帰宅とスマホ
「おい。聞いてるのか。俺を見つけたことをまず褒めてるんだぞ?」
あれからガン無視で家に向かっているのだが、容赦無く後ろを勝手についてくる。
そもそも人ともまともに話せないのに、足が生えたスマホとかいう得体の知れない存在と帰り道で話を広げようということ自体に無理があるのだ。
そもそもついてくることを許可すらしてないし。
「ね、ねぇ。家まで付いてくる気……?」
後ろを振り向かずそう問いかける。
「あぁ。今まで何人にも声をかけてみたが、俺が元人間だということも含めて信じきったのはお前が初めてだしな。これは奇跡に等しい、この機会を逃すわけにはいかないだろ」
「……私元人間とか、スマホ自身が喋ってるとか信じてないけど……」
「いや、それは嘘だ。確かにお前の感情に、驚きや困惑はあったが疑いはなかった」
私の目の前に回って画面を見せてくる。
しゃがんで見ると、そこにはグラフ化した感情のパーセンテージと。
「ちょっと! これ……私の写真……!」
私の顔がアップされた写真が映し出されていた。
「資料写真は重要だからな。勝手に撮らせてもらった。でも……そうだな普通は嫌がるか。確かに個人情報の流出、合成による詐欺、犯罪者への横流し、考えられるだけでも随分と悲惨な状況になるな」
「ななな、なに冷静に怖いこと言ってるんですか! なら早く消してくださいよ!」
他人事だからと言わんばかりに、私の顔写真を画面内でくるくる回し始める。
やめてほしい。
「いや、この写真は消さない。いわゆる脅迫に使わせてもらう」
「えぇッ⁈」
「君の写真を悪用されたくなかったら俺を君の家に住ませてくれ」
「いやですよ! 警察、警察呼びますよ!」
「別にいいが……なんて連絡するんだ? 目の前の喋るスマホが顔写真を悪用しそうなんですって言っても信じる確率はゼロに等しいだろ」
確かに……いま目の前で見ても信じるかどうか怪しいのに電話越しだったら尚更だ。
悪戯だと思われるのも嫌だし……どうしようどうしよう。
「悩みすぎだ……そもそもこの写真を悪用するつもりもない。充電さえさせてくれればいいんだ。あ、でも馬鹿げた電力なんか食わないから安心してくれ、高性能な自社開発型のスマホだからな。独自ブランドってやつだ」
「でも、私喋るスマホと一緒にいたら変に思われそうだし……お母さんとかお父さんにも絶対怒られるし……」
自分の心を読んだように、やれやれとそのスマホが説明してくる。
だとしても不安しか残らない。喋るスマホを横に置きながら生活するなんてどう言い訳をしたらいいのか。
「そこも大丈夫だ、ずっと喋るわけじゃない。俺も誰かの家を転々として充電を拝借するにも限りがあるし非効率だ。だからこそ安定して生活できるのなら、追い出されるような真似はしない」
「でも私にメリットなくないですか……」
「そうだな……俺も一方的な交渉は好きじゃない。確かにお互いにメリットがあるべきだな。君は何か最近困ってることはないか?」
道端でしゃがんで喋るのもアレだと言って、歩きながら話しを続ける。
何か困っていることがないかと言われても……。
「例えば、今新学期だろう? まず友達づくり」
「う……」
「そして勉学」
「うぅ……」
「部活動」
「なんでそんなピンポイントに……!」
「この時期の高校生の大体の悩みはコレだと調べたら出てきた。そしてその反応を見るに相当うまくいってなさそうだな」
ネットの情報も中々馬鹿にできないなと感心している様子が癪に障るが、実際にそうなのでなんともいえない。
「その……コミュ力が私無くて……話とかできないし勉強はあんまりできないし部活動も入るの怖いし……」
「一つコミュ力全く関係ない気がするが、そういうことなら俺が君をサポートするってのはどうだ?」
「サポート……?」
「具体的には状況を見てみないとわからないが、生活を共にする助っ人みたいなもんだ」
「うーん……でも……」
「まずはそういうところからだな。なんせこの天才的な俺がつくんだ、問題なんて全部解決してやる」
