「陰険ブス」と貶されて婚約破棄されたあたし。おバカな王太子なんかこっちから願い下げです!! 真実の愛? 騙されてるとも知らないでほんとダメなんだから。
「このわたし、ライゼリード・フォン・ヴァインシュタインの名に置いて、アーリシェ・ラ・ローエングリーン公爵令嬢との間に結ばれた婚約を破棄することをここに宣言する!!」
それは、よりにもよってこのヴァインシュタイン王国建国記念祝賀パーティーの真っ最中、来訪してくださった諸外国のご来賓の目の前で。
その主役となるはずであった王太子の口から高らかに語られたのだった。
っていうか、なんで今それをするか。
国家の恥を晒してどうするのこのぼんくら頭が!
「アーリシェお嬢様、これ、片付けてもいいですか?」
「待ってリリム。いくらなんでも、あれ、まだこの国の王太子なのよ。そうそうじゃけんには扱えないわ」
「でも、もう良いんじゃ無いですか? あそこで国王陛下が顔を真っ赤にされて、ほら、ジェスチャーで、やれって言ってません?」
「そうね。これはもうしょうがないわね、速やかに御退場願いましょうか」
耳元で囁くリリムはあたしの側仕え件護衛の影、一応マーキュリー子爵令嬢の肩書きでここに居るけど国王陛下公認のこの国の暗部のエリートだ。
そういうあたしはアーリシェ・ラ・ローエングリーン。ローエングリーン公爵家の長女で今年十七歳。ほんとうはこの春の貴族院卒業と同時に王太子妃として後宮入りが決まってたんだけど。
「ふん。突然のことで言葉も無いようだな! どうした、理由も聞かないのか!?」
ふんと鼻をならし悪ガキのようにこちらを見るライゼリード。
理由なんて。
聞かなくてもわかってる。
っていうかとっくに調べはついてるのよ。
「はは、知りたいだろう、聞かせてやるよ。わたしは真実の愛を見つけたのだ!」
そういうと、ライゼリードは手招きをする。「パーシャ、おいで」
てとてとと走り寄ってきて彼の腕にしがみつく頭の悪そうな貴族令嬢。
着ているドレスは既製品それも去年の流行りのもの。
子爵? それとも男爵? ひょっとしたら騎士爵のどなたかの御令嬢かしら?
お会いしたことありませんよね。
見覚えの無い娘です。
でもそうですか、この娘がそうなのですね。
「お前はこのパーシャ・マルガリッタをいじめていたそうだな」
はあ?
「ドレスをよごしたり、切り裂いたり。あげくに階段から突き落とそうとしたそうじゃないか。わたしはおまえのような陰険ブスと結婚するなんてまっぴらなんだ。ほら、どうだ、この場で宣言してやれば、父上とて婚約破棄をみとめざるを得ないだろうさ。そうしてわたしはこのパーシャと結婚する。彼女を王太子妃にしてやると誓ったのだ!」
ああ。
もういいわ。
「やりなさい」
あたしは小声でそう影に命ずる。
さっと黒い霧が辺りを覆い隠し、一瞬にしてライゼリードとパーシャって小娘を奥の間に連れ去った影。
あたしはその何も無くなった場所に立つと、シャンと通る声で言った。
「ご来賓の皆様。お楽しみ頂けましたでしょうか。サプライズの寸劇、今流行りの婚約破棄の一幕お送り致しました」
ざわっと上がる声。
驚きとも嘲笑とも取れるそんな中。
さっきまでお顔を真っ赤にして怒っていたはずの国王陛下があたしの隣にきてくれた。
「驚かせてしまってすまない。これも皆悪戯好きな我が愚息の発案でしてな。来なさい、ライゼリード」
宝石を散りばめた王笏をさっと掲げる国王フリードリヒ陛下。
その声に合わせ、会場の隅の分厚いベロアのカーテンをかき分け出てきたのは先ほど消えたはずのライゼリード。って、いうか、ほんの少し彼より賢そうに見えるのは内緒だ。
「すみません皆様、先ほどの者は今回の余興の為の役者です。どうです? 驚いて頂けましたか?」
そう、キラキラな笑顔を皆に向ける彼。
豪奢な金色の髪をふわりと靡かせ、その蒼い聖なる瞳で人々を魅了する。
遠目にもうっとりとする令嬢方の頬がうっすらと色づくのがわかる。
もう、あんまりやりすぎないでね。
