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【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

【ノベルアンソロジー】逢瀬を目撃した二人

作者: 有沢真尋

 骨組みは黒壇。

 白鳥の羽と繊細なレースを組み合わせ、クリスタルビーズで刺繍を施した特級品。


(間違いない。あれはバラハ公爵令嬢アデリナ様へ納品した扇……!)


 扇職人一族・ヴェローナ家の生まれで、物心ついた頃から工房に出入りしていたセシリアは、祖父の手業になる一品を見間違うことはない。


 王城で華やかな夜会の開かれたその夜。

 会場から抜け出して廊下を歩いていたセシリアは、庭に面したガラス戸が細く開いているのを目にした。外に出て涼しい風にあたろうと、戸を押し開けて敷き詰められた石床に踏み出したところで。

 くぐもった話し声を耳にして、足を止めた。

 押し殺した女性の呻き、男の荒い息遣い。


 背筋がぞくっとする。この先に進んだらまずい。そう思いながらも、さらに数歩先まで足を伸ばして確認してしまったのは、万が一にも「それ」が犯罪絡みであったら、と考えてしまったせいだ。

 身をかがめるようにして、暗く沈んだ庭の草木へと目を凝らす。だめよ、と甘く掠れた声が耳に届く。続いてくすくすくす、と秘めやかな笑い声。


(事件ではなく。これは男女の逢瀬ですね)


 セシリアはそこで確信した。気づかれないうちに自分は立ち去ろう。そう思いながら視線を今一度すべらせたとき、見覚えのある品が視界をかすめたのだ。


 夜の闇の中、発光するかのように白く滲む、白鳥扇。


 逢瀬の一方の人物がアデリナなのだとわかった。御令嬢には結婚を控えた婚約者がいたはず。この国の第二王子ウィルフレッド。つまりこのシチュエーションは、夫婦として結ばれる前の恋人たちの甘いひととき……。

 ふと、間近に気配を感じてセシリアは視線をすべらせた。

 真横。 

 長い黒髪を首の後ろで束ねた青年。奇しくもセシリアと同じように身をかがめて視線は前方の逢瀬現場。

 城内からガラス越しに漏れる明かりを受けたその横顔には「うわぁ……」という困惑に満ちた表情が浮かんでいた。


「ウィルフレッド殿下……?」


 声に出して、青年の名を呼んでしまった。

 セシリアに顔を向けてきた青年は、王妃によく似た繊麗な美貌の持ち主。それでいて、夜会用の礼服をまとった肩や背中は広く、引き締まって男性的な体躯をしており、多くの目をひきつけてやまない特徴的な容姿をしている。

 見間違えるわけがない。


「殿下はアデリナ様のご婚約者で……、あそこで逢瀬をなさっているのはアデリナ様で……、相手は殿下でなければいけないはず。殿下はいまここにいてはいけないんじゃ……? え、じゃああそこにいるのは誰なんです?」


 戸惑いのすべてが声に出てしまった。

 いまやセシリアの顔をしっかりと見つめて耳を傾けていた青年はといえば、セシリアが言い終えたところで謎の半笑いを浮かべて頷いてみせた。


「誰なんだろうか。少なくとも私ではない」

「浮気現場」

「そうだな」


 答えた声には、笑いが滲んでいるようにも聞こえた。

 言われたセシリアはといえば、笑うどころではない。


「踏み込みますか?」


 ウィルフレッド第二王子といえば、騎士隊に籍を置いていることでも有名。お飾りではなく、剣技に優れた勇猛果敢な騎士と言われており、儀礼や式典を取り仕切る貴族たちで構成された第一騎士団ではなく、実質的な魔獣討伐隊である第二騎士団所属なのだとか。

 たとえ密会現場を見られた二人が抵抗や反撃をしたとしても、恐るるに足りないに実力の持ち主のはず。

 ウィルフレッドは、ふむ、と言って遠くに視線をやった。


「現場をおさえてしまえば、醜聞そのものは一気に明るみにできるが、果たしてそれが得策かどうか。恐らく婚約破棄も避けられない。アデリナも軽はずみなことをしてくれたものだ」