「そこまでいうなら……」
突き抜けたその自信に揺れて了承をしてしまった。
正直不安だらけなのだが、面白そうだと思ってしまうのも本心で。
ともかく了承してしまったものはしょうがないので、そのままスマホには付いてきてもらうことにした。
「よし! そうと決まればいくぞ」
「もう向かってるんですけども」
「いや、このまま付いて行ってもいいがもう少しで人通りが多い道に出るだろ。今の状態で人目に付くのは双方にメリットはないからな。だからどこか入れさせてくれ。できれば声が通るところだと助かる」
今まで段ボールであんなに目立つ行為をしていたのにと一瞬考えたが、今の状態でってところを聞くにちゃんと私のことも考えていてくれているらしい。
でもバックは持ち帰ってきた学校の資料でいっぱいだし……制服のポケットだと声が通らないかな……。
そんなことを考えてるとスマホがある提案をしてくる。
「胸ポケットはどうだ? 声も届くし俺もちょうど入れる」
「確かに。でもスマホ重くないですか?」
「言ったろ、自社ブランドだって。そこの悩みはこの超軽量ボディの前では無縁だ。それに」
「それに?」
「君なら突っかかりもなく入れそうだからな」
置いて帰ることにした。
私の持ちうる全力の早歩きだ。
「ちょっと待て! なんだいきなり! 置いてくな!」
「良い川柳ですね」
「……返しがうまいな」
「……どうも」
「いや感心している場合じゃない! おい! ちょっと!」
依然留まることない私の周りをくるくる回りながらついてくる。
あの歩幅でなぜつてこれるのか疑問でしかない。
「はぁ……分かりました。でももう二度と。二度とそんなこと言わないでくださいね」
「わかった! わかった約束する! 男に二言はないという言葉を信じてくれ!」
不安でしかないが、一応人通りが多くなる前に胸ポケットへと入れた。
「そういえば俺にはタメ口でいいぞ。強要はしないが、これから共に生活をする上でそれだと疲れるだろ」
「え、あ、そうで……だね。よろしく」
本当に綺麗に折り畳まれてスマホの体の中に収納された足に驚きながらも、そういえば聞いてなかったことを聞く。
「ずっとスマホって言ってたけど、名前は何て言うの?」
「確かにお互いに名前を言ってなかったな。俺の名前はない。何ならつけてくれ」
「えー……そう言われても……スマホだし……うーん……何か好きなものとかないの?」
「特にないな」
「趣味は?」
「それも特にないな」
「面接だったら絶対に落とされてるからね」
「だろうな。だが今は面接じゃないだろ」
スマホという特徴が強すぎて、他の特徴があれば組み合わせようと思ったのにこのざまだ。
それだけの情報で私にどうしろと……。
「そうだけど……じゃあデクタとかは?」
「デクタ? 一体どこから取ってきたんだ」
「データをもじっただけなんだけど、何となく頭に浮かんだのと語呂の良さで……」
「確かに発声的にも呼びやすいな。それにスマホとデータが全く関係ないともいえない、中々ネーミングセンスはあるんじゃないか?」
「……分析されるとなんか……」
そんなんでいいのかと思ったが、胸ポケットで名前の登録をし始めるデクタはどこと無く上機嫌な気がして。
ま、いいか。あんまり気にしないで。
「あ、私の名前言ってなかった」
「あぁすまない、そうだったな」
今日散々した自己紹介を、まさかスマホにする事となるとは思わなかった。
「私の名前は天下なき。あましたは天に下。なきは平仮名」
「平仮名の名前は珍しいな」
「よく言われる。でも覚えやすいでしょ?」
「確かにそうだが、元々物覚えは良い方で今は容量さえあればいくらでも覚えられるから安心してくれ」
「別に心配してるわけじゃないけど……」
普通に羨ましい機能だ。
……しかし、こんな性格なのにこの数十分で何処かデクタとはすんなり話せてる気がする。なんでなんだろう。
「まあよろしくね、デクタ」
「任せとけ」
そんな不思議な感覚に包まれながら、このおしゃべりで小さな助っ人と共に帰った。