奥に控えていた楽団が、華麗な調べを奏で始めた。
皆それぞれにダンスを始め、ホールは人の波で溢れる。
キラキラを纏ったライゼリードも何人もの令嬢と踊っていたけど、まあボロは出さないでねお願いだから。
国王陛下もほっとしたお顔をしている。
変な騒ぎにならなくってほんとよかった。
あたしは国王陛下のお側でホスト側に徹して、そうしてなんとか無事建国記念パーティの幕は降りたのだった。
♢ ♢ ♢
「離せ! ここから出せ! わたしを誰だと思っているんだ! お前らみんな地下牢行きにしてやるぞ!!」
「はあ。ライゼ様気がつかれましたのね」
「その声はパーシャか! 大丈夫か!? 怪我はしていないか!?」
「もうあんまり大声を出さないでくださいな。それに、目が見えないまま暴れると危ないですよ」
「ああ、なんだか目隠しをされているようで周りが見えん! パーシャ、お前もか?」
「ふふ。お願いですからもう少しだけ大人しくしていて頂けません? わたくしやっと縄抜けしてこれから逃げ出そうと思っているのに、ライゼ様が騒ぐと見張りが来てしまいますもの」
「何? どういうことだ?」
「もう、察しが悪くて困りますわ。計画は失敗してしまいましたから、わたくしはこれでお暇しようと思っておりますのよ。ライゼ様?」
「計画? なんのことだ? それよりもパーシャ、目が見えているのならわたしの目隠しも外してくれないか。それに、後ろ手に縛られているこの縄を外したい」
「ご希望に添えなくてごめんなさいねライゼ様。わたくし、悪い女でしたわね。それではごきげんよう」
「待ってくれ、パーシャ。パーシャ!!」
どうやらパーシャは窓から逃げ出した様子。
まあこんなところだとは思っていましたけど、それにしても情けないわね。
「リリム、抜かりはないわね?」
「ええ、お嬢様。アレにはちゃんと影がつけてありますから。行き先を突き止めて、背後を確認いたしますわ。まあ黒幕に関しては証拠をあらかた抑えてありますから問題はないですが」
「いつもご苦労様。じゃぁそろそろ行きましょうか」
あたしはライゼリードを閉じ込めていた部屋に入ると灯りをつけた。
部屋を暗くして目隠しもしていたのだ、周囲が見えなくてもしょうがないと思うけれど。
それでもあの娘は逃げおおせた。
それなりに訓練された人間だったのだろう。
まあ普通の貴族の子女ではあり得なかったってわけ、か。
扉が開く音が聞こえたのか、
「誰だ! ああ、もう誰でもいい! わたしを助けろ! わたしは王太子だぞ!」
そんなふうにライゼリードが騒ぎ出した。
「まだそんな元気がおありになるのね、ライゼリードさま?」
あたしは極力冷たく聞こえるよう、声のトーンを落としてそう言う。
彼に引導を渡さなきゃ、ね。
残念だけれど。
「ああ、その声は、アーリシェか? なぜわたしがこんな目に遭う。一体どういうことだ!」
「あらあら、まだおわかりになりませんか? ほんとオツムが弱いんだから。どうしようもありませんね」
「なんだと! この!」
「先ほど正式にあなたの王太子としての王位継承権は廃されました。流石に陛下も今回ばっかりは堪忍袋の緒が切れたご様子でしてよ」
「そんなばかな! そんなことがあるわけが!」
「まあ、貴族でもない他国の間者を真実の愛だとか言って口説くくらいですからね。国家を危うくしている自覚も無しによくもそんな真似ができると、わたくしも感心しておりますの」
「な、嘘をつくな!」
「嘘かどうかはもうこれからのあなたの運命がどうなるのかでわかると思いますけれど。ああ、王妃様もお味方にはなりませんから期待しないでくださいね。あの方もあなたより実子のクロード様の方がおかわいいのでしょうから」
「まあ、本当は陛下もあなたより優秀な弟殿下の方に王位を継がせたかったようですけどね。わたくしに年の近い王子があなたで無かったら、あなたをわざわざ王太子になどしなかったっておっしゃっていましたよ」
実際、陛下としたら、王国暗部を牛耳る我がローエングリーン公爵家と敵対したくないがためだけに、このぼんくら王子を王太子にしたっていうのが本当のところ。
