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秋は叩かれまいと飛びのいて、
「いえ、ほんとうにですよ、なんの、お仙さんなんぞ。あなたは学校をご卒業なさったじゃありませんか」
「秋はわかってないわねえ。そんなことであの人に及ぶもんですか。ちょいちょい訪ねてお話をうかがってると、わかることだよ。そしてごらんなさい、あの表札の字を。あの方がお書きになったんだが、なんと達筆なこと。ちっとも知った顔をなさらないけど、なんでも心得ていらっしゃるのよ。それでいて束ね髪で前垂れをかけて、水仕事やら、お裁縫やら、この暑いのに手ぬぐいをかぶって洗い張りなんかなさって。あの方がそんなこと、もったいないじゃないかい」
「はい、もったいのうございます」
「なんなのさ、そのいいかたは」
「だって、あんまりお褒めあそばしますもの」
「あんまりなものかね、お前、まだ褒めたりないくらいだよ」
秋は富子の勢いに気圧されてしまって、
「もうなにも申し上げられません。お年頃ですし、もしお嬢さまが男の方でしたらねえ」
「なに、男でなくってもいいわよ」
「はあ、しかしそれではお困りではありませんか」
「どうして」
「あの、おやすみになりますときは……」
「抱かれて寝るわよ」
と、富子は笑っていいました。
秋はあきれ顔をして、
「はあ、そうして、そうなりますと、それはもうあれでございますね」
「夫婦さ」
と、富子は平気な顔でいいます。
秋はすり寄って、
「とんでもないことを。お嬢さま、あなたがそんなだからお兄さまがああでございます。もう二十七じゃあございませんか。私がこの家に参りましてから、もう久しいことになりますけど、ひと晩うちをあけてお遊びになったこともありません。あんなにおかたくいらっしゃって、結構ではございますけど、身体に毒でございます。どうしてお身体が続きますものですか。そのうちフッとお気が変わって、恋人でもできてごらんあそばせ、そりゃいくらあなたがお可愛いったって、それはまた別でございますもの。おうちへなんぞ、お帰りにはなりませんよ。
そうなった日には、どうなさいます。ちょっとお兄さまのお帰りが遅くなっただけで、門まで出てみておいであそばすあなたじゃありませんか。
ああいう内気なお兄さまですから、身を固めるのは三十で、四十でなどとおっしゃっていますが、そこはお察しなさって、ほかには御親類もいないのですから、あなたがお相手をお勧めなさって、奥様をお授け申してあそばさなきゃなりませんのではございませんか。
そう申してはなんでございますけれど、あなたにはおわかりになりませんか。もうちゃんと私にはわかっております。ちかごろの旦那さまは、なにか考え事をなさっては、ときどき我を忘れていらっしゃったり、ためいきをなさったり、なにかお心のうちにありそうで、そりゃ品行方正な方でいらっしゃいますもの。なんともないと思ってらっしゃっても、それなりのお年頃でございますよ。隠しても隠しきれません。
あんなふうにどこがおわるいともなしにうつうつとおふさぎになるのは、なによりもいけないものでございます。同じ病気でもお嬢さま、お医者様にかからなければ、というようなのはなんともありませんが、お医者様の要りません病気は、お気をつけあそばしませんといけません」
富子は熱心に聞いていましたが、
「秋、お前にもそう見えるかい」
と、なにを思うのか、うちしおれてしまいました。しばし頭を垂れていましたが、思い直して、
「どんな人がいいだろうね」
秋は熱心に膝を進めて、
「それならでございますよ」
「私の思うには」
「はい」
と、秋はさらににじり寄ってくる。
「裁縫ができて」
「はい」
「仕事を持っていて」
「はい」
「親切で、ちょっと年齢は上だけれど……」
「はい」
と、秋は目を見開きます。
「お前ではどうだろう」
「あの……お昼はなににいたしましょう」




