表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

11

 お仙は蝋燭(ろうそく)を手に台所へ行くと、金だらいに水を汲み、石鹸を()みながら蛇のまとわりついた左の手を洗っていたところ、なにやら人のいる気配がしました。

 気がつけば、すすり泣く声もします。ふとそちらに目をやって、それがだれだかわかると、手をのばして静かに戸障子を引きあけました。思ったとおり人影がサッと物陰に隠れたのを見ると、立ちいでて表をのぞき、

「お蝶さん」

 と、声を落として呼びました。お蝶は顔をかくしながら、なにもいわずに忍び泣いています。

「どうしたんだい、お蝶さん」

 と、やさしくたずねましたが、答えません。

「そんなに腹を立てるもんじゃないよ。もう許しておくれ」

 とお仙がやさしくその肩に手をかけるやいなや、お蝶はワッと泣いて駆けだしました。お仙は庭ばきをひっかけるやいなや、すぐに追いかけます。井戸端でお蝶をひきとめると、いきなり抱えあげて、そのまま台所へ走って戻りました。板敷きに腰をおろして、膝のうえに横抱きされたまま顔をそむかせているお蝶の頬に、ちかぢかと口をつけて、

「もう許しておくれ、ね、お蝶さん」

 と、帯のあたりを抱きしめました。

 お仙のみぞおちのあたりに顔をよせたお蝶は、のぞきこむうなじにすがりつくと、

「私、私ゃ身投げをしようと思って」

 と、声を震わせています。

 お仙は汗ばんだ少女の背中をなでさすり、

「どうしたっていうんだね。もう、わけのわからないことばかりいって」

「だって、お嬢さまがかわいそうだもの。私、かわいそうでならないもの。姉さまがひどいんだもの」

 と、声をうるませます。

「だからといって、お蝶さん、なにもお前が騒ぐことはないじゃないんじゃないの」

「いいえ、私ゃお嬢さまにこういったの。姉さまがいうことをきいてくれなきゃ、私、身を投げるって。約束をしたんだから。それにもう、姉さまのうちへ来ることができなくなったから、私ゃ悲しいんだから、それで、あの……」

「死ぬ気になったの?」

「うん」

 といいながらお蝶は、お仙の襟の模様を指の先でつついています。

 お仙はじっと抱きしめて、

「もう、もう、お前という子は、ほんとにそんなつまらないことで。だれが家に来ちゃいけないなんていいましたか」

「そりゃ姉さまはそうおいいじゃなかったけど、あんなに悪口をいって、もう来ないといったから、もう来させちゃあくれないと思って。私ゃ、ふん、お嬢さまをお泣かせするような、あんな意地悪な人のところへだれが行くもんかなんて思ったけれど、なぜだか急に逢いたくなって、それでも行けないと思ったらみじめな気持ちになって、あやまろうと思って、そっと裏まで来たんだけれども、姉さまがお入りといってくださらないから、私ゃ泣いていたんだよ」

「べつにかまうことなんかないから、入ればいいんだよ」

「それでも、ね、そうするとあやまらなきゃならないから」

「だったら、存分にあやまってくださいよ」

 とニッコリすると、お蝶もニッコリして、

「だって、口惜(くや)しいわ」

「まっ、勝手な子ですこと」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