんにはわからなくっても、人が見るときれいなんだから」
「もう、たくさん。お前さんはいつもいつもそんなことばかりいってるから、私はいやだよ。それで、用はなんだよ」
「用かい」
「早くしてよ」
「なに、べつに用はないさ。急におもいついたもんだから、ちょっと申し上げておかないと、また忘れると悪いとおもってさ」
「ひとをばかにして、もう嫌いっ」
といいすてて、急いで引き返そうとします。
裏二階の欄干に袂をかけて、手をつきながら見下ろしていた富子が、その姿に目をとめて、
「お蝶さん」
「はい」
と見上げると、脇あけからのぞく雪のような肌をちらちらさせながら、富子が手で招いています。お蝶はくるりと向きを変えてサッとのぞきこむと、つきあたりの鏡に富子の美しい顔が映って、そのそばにある衣紋かけには薄物の着物がかかっているのが見えました。
「いま行きます」
といいながらお蝶はふたたび引き返し、勝手口から駆けあがりました。ふとっちょの秋が、大きく手を広げた大の字になって、お蝶の行く手をはばんでいます。小柄なお蝶は身も軽く、秋の袖の下をかいくぐって、サッと背後に回ったとたんに、たすき掛けをした秋の脇の下をおもいっきりくすぐりました。
十五、六貫の重さがある秋が、ワッと不意をつかれて手足をばたばたとさせると、まるで釣り鐘が踊っているかのようです。地響きをさせながら、板張りの床を踏み鳴らし、竈の前によろけかかり、手ぬぐいかけをはね飛ばし、棚の鍋をつき落としながら、ばたばたと大さわぎ。
お蝶はおもしろがって調子に乗って、おっ、こちょこちょこちょと、あちらかと思えばこちらをくすぐりまわすので、秋はたまらずあぶら汗を流しながら手を握りしめ、両脇をすぼめて石のように固くなると、ばったり尻餅をつきました。あおむけにころげまわって、丸太のような足をちゃんぽんに入れちがえながら空を蹴って、ギャッ、ギャッと死にそうな悲鳴をあげましたが、ただひとりで暴れていただけ。むっくり起きあがると、そばにはだれもいません。狐につままれたような顔をして、ハァハァといきをはずませ、バタリと水瓶にすがりついて柄杓を手に取りました。
台所口から声がかかります。
「こんちわぁ、伊勢屋でございます」
「えいっ! ちくしょうめ!」
と、秋はようやく人心地がつきました。
「お蝶のやつ、やってくれるじゃないか」




