ど田舎の芋令嬢、ポテリアンヌは逃げ出したい。何故か、煌びやか公爵様から猛烈アタックされる。
「ポテちゃん、デビュタントボールの招待状が届いているわよ」
「っ! 『ポテちゃん』って呼ばないで下さいます⁉」
「可愛いのにぃ」
お母様は何度注意しても私のことを『ポテちゃん』と呼びます。
何をもって可愛いと言っているのか理解できません。
我が伯爵家はポテトの生産で代々栄えてきました。
国内一のポテト生産量を誇り、当領地だけで国内シェアの八割を占めています。
「ポテリアンヌ」
「名前を呼ばないでください」
昔から思っていたのですが、『ポテトの恩恵に感謝して』とかいう理由で、『ポテト』を含む名前を付けるという風習をやめて欲しいです。
お父様なんて『ポティートス』。完全にポテトが入り込んでいます。
「あら、羨ましいのに」
「では、お母様はポテトサンドラに改名するとよろしいのですわ!」
「……えっと、それとこれとは別というか?」
――――自分だけアレクサンドラなんて素敵で普通の名前のくせにっ!
おかげで、私は王都では『芋令嬢』と呼ばれているのですよ! と苦情を申し立てると、お母様が気まずそうにすいーっ目を逸らします。
そして、お父様にバトンタッチしてしまいました。
「ポテリアンヌ」
「ア・ン・ヌ、と!」
「……アンヌよ、デビュタントボールの話に戻してもいいかい?」
「はい……」
お父様が少しだけ悲しそうなお顔をされたので、仕方なく話を聞くことにしました。
今年で十八歳になる私は、シーズン中に社交界デビューする必要があります。
華々しい王都に何度か行きましたが、『芋令嬢』と陰で呼ばれていたと知ってからは、辺境と言えそうなほどのこの領地に引きこもっていた。
ですが、国から招待状が届いてしまっては参加せざるを得ません。
「アンヌは近場の領地の夜会がいいと言っていたが、何年も前から、陛下が『ぜひ王城で』と言われていたんだよ」
「…………はい。承知しております」
お父様と国王陛下は貴族学園時代の旧友で、よくお手紙でやり取りをされています。
きっとそのお手紙や、社交シーズン中の王都で会った時に言われていたのでしょう。
当国では、王城で行われるデビュタントボールの招待状は、国に貢献していると認められている家にしか届きません。参加したくとも参加できない人々もいるのです。
渋々ではありましたが、参加することを伝えると、お父様が明らかにホッとされていました。
デビュタントボールの一週間前から王都入りし、タウンハウスで忙しく準備していました。
「ポテちゃん、息抜きにお買い物に行きましょう?」
「嫌です。私はアンヌです」
「もぉ。ポテちゃんは見た目はふわふわ系なのに、言動はツンツンよねぇ」
ふわふわ系の意味がわかりません。
髪ですか? 麦わら色のうねうね髪ですか?
「ポテちゃん、たまにはデレないと駄目よー?」
お母様が一番ふわふわしていると思うのは私だけなのでしょうか?
泣き落とし直前まで粘られてしまい、お母様と貴族街へお買い物に向かいました。
お母様が、近年の流行りのドレスを何着か見繕ったり、宝石類を選ぶお手伝いをしました。
我が領地は良くも悪くも広大な畑と、のんびりとした気のいい領民たちばかりなので、王都にいる商人たちの透けて見える腹黒さに疲れを覚えます。
久々の王都に興奮したお母様がチョロすぎて、何でもかんでも買わされそうになっていました。
後でお父様に報告ですわね。
昼食は貴族街にあるレストランで取ることになりました。
「あら……このポテトガレット美味しいですね」
「ポテちゃんって、そういうとこは可愛いのよねぇ」
「何がですか? あと、アンヌ、です」
何度注意してもお母様は『ポテちゃん』と呼びます。外で呼ぶのはやめてほしいです。いえ、家ならいいというわけではありませんが。
「ポテト料理とか活用法とかを調べて、領地に持って帰ろうとしてるでしょ?」
「それはそうでしょう。それが我が家の発展になりますから」
「もぅ。好きなら好きってちゃんと言わないと!」
相変わらず、お母様はふわふわした考え方です。
「別に、好き嫌いの問題では――――」
「やぁ、伯爵夫人。珍しいところで、珍しい人に会うものだね」
「あら、公爵様。お久しゅうございます」
レストランで声を掛けてきた若く煌びやかな男性が、お母様が立ち上がろうとするのをサッと手で止めました。
柔らかな笑顔で「食事を邪魔してすまないね」とおっしゃいます。
「そちらは?」
「ご紹介遅れましたわ。私の娘のポテリアンヌですわ」
立ち上がってカーテシーで挨拶をすると、自然な流れでエスコートされて着席を促されました。
「よろしく。私はヌーベルク公爵レナルドだ」
「っ、よろしくお願いいたします」
燃えるように紅い髪と、透き通るような金色の瞳を持った煌々しい男性が、『ヌーベルク公爵』と名乗られました。ヌーベルクは代々王太子が管理する領地です。
つまり、レナルド様は、王太子殿下。
なぜ、こんなところに王太子殿下がいるのでしょうか。
しかも、お一人で。
「何やら楽しそうな話をしていたね、同席しても?」
「ええ、ぜひ!」
――――ぜひぃ⁉
お母様の即答のせいで、眉間に皺が寄ってしまいました。
「ポテリアンヌ嬢は……ふっ、可愛らしいな」
「うふふ、でしょう?」
お母様のドヤ顔の意味がわかりません。
そして、にこにことした笑顔でこちらを見てくる王太子殿下も、意味がわかりません。
食事は思いのほか楽しく会話ができました。
ヌーベルク公爵領も食糧生産に力を入れているとのことで、領地外への輸出量の調節や地産地消での発展について、様々な意見を交換することができました。
女性である私と、経営に関しての話をしてくださる方は、今までにいませんでした。
「もぉ。公爵様もポテちゃんも真面目なんだから」
「ポテちゃん?」
「っ⁉」
お母様の口がツルンツルン滑りました。
人前では絶対に呼ばれたくなかった愛称。
「『ポテ』が、愛称か」
「違います。アンヌでございます」
「ふふっ。そう怒るな、ポテ」
「アンヌっ!」
ニヤリと笑われ『ポテ』と呼ばれたことで、つい声を荒らげてしまいました。
淑女失格です。
王太子殿下のご機嫌を損ねてしまったら、どうしようかと焦りましたが、殿下はクスクスと笑うばかりでした。
「今日は楽しかった。また会おう、ポテ」
「…………はい」
お母様のせいで、まさかの王太子殿下に『ポテ』定着です。
デビュタントボール前夜、屋敷が妙にバタついていたのですが、私は気にしないで明日のために休みなさいと両親から言われました。
デビュタントボール当日は、全身を磨き上げられ、デビュー用の白いドレスを着ます。
宝石は我が家に代々伝わる素朴なサファイアのネックレスとイヤリングだったのですが、なぜかルビーの豪奢なネックレスとイヤリングに変更されました。
「なぜに……」
「古かったものだから、金具が壊れてね。…………済まないね、アンヌ」
「別に構いませんが」
しょんぼりしたお父様が、これまたしょんぼりと謝られるので気にしないで欲しいと伝えましたが、やっぱりしょんぼりでした。
反対にお母様はにやにやです。
――――謎ね。
初めて見る夜の王城は、とてつもなく眩い光で溢れていました。
物理的な光と、抽象的な光。つまり、人々も輝いていたのです。
国王陛下にデビュタントの挨拶を済ませ、お父様にエスコートされながらホールの端に向かう途中で、様々な男性に声をかけられました。
「ヴェッセル伯爵令嬢、お初にお目にかかります」
「ヴェッセル卿のご息女だったのですね」
「お初にお目にかかります、私は――――」
挨拶をし、『どうぞ、アンヌとお呼びください』と芋回避をしていましたら、辺りが少し騒がしくなりました。
「アンヌ嬢、もしダンスカードが埋まっていなければ、私とダンスを――――」
「あぁ、すまないね。ポテリアンヌのカードは私の名で全て埋めているんだよ」
――――はい?
急にお父様がスッと離れたかと思うと、誰かに後ろから腰に手を回されました。
妙に聞き覚えのある声に横を向きましたら、妙に見覚えのあるお顔。
「ヌーベルク公爵様……」
「ん? レナルドと呼んでいいんだよ、ポテ」
「アンヌ!」
「っ、はははは!」
王太子殿下がそれはそれは楽しそうに笑うと、辺りが更にザワザワとどよめきました。
『紅き氷の貴公子が笑った』や『紅き氷の貴公子に春が……』など、謎の言葉が聞こえてきます。
「私が贈ったネックレスとイヤリング、似合っているよ」
「へ⁉」
まさか! と、ちょっと離れていたお父様を睨むと、物凄い勢いで顔を逸らされてしまいました。
外堀から埋めましたわね⁉ という思いを乗せて王太子殿下を睨むと、ニヤリと笑われました。
計画的犯行が過ぎます。
ちょっと素敵だなと思っていたのに。
「……紅き氷の貴公子様、私には荷が重うございますわ」
「おや、私の渾名を知っていてくれたのかい、ポテ」
「アンヌ!」
「ぶくくく…………ポテ、私に渾名での攻撃は効かないよ」
それはそれは楽しそうに笑われてしまいました。
「さ、ファーストダンスに向かおうか」
流れるようなエスコート。
気付けば、周りにいたご令息たちはいなくなり、ボールホールの真ん中へと誘われていました。
まさかのファーストダンス。
舞踏会で一番に踊ることに。
こっそりとエスコートの手を抜こうとしましたが、がっしりと掴まれてしまいました。
「逃さないよ?」
妖艶に笑う王太子殿下に、悔しくもドキリとときめいてしまいました。
どうにか逃げたいのですが、どうやら無理なようです。
―― fin ――
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