 伏せた瞼。長いまつ毛。憂いを帯びた端正な横顔にセシリアは見とれかけたが、我に返る。


(ウィルフレッド様は傷心、よね。お美しい婚約者であるアデリナ様の裏切りを目の当たりにして。非はアデリナ様なのだから、感情のままに現場をおさえて責め立てれば、断罪に持ち込むことはできるとしても。殿下ご自身がそれを受け入れられるかどうかは別だわ)


 怒るのも責めるのも容易い。ただしその結果、婚約者を失うことになる。それを望むか否か。

 さらに、ウィルフレッドは淡々と続けた。


「それと、相手だが……。そのへんの、吹けば飛ぶような若手貴族ならともかく。アデリナが相手にするということは、それなりの見返りが望める相手だろう。思いがけない大物だった場合、ことを公にしてしまえば、派閥形成に大きな変化が出る恐れもある。最悪、開き直っておおっぴらに敵対行動をとられると国政に影響が出る。王家も無傷では済まされない」

「なるほど。そうですね。王族と国内有力貴族の婚約は政略絡みなわけですから、当然そういう展開も考えられますね」


 気持ちの問題だけではなく、という説明にセシリアは大きく頷きつつ、納得した。


(非は浮気をした相手にあるというのに、明らかにしてしまえば「浮気をされた側」である殿下にも何かと不利益が……。なんという「され損」)


 さぞや悩ましいことだろうと、かける言葉に悩むセシリアの視線の先で、ウィルフレッドはため息とともにぼそりと呟いた。聞き間違いでなければ「面倒くさい」と。

 なお、声を絞って話すセシリアとウィルフレッドとほど近い位置で、茂みはがさがさと揺れていて、男女の睦み合う声や音も続行中。

 曰く言い難い空気の中、ちらりとウィルフレッドがセシリアに視線をくれた。


「さて。我が婚約者が不貞を働いている件について。扱い方によっては国を揺るがしかねないこの一大事を目撃してしまったあなたは、何者?」

「……え? 私ですか?」


 不意の質問を飲み込めず、ぽかんとして聞き返してしまったセシリア。

 ウィルフレッドは、にこりと魅力的な笑みを浮かべて頷き、友好的な態度を崩すことなく言った。


「そう、あなただ。この件の扱いが決まるまで、無闇に口外されるわけには行かない。少しの間、拘束させてもらう。逃げるな」


 立ち上がろうとした瞬間、ドレスを踏まれてセシリアはバランスを崩す。

 転ぶ前に、ウィルフレッドに背中から抱きとめられていた。思いがけない力強さに息が止まりかける。目を見開きながら、いまの会話を頭の中で追いかけた。


(拘束って……。まさか捕まるってこと!? 私が!?)


 * * *


 監禁生活三日目。


 セシリアは王城の一室に秘密裏に閉じ込められていた。

 接触する侍女は最小限。部屋の中での行動は常識の範囲内であれば自由にと言われていたが、外に出ることはおろか窓に近づくのも避けるようにと言い含められている。


「家に帰して頂くことができないなら、せめて扇作りの道具を頂けないでしょうか。道具や材料があれば、部屋の中でも仕事ができますので」


 さすがに暇がこたえて、セシリアは部屋に顔を見せたウィルフレッドに願い出た。


「聞いている。君自身もなかなかの腕前らしいね。すぐに信頼できる部下を君の家へと向かわせる。必要なものを紙に書き出して」


 ウィルフレッドは快く請け負って、紙とペンを侍女に用意させてセシリアに渡してくれた。そのまま、セシリアが書き物机に向かうと、横に立ってのぞきこんでくる。


「『助けて』『帰りたい』『浮気現場を見てしまったばかりに』なんて書かれるわけにはいかないから、見張らせてもらう。あの件については内々に進めているが、まだ漏洩されるわけにはいかない」

