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少女はあわてて女の背後にまわり、背中をなでながらすがりついていいました。
「ひどく痛むんですか」
なにも答えてくれません。
「どうしよう。ああ、ちょっと!」
と、声をあげました。
すると女は、すこし息をついて、
「ああ、ああ、もうよくなりました。こんなことはよくあるけど、すぐに治まるの。なに、なんともないから、弟を起こさないでおくれ。あの子もねえ、私の看病やら勉強やらで、夕べはひどく夜更かしをして眠いだろうから。もういいよ、よくなったから、さあ」
少女はようやく、背中から手を離しました。
「それじゃあもう大丈夫なの? ああ、よかった。わたし、どうしようかと思っちゃった。痛かったんでしょ、怖い顔をしてたわ」
「それで嫌いになっちゃったかい」
「まあ」
と、少女は笑っています。
「さあさあ、いいから先に配達しなさい。おかげさまで助かりました」
と、女は元気を装っています。
それを見た少女は、すこし安心して、
「それじゃあ大急ぎで済ませてくるわ」
「たいへんねえ、何軒くらいあるの?」
「近所ばっかり、たったの二十軒ほど。すぐに済むわ」
「じゃあ行っておいで。ご苦労さま」
「あい」
と行きかけましたが、ちょっと後戻りして、
「ああ、水を汲んでおいてあげます」
「悪いわよ、いま私が汲むから」
「なに、簡単なことだから。釣瓶を一度引けばすむこと。さあ桶を出して」
「じゃあ、そうしてくれると嬉しいねえ。汲み置きしておく水だから。どうも済まないねえ」
「いいってば!」
少女は手桶を提げて井戸端に向かいます。
「危ないよ。深い井戸だから、重くって」
「大丈夫よ」
と気さくに答える印半纏姿の少女がきびきびと、白い二の腕も露わに袖をまくり、井戸縄にかけた手を、背後から押しとどめたものがいました。
「おっと、お前にそんなことをさせちゃあ申し訳ない。人のことを朝寝坊だと思って。ちゃんと起きてるんだ。姉さんってば、起こしてくれなくて、そのままにしておくんだから。もういいよ、僕が汲むから」
と、いきなり縄をたぐり寄せたのは、十八ほどの少年でした。
牛乳屋の娘は彼を見ると、
「あら、お目覚めなの」
「いま目が覚めたから門に新聞を取りに行ってみると、牛乳屋さんだ。姉さんが病気のあいだは僕がなんでもするんだから、他人の手は借りない。お退きよ」
少女は残念そうに、
「でも、せっかくのことですから、わたしが汲んであげましょう」
「いいよ」
「あら、汲ませてくださいな。男のかたがそんなことするもんじゃありません」
「かまわないよ」
「みっともないですから」
少年は笑いながら、
「いいよ、姉さんのお手伝いは僕がするんだ。かまわないでくれ」
と乱暴に押しのけると、少女も意地になったようです。
「そんなことなさるとお仙さんにいいつけますからね。ちょっと、姉さーん」
「そんなことでおびえるもんか。もう、じゃまをすると腕をねじっちゃうぞ」
手と手をのけあい、払いあって、いたちごっこでふたりがなかよく争っています。と、そのとき、井戸のなかから雀がパッと羽ばたきながら飛びだしました。