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〈あとがき〉

 泉鏡花の『勝手口(かってぐち)』は、明治二十九年(1896年)十一月発表の短編。


 しばらくハードな内容の作品が続いたので、たまには軽く読める(少なくとも前半は)短い作品を、と選んでみました。

 現代語訳、なんて構える必要もないくらい、原文はかながきを多用した平易なことばで書かれています。くだけた会話も多くて、中盤まではジュブナイル作品なのかと勘違いしそうなほどです。最後の最後に唐突に訪れる、陽画(ポジ)陰画(ネガ)に反転するショッキングな仕掛けに的を絞った作品だといえます。


 しかし、レトリックに寄りかかることが少なくても、あるいはアイディア勝負の作品であるとしても、たとえば第十章で、いきなり蛇を突き出して相良中将の豪放な性質を一筆書きしてみせる手腕……凄いですね。あっけにとられます。

 この『勝手口』とちょっと雰囲気が似ている『わか紫』(明治38年)でも、サウナで神通力を発揮する異常な警察署長が登場して一気に事を収める非凡な作劇がみられますが、本作での雀、蝦蟇、蛇といった身近な小動物を使って、『たけくらべ』を思わせる幼なじみの関係や、お仙という女の造形の奥深さ、あるいは封建主義的な価値観の圧力を鮮烈にイメージさせる手腕には舌を巻くしかなく、鏡花の鬼才っぷりに驚かされるばかりです。


 一方でこの時期(とくに明治29、30年)の鏡花作品には、『高野聖』(明治33年)に至るまでの準備期間という側面もあるようです。

 あきらかにそれが下準備だとわかるのは、少年版『高野聖』とでもいうべき『龍潭譚(りゅうたんだん)』(明治29年11月)ですが、それに続く『化鳥(けちょう)』(明治30年4月)では、年少者の純粋な視線が俗悪な大人の世界を越えた神秘の領域に向かい、『清心庵(せいしんあん)』(同年7月)では、そこに他人妻への恋慕という要素がかすかに加味され、そして本作『勝手口』(同年11月)のお仙は明確な他人妻への恋の対象であり、年少者にとっての超越的な存在であり、ヒキガエルや蛇によって魔性の一面をちらりと覗かせもします。

 それらの要素の集大成ともいえる『高野聖』の(いしずえ)をなす(かつそれぞれが独自の小世界を形成する)諸作の一つとして本作を読み直してみるのも面白いのでは、と思います。


 さて、このリライトの意図を簡単に書いておくと、(漢文調で書かれた最終章以外は)ことさら書き換える必要もなく、原文を読めばそれで充分。必要のないリライトです。にもかかわらず、お蝶や富子が活躍する部分をさらにやさしく書いて、「です・ます体」に置きかえたら、最終章とのコントラストがさらに鮮明になるのでは、といういたずら心を起こしてしまいました(原文はすべて常体、いわゆる「だ・である調」で書かれています)。

 鏡花という作家は、じつにいろんな試みをした人なんだなと、楽しく読んで、いっしょに驚いていただけたら幸いです。


 今回はリライトと称することすらおこがましくて、改悪しながら書き写したようなものなのですが、余計な配慮からせっかくの簡潔な表現を厚塗りしてしまった部分があります。

 原文、結末部分の、松平龍太郎中尉の最後のことば。


 ……中尉は愁然として、

「自殺、閣下。」とのみいう。


 これを読んで反射的に、「閣下、自害しろ」と解してしまって、なぜそんなことを思ったのか、しばし悩んでしまいました。

 そっか、断頭台のアウラのせいか。


2024/01/09 前回に続いて秋月しろうさんに、疑問点や誤記のご指摘をいただきました。ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] お仙がどうなってしまったのか、を明かさないまま(きっと自害した)最終章に突入する手法はまるで映画のようです。地の分がまだ文語調なので、幾分古めかしく感じますが、とても魅力的な作品です。中尉は…
[一言] 「余計な配慮からせっかくの簡潔な表現を厚塗りしてしまった」とありますが、詳しい説明を加えてもらって初めて理解できる部分も多々あると思います。鏡花の文章の妙味を味わいたければ原文を読めばいいこ…
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