「しません。家族に迷惑がかかってもいけませんし。はぁ~……夜会になんか出ていなければこんなことには」


 つい本音をこぼしながら、セシリアは紙に扇制作に必要な材料を書き込んでいく。


 セシリア・ヴェローナ。平民であるが「国宝級」と誉れ高い技工を持つ扇職人の孫娘。

 王城での夜会は、セシリアがウィルフレッドの妹にあたる姫君に献上した扇の出来栄えが褒められたことにより、特別に見学が許されて出席していただけ。

 身元に不明な点はなく、王城から帰れない理由は「姫君が話し相手として慰留している」と家族には説明されているらしい。

 実際には、ウィルフレッドに拘束されているのであるが。


「もう少しの辛抱だ。片が付けば家に帰す。口封じに殺したりはしない」

「殺……。いちいち脅かさないでください。裏も何もないド平民ですし、あの場にいたのも偶然。情報を漏らそうにも、噂話をする貴族の知り合いがいるわけでもないですし」

「だが、工房の仕事先には我が妹ミリアムをはじめ王族やバラハ公爵家など貴族がずらり、と。祖父君は叙爵を固辞していたそうだが、間もなく父君が男爵位を受ける。君もそれを見越して貴族に劣らぬ教育を施されてきたようだ。今はともかく、数年以内にこの社交界で君の名を知らぬ者はいなくなるだろう」


 横顔に、ウィルフレッドの視線を感じる。

 紙に必要な道具を書き終えたセシリアは顔を上げて、ウィルフレッドを軽く睨みつけた。


「あくまで、腕利きの職人として、です。私は自分の仕事が好きですし、辞めるつもりもありません。ですが、扇は贅沢品ということもよくわかっています。庶民のものではなく、裕福な貴婦人のもの。そういった方々が何を好み、何を粋と思い、扇として手にしたときに喜びを感じるのか。それを知るための手段として、私は富裕層や社交界とのつながりを大事にするよう教えられてきました。それでも自分に関しては分をわきまえているつもりです。決して、地位や名誉を求めているわけではありません」


「地位があった方が、どこにでも出入りしやすくなるし、なんでもやり易くなる。見たい絵画も演劇も優先的に見られるし、外国の珍しいものも手に入れやすい。『無くても良い、欲しくない』と言うのは一見高潔なようだが、『持たない』ことによって自分がどれだけ不利益を被っているか知らないだけだ。より良い仕事のために君の家族が君に教養を身につけさせたように、今よりももっと良い仕事をしたいなら、高い身分を望むべきだ」


 セシリアの手元からメモ書きをさらうように手に取り、目を通しながらウィルフレッドはそっけない口調で言った。

 整いすぎているがゆえに硬質で冷ややかに見える横顔。セシリアは、ためらってから口を開く。


「そう言われましても……、望みすぎて本来の目的を見失うのが怖いんです。お茶会や夜会が楽しくなったり、ひとにお世話してもらうのが当然になったり。私は普通の人間なので、恵まれた環境に置かれてしまえば簡単に堕落しそうです。扇を作るのが楽しいと思えなくなるのが怖くて……」


 ウィルフレッドが、なぜか意外そうに目を瞬いて見下ろしてきた。本当に意表を突かれた顔をしていたので、セシリアもまた不安になる。「何か?」と尋ねると、ウィルフレッドはゆっくりと笑みを広げた。


「楽しく思えなくて、生活に困っていないのなら、あえて扇作りにこだわる必要はどこにある? 君は上流階級の生活を堕落しているもののように考えているようだが、果たして本当にそうだろうか。お茶会や夜会でたくさんのお金が動き、生活できる者がいる。扇職人とてそうだろう。もし君自身が扇作りから離れても、得たお金で扇職人に仕事を与えられるのなら、その文化を保護することができる」


「それは否定しません。ただ私は、扇を作るのが好きなんです。自分が変わってしまうことで、自分の好きなものを好きに思えなくなるのが怖いんです。好きなものを好きでい続ける人生を送りたい。祖父がそうでしたので、憧れがあります。自分が学んだ技術も、後世に伝えていきたいですし」


