異世界転移再考
「ということで、今からアナタには異世界に転移して、魔王を倒してもらいます」
「……」
「どうしたんですか? 異世界転移なんて誰でも選ばれるワケじゃないんですよ? 楽しそうじゃないですか? 新しい生活にワクワクしませんか?」
「もう俺62だからな。膝に水溜まってて、激しい運動とか厳禁だって医者に言われてるし」
「ええー?」
「ええ、じゃねえよ。下調べくらいしとけよ。女神なんだろ」
「アナタが最近の流行についていけるようになりたいって願うから……」
「どういう叶え方してんだよ。孫が見てる戦隊モノを俺も見たいけど、感性的についていけるかなって不安で願ったんだよ。とんでもねえ解釈するな」
「うーん、困りましたね。今からキャンセルとなると、残念ながらキャンセル料が」
「悪徳セールスか」
「最悪ほっぽり出しても良いんですが、そうなると、この次元の狭間みたいな変な所に、挟まる感じで」
「挟まんのか、ここ。どこが挟まんだ? 膝じゃねえだろうな。ていうかキャンセル料とか挟まるとか無しで、普通に帰して欲しんだけど」
「それは難しいですね。本当に行く気ありません?」
「キツイって。三十年以上も勤めた会社が凄い良い条件で再雇用してくれてさ、それで恩返ししたい人も居るんだよね。嫁も俺と同じく足悪いし、車で整体まで連れて行ってやんないとさ。孫も小学校あがったばっかで可愛いんだよな」
「……なんかスイマセン」
「もっとしがらみが無いヤツ選んでくれよ」
「仰る通りで。なんか誰が行っても最初は結構エンジョイしている感じなんで、そういうものかなって」
「若くて守る物が現世にない奴ならそうかもな。けどもう俺みたいな老人は新しい環境なんか望んじゃないのよ」
「チート能力とかも贈呈させていただきますが」
「チート?」
「欲しがっていたでしょう? パチスロの三択とか六択とかの正解が見えるようになる魔眼」
「すげえな。機種によっちゃ一生ARTが終わんねえぞ。無限に出続ける」
「良かったですね!」
「良くねえよ。向こうの世界にパチスロねえだろ」
「うーん、じゃあチートレベルの魔法の才能とか。貴族の連中に虐げられて、良い感じに憎しみゲージが溜まった辺りで覚醒する感じで」
「うわ、貴族とか居るのか。殴られたりすんのか」
「それはもう。膝とかボッコボコですよ」
「弱点がモロバレしてんじゃねえか。完全にお前が教えてるだろ」
「まあまあ。覚醒したらボコり返せますから」
「それまで膝がもたねえよ」
「……ダメですか。悪徳貴族をやっつけたら王家からの褒美もありますが」
「ダメだな。ていうか、そいつらも人の心が無さすぎだろ。いきなり召喚されて右も左も分かんない六十過ぎの爺さんが膝を重点的に殴られてんだぞ。助けろよ。褒美とかの前に」
「ワガママですねえ。今の60代は」
「俺が悪い事にするな。世代煽りもやめろ」
「じゃあやっぱり辞退しますか?」
「そうだな。キャンセル料とやらは、どれくらいになるんだ?」
「払っていただけるので?」
「もう仕方ないだろう。全く納得していないし、今後は女神とか言う存在に憎しみを抱いて暮らすことにするけど、払わないと帰してくれないんだろう?」
「私のことは嫌いになっても良いけど、女神全体のことは嫌いにならないで下さい」
「ど厚かましいんだよ。いいからさっさと言ってみろ。いくら欲しいんだ?」
「お金ではなく、労働で払っていただきます」
「膝」
「膝は使わないお仕事です」
「じゃあ?」
「私の代わりに転移希望者との面談を行ってください。熱意ありと判断した人を案内してください」
「……お前が楽をしたいだけか。人を勝手に呼びつけて働かせて、最初からそれが狙いだったんじゃないだろうな」
「そんなまさか。疑りすぎですよ。まあ兎に角そういうことでお願いします」
