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お蝶の泣き顔はすっかり晴れて、眉はりりしく、赤らんだ目を細めて、お仙の顔をうっとりと見たまま黙っていましたが、
「ねえ、姉さま」
「なあに」
「あの、やっぱり姉さまだよ」
「ああ、お蝶さん」
お蝶は嬉しそうにうなずきます。ふたりは、なにもいわずに顔を見あわせていました。
しばらくすると、また、
「ねえ、姉さま」
「なあに」
「私をね、あの、可愛がってくださいね」
「ああ、お蝶さん」
いとおしげに、お仙の顔をつくづくと見守りながら、お蝶はまた、だまりこんでしまいました。
しばらくして、
「ねえ、姉さま」
「なあに」
「こんどの縁日は、きっといっしょに行ってくれる?」
「ええ、いいわよ」
そう答えたお仙の声は、われしらず曇りをおびています。
お蝶はなにも気づかないで、
「それじゃあね、姉さん」
「まだあるのかい。いろんなご注文があるのね。よくばりさんだね」
「ほほほ、だって、いまいうとなんでもきいてくれるような顔をしてるから」
「虫がよすぎるよ」
「ねえ、姉さん」
「なあに」
「あのね、おねがいだから」
「うん」
「お屋敷のお嬢さんの姉さまにもなってあげてください。お嬢さまはどんなにか私をうらやましがっているだろう。ね、姉さん、かわいそうだよ。いつも私にそんなことをいってはお泣きになるから、私ゃもう心底かわいそうなの。そうでなくってもね、あそこの兄妹には、両親ともいらっしゃらないんだよ」
といいかけて、またほろりとします。
お仙も声を沈ませていいました。
「お蝶さん、みんなわかっているよ。みんな知っているけれどね、そうはいかない訳があって、そればかりはお蝶さん、どうにかしてお前の喜ぶ顔を見たいとは思っているけどね。まあ、お待ち。本当に考えて、そのうちに返事をきかせるだろうから、お嬢さんにもそう申し上げてね。それまでおとなしくして待つんだよ。
いいかい、お前はせっかちで気がはやいから、私はもうさっきからどんなに心配をしていたかわからないよ。あなたたちが気を揉んでるようなことじゃないけど、私もがんばってはいるんだよ。だからもうそんなに心配をさせるようなことはしないで。ね、わかったかい」
お蝶はなおもすすり泣きながら、何度もうなずいています。
「さあ、だったら機嫌を直してうちへお帰り。おそくなると悪いだろう」
「あい。でも、いつまでもこうしていたいなあ」
「ほほほ、あつかましいこと。さあさあ、大きなあかんぼうが重くってしかたがない。ほら、またきものが破けちゃうよ。え、今度また抱いて寝てやるからね。いまはお客が来てるから」
「はあ、どなた?」
「駿河台のおじさんだよ」
「おや、そう。お珍しいのね」
「行ってごらん。そしたらまた頭を撫でられたりして、困っちゃうだろうけど」
「髪なんか気にしないよ、じゃあ、ちょっと……」
といいながら、お蝶はばたばたと奥に走ります。
「あれ、静かに、静かに」
すぐにお蝶は、忍び足で戻ってきました。
「姉さん、おじさんは寝てらっしゃるよ」
「おや、そう。お静かだと思ったら」