 素直に心情を話すと、ウィルフレッドは存外に真面目な表情で「なるほど」と頷いた。少し間をおいてから「お祖父様、亡くなったばかりなんだよね」とひそやかな声で続けた。


「はい。アデリナ様への白鳥扇が最後の作品となりました。お気に召したそうで、婚礼のときの衣装に合う扇も、と発注を受けていたんですけれど……」

「そうか。見たかったな」


 ウィルフレッドが表情を消して言う。


(やはり、婚約を破棄する方向で動いているということ? 政略絡みとはいえ殿下もお辛いのでは。何か慰めになるような……)


「殿下、少しメモに足したいものがあります」


 そう告げて、紙を一度返してもらうと、いくつかの材料を書き込んだ。不審がるでもなく書き終えるのを待つと、ウィルフレッドはその紙を受取る。

 珍しく時間があったのか、それから侍女を呼んで二人でお茶を飲んだ。

 本来なら絶対にありえない二人によるお茶会。

 部屋を出るときに、ウィルフレッドは申し訳無さそうに目を細めて「不自由な思いをさせてすまないね。また来る」と言い、セシリアの瞳を見つめてから出ていった。


 閉じたドアを、セシリアは長いこと立ち尽くして見つめてしまった。


 * * *


 セシリアの祖父が作るはずだった、王子妃殿下の婚礼用の扇。

 それは幻に終わったけれど、もしセシリアが願いをこめて作ったら、壊れかけた恋人同士の仲が復活して結婚式で使ってもらうことはできないだろうか。

 そんなことはありえないと、わかっている。わかってはいても、婚約者を失うであろうウィルフレッドのことを思うと、何かしたかった。セシリアにできることは、扇を作ることだけだった。

 美しいアデリナがウィルフレッドに寄り添う姿を思い浮かべると胸が痛んだが、忘れようとした。


(白鳥扇のようなものをとお望みだったけど、より透明度が高く、無垢な純白を。ご婚礼の衣装はわからないけれど、白をお召しになるはずだから)


 白蝶貝を骨組みに、レースと白鳥の羽を合わせる。材料を受け取り、デザインを決めて、セシリアは扇作りに没頭した。レースを編む作業から始めたので時間はいくらあっても足りない。

 集中しすぎて灯りを用意されても気づかないような夕刻、二日とあけずに通ってくるウィルフレッドと話すのが習慣となった。そのうちになぜか晩餐をともにすることまであった。


 本人曰く、普段は平民混じりの第二騎士団所属で、野営もするので食事の形態にはさほどこだわっていないとのこと。そうは言っても何不自由ない王城にいるときまで、とセシリアは焦って言ったが、

「実は堅苦しいのが苦手なので、ここに逃げてきているんです。哀れと思うなら追い出さないでください」

 などと茶目っ気を交えて言われてしまえば、強く反発も出来ない。


 そうして幾日かが過ぎ、レース扇の制作にも目処が立った頃。

 普段よりも早い昼過ぎに姿を見せたウィルフレッドが、見たこともない神妙な面持ちで「報告しても良いだろうか」と切り出してきた。

 これは世間話ではないと悟ったセシリアが道具を片付けようとすると「そのままで」と告げてから、ウィルフレッドは重々しい口調で話し始めた。


「アデリナの件は、婚約破棄ということで決着がついた。浮気の相手は、身内の恥を晒すようなものだが、叔父上だ。アデリナと私が結婚した後、アデリナを使って王城内で何かと策を巡らせるつもりだったらしい。最終的にはアデリナの腹に宿った自分の子が王位につくように」


 身動きも出来ないまま、セシリアはその告白を聞いていた。ウィルフレッドの深刻な顔を見る限り、冗談の気配はない。正直、打ち明けられても胃がシクシクと痛くなるだけであった。


「その話、私は秘密としてお墓まで抱えていった方が良いのでしょうか」

「内々に処理をしているので事実は伏せたままだからