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泉鏡花『勝手口』 現代語リライト  作者: らいどん


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6/17

 昼過ぎには牛乳屋のお蝶が、空き瓶の回収にやってきます。そのときは、普通の娘らしい服装(すがた)です。

「こんにちは」

 と、大きな声をかけて、松平家の勝手口から出ようとしたとき、女中部屋にけたたましい足音がして、

「ちょいと、ちょいと」

 と呼びとめながら、秋がばたばたと走り出てきました。

 お蝶はちょっと戻ってくると、

「用かい」

「ああ、ちょいと」

 といいながら、お蝶をじっと見つめて、

「どう見てもきれいだね。そりゃ普段の姿はいうまでもないけど、またあの朝の姿っていったら、もう(いき)でたまったもんじゃない。そのうえ顔がキリッとしてるから、なおさら似合うんだもの。どうだい、豆絞(まめしぼ)りの手ぬぐいをたたんで肩にかけるなんて気はないかい。もう、そうした日にゃ山の手の女ごろしさ。なんでも近ごろは女同士が好きだといいあうことになったから」

 と、秋はひとりで(えつ)に入って、ニヤニヤ笑いのツボに入っています。

 そんな冗談もお蝶には通じなくて、からかわれて顔を赤くして、

「知らないわ、私」

「そりゃお前さんにはわからなくっても、人が見るときれいなんだから」

「もう、たくさん。お前さんはいつもいつもそんなことばかりいってるから、私はいやだよ。それで、用はなんだよ」

「用かい」

「早くしてよ」

「なに、べつに用はないさ。急におもいついたもんだから、ちょっと申し上げておかないと、また忘れると悪いとおもってさ」

「ひとをばかにして、もう嫌いっ」

 といいすてて、急いで引き返そうとします。


 裏二階の欄干(らんかん)(たもと)をかけて、手をつきながら見下ろしていた富子が、その姿に目をとめて、

「お蝶さん」

「はい」

 と見上げると、脇あけからのぞく雪のような肌をちらちらさせながら、富子が手で招いています。お蝶はくるりと向きを変えてサッとのぞきこむと、つきあたりの鏡に富子の美しい顔が映って、そのそばにある衣紋(えもん)かけには薄物の着物がかかっているのが見えました。

「いま行きます」

 といいながらお蝶はふたたび引き返し、勝手口から駆けあがりました。ふとっちょの秋が、大きく手を広げた大の字になって、お蝶の行く手をはばんでいます。小柄なお蝶は身も軽く、秋の(そで)の下をかいくぐって、サッと背後に回ったとたんに、たすき掛けをした秋の脇の下をおもいっきりくすぐりました。

 十五、六貫の重さがある秋が、ワッと不意をつかれて手足をばたばたとさせると、まるで釣り鐘が踊っているかのようです。地響きをさせながら、板張りの床を踏み鳴らし、(かまど)の前によろけかかり、手ぬぐいかけをはね飛ばし、棚の鍋をつき落としながら、ばたばたと大さわぎ。

 お蝶はおもしろがって調子に乗って、おっ、こちょこちょこちょと、あちらかと思えばこちらをくすぐりまわすので、秋はたまらずあぶら汗を流しながら手を握りしめ、両脇をすぼめて石のように固くなると、ばったり尻餅をつきました。あおむけにころげまわって、丸太のような足をちゃんぽんに入れちがえながら空を蹴って、ギャッ、ギャッと死にそうな悲鳴をあげましたが、ただひとりで暴れていただけ。むっくり起きあがると、そばにはだれもいません。狐につままれたような顔をして、ハァハァといきをはずませ、バタリと水瓶にすがりついて柄杓を手に取りました。

 台所口から声がかかります。

「こんちわぁ、伊勢屋でございます」

「えいっ! ちくしょうめ!」

 と、秋はようやく人心地がつきました。

「お蝶のやつ、やってくれるじゃないか」


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