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「もし、もし」

 と、床の間を枕にしてすやすやと睡っている客を、お仙は呼び起こしました。手近な杯や皿鉢(さらばち)を片寄せて、ランプをわきへずらし、枕や薄手の掻巻(ふとん)を引きよせるとそばによって、

「もし、もし」

 と、声をかけました。

「む」

 といいながら客は静かに目をあけました。その顔を見ながら、お仙は左の腕を肩から回して、

「あの、お(つむ)が痛みます」

 と、右手に持った枕をうなじにあてて、客の頭をそっと持ち上げました。

 まだ目醒めきっていない客は、どうしたことか、眉をひそめて、お仙の手をバッと払いのけました。

 ハッと枕を取り落とすと、お仙の顔色が変わります。

 客は寝返りをして、こちらの方を向き、

「そっちの手をかせ」

 と、乱暴なものいい。

 お仙は両手を膝にそろえて、わずかに肩を震わせながら、怒りを含んだ口調で答えました。

「いやでございます」

 客はすこしも意に介さず、

「じゃあ、その枕にしよう」

「お勝手になさいまし」

 お仙は顔をそむけました。

 客は起き直って、

「ははは、いいわい。わしももう起きるんじゃ」

 と、まるで気にもしていません。

 うつむいていたお仙は、顔を引きしめました。

「あの、お暇をいただきとうございます」

 と、歯を食いしばります。

 いつもとちがうその様子を、客は気づかず、

「ふむ、どこかへ行くのか」

「はい」

 と、うるんだ声で答えました。

「なに、ちっとも構わん。わしも帰らなければならん」

 そういったなり、無造作に身支度をはじめました。夜は十時を過ぎています。お仙は畳に片手をつき、うつむいたまま無言です。客はつかつかと部屋を出ていきました。おおまたの足音を聞いたお仙は、思わず身を浮かせ、膝を立てて立ちあがりました。

 蒼い顔をしてするすると客のもとに走りより、袖にすがろうとして身を退()くと、

御前(ごぜん)

「なんだ」

 お仙はゴクリと(つば)を飲み、

「御前は松平という中尉さんをご存じでいらっしゃいますか」

「うむ、知ってる。それがどうした」

「私を、あの、妻にしたいと申します」

 客はからからと笑って、

「ハハハ、贅沢なことをいうの。おもしろい。身のほど知らずなやつじゃ。そうか」

「どういたしたものでしょう、御前」

「それは断れ」

「はい」

 と答えたお仙は、またうつむいてしまいます。

 客は次の間に進みました。

 お仙はふるえながら、

「ですけれども」

「おう」

「ですけれども、あの、聞いてくれなかったら」

 客はまた笑って、

「ハハハ、雑作(ぞうさ)はない。わしの……相良(さがら)中将の(めかけ)じゃといえ」

「はい」

「まだなにかあるのか」

「それでも聞きませんときは」

「せん、なにを考えておる」

 お仙はきつくわが胸を抱いて、倒れ伏して、ワッと泣きました。

「お暇をくださいまし、御前」


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