「いいけど、後悔しても知らねえぞ」
「で、キミは異世界に行きたいと?」
「はい。本当に毎日毎日仕事が辛くて。たぶん結局メンタルが弱いんですよね。ちょっとしたメールでも、文面とか何度も見返して、言い方キツくなってないかなとか、考えすぎちゃって。だからイチイチ時間かかって、それで効率化とか作業スピードとか言われちゃって。余計委縮してしまっての悪循環っていうか」
「まあ歳取ってくると、そこら辺も失礼があって怒られたら、そんときゃ謝れば良いやくらいに開き直れるんだけど、キミくらいの歳だと、嫌われる勇気と言うか諦めみたいなのが中々持てないんだよな」
「長く生きるとそういうの身に着くんですかね」
「人にもよるが、大体は図々しくなるわな。だから老害とか言われるんだが……ははは」
「は、ははは」
「まあな、キミ、異世界に行ったら順風満帆なんて保証は全くないんだぞ。今は辛くて逃げる事しか考えられないのかもしれんが。勘違いして欲しくないのは、別に絶対逃げるなとか言いたいワケじゃないんだ。ただ逃げた先が更なる地獄ってのは笑えない事に結構あるんだよ」
「……でもチート能力が貰えるなら」
「それもどこまで本当か。俺の話しただろう? 望んでもないのに呼び出して、あげく強制労働させるようなヤツだぞ? 無条件で信じられるような相手じゃないだろう」
「確かに」
「それにな。創作物は不便な所は決して書かないが、冷静に考えてみろ、中世ヨーロッパだぞ? 一体人生の膨大な時間を何をして過ごす? ゲームもネットも無いぞ? 火打石でロウソクに火を灯して明かりを取る時代だぞ? 文化も思考回路も全く異なる人々に対する気苦労は得意先へのメールの比じゃないんじゃないか?」
「ぐう」
「それに、可愛い女の子とのアレソレを期待しているんだろうがな。ウォシュレットなんて当然ないワケだから、なにでケツ拭いているかも分からないんだぞ? まず間違いなく現代日本の女性の八万倍は不衛生だろう。加えて先も言ったように思考・思想も恐らく理解不能の域だ。共通の話題もない。まともにコミュニケーションできるのか? たとえ顔が絶世の美女でも、ことごとく自分の常識とかけ離れた言動を繰り返す、ウンコまみれの相手を愛せるか?」
「……」
「一度行ったら、そう簡単に戻ってこれない。いや、もしかしたら戻る方法すら無いかもしれない。軽率に判断するべきではないだろうよ。そうだな……最悪でも山奥で自給自足やってみてからでも遅くはないんじゃないか? そこでスマホもパソコンも無い生活をしてみて。電気も自分で引いてきたり、というか異世界に行ったら電気もないんだがな」
「……やめます」
「ん?」
「行くのやめます」
「……それが良いかも知れんな。何だかんだ言っても高度文明は偉大だよ。維持、発展するのに我々末端は苦労するが、見返りも大きい」
「はい」
「あのぅ……転移希望者が全く来なくなったんですが?」
「みんな話してる途中で辞めちゃうからな。熱意ありって条件に当てはまらん」
「ええっと」
「まあ何だかんだ、日本もまだまだ捨てたモンじゃないってことだろ? 知らんけど」
「……人選を間違えました」
「最初から望んでもないのに呼び出したのはお前さんだろうが。これに懲りたら、まず人を使って何かをするという姿勢から脱却してみたらどうだ? うちの会社の出世組も現場から叩き上げた人と、下を使うことしか知らずに来た人とでは、やっぱりかなり違うぞ。大体だな、お前も何百年も生きてきて、一つの事しか知らないってのはだな……」
「ひえー。も、もうお帰り下さいー。私が悪かったですからー」
了
即興(一時間半くらい)で書き上げました。本文を書くのに費やした時間より、字数を3000字に納めるために推敲した時間の方が確実に多い。