まあこうなったらしょうがないですけれど。
流石にここまで話せば理解したのか、力無く項垂れるライゼリード。
「それではごきげんよう。わたくしもこれで失礼いたしますね」
少しかわいそうな気もしたけれど、まあしょうがない。
自分の置かれた状況も理解しない方では、どうせこの先の国家運営などできやしないのだから。
「アーリシェ、大丈夫?」
部屋を出たところでそう声をかけてくれたのは、キラキラな方のライゼ。
彼の影、身代わりを長年務めていたライゼハルトだった。
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ。それよりも貴方の方こそ大丈夫ですか? ほんとこんなことになってごめんなさいね」
「いや、私はこれでよかったと思っているよ。別に命を奪おうというわけじゃない。彼次第ではまた日の目を見ることもできるだろうさ」
「謙虚に学ぶ心があれば、ですわね」
「まあ、そういうことだけど」
ライゼリードはとりあえず北の離宮に幽閉されることが決まっている。
そこでもう一度、ちゃんとしっかりと学び直すことができれば。
本人に、謙虚な気持ちが芽生えれば。
また違った人生もあるだろう。
「それよりも」
「はい?」
「こんな時にこんなことを言うのは本当は卑怯な真似だと思っているけれど。私は君と結ばれることができて幸せだよ。アーリシェ」
「はう」
「王位なんかは弟のクロードにくれてやるさ。私はもともと日陰の身だったからね。だけど、君だけは他の誰にも渡したく無かった。アーリシェ、ずっと君を愛してた」
ああ、ライゼハルト……。
キラキラな瞳をこちらに向け、あたしの手を強引に握る彼。
ライゼハルトとライゼリードは元々双子として生まれた。
彼らの母である前王妃フランソワは二人を産みそのまま亡くなって。
王家の伝承では双子は忌み子だと云われ、ライゼハルトは隠された。
そして彼はリリムの母に託され、影の一員として育ったのだ。
貴族院ではずっとメガネをかけその豪奢な金色の髪もくすんだかつらで隠して過ごし、必要な場面でだけライゼリードの影武者を務める。ずっとそんな生き方をしてきた彼。
あたしはそんな彼と、幼馴染としてずっと一緒に育ってきたから。
彼の本当の姿ももちろんわかってたし、ライゼリードとの婚約が決まったときは、ハルトに持っていた幼い恋心を封印したつもりだった。
そう、諦めたつもりだった、のに。
「王と君の父にはもう話をつけたよ。私は君と結婚し公爵家を継ぐ。影の、暗部の長としてこれからも国に尽くすから、と」
「もう、外堀も埋められちゃった、のね?」
「絶対に君を他の男に渡したくなかったからね」
もう、あたしも自分の心を偽らなくてもいいの、かしら。
「お嬢様、よかったですね」
隣でリリムがそう囁いた。
はう、この子もみんな知ってて?
「わたくし、幸せになってもいいんでしょうか?」
ライゼリードに引導を渡し、もう結婚なんて諦めていた。
でも。
「ああ。私が君を絶対に幸せにするから」
あたしはこくんと頷いて、彼の胸に頭をつけた。
彼が、ぎゅっと抱きしめてくれて。
あたしの頬に、一筋涙が流れた。
♢ ♢ ♢
公式にはライゼハルトはライゼリードとなってあたしと結ばれた。
弟殿下が立太子し、ハルトは公爵位を継いだ形で。
結婚式の日。
あたしはこっそり尋ねてみた。
ほんとのところはどうだったの? って。
「少しだけリードの闇に働きかけたのは事実だよ。彼は君にはふさわしく無かったからね」
と、そう正直に話してくれてあたしは納得をした。
ほんの少しだけ?
それがどれだけの物かわからないけれど、暗部の皆が揃ってライゼリードを王の器じゃないと判断していたのは間違いなかったから。
まあ、いいの。
「それに、君を絶対に誰にも渡したく無かったんだ。これはほんとだよ」
そう呟いて、そっと誓いの口づけをくれた彼。
あたしも。
「愛しています。ライゼ様」
そう囁いた。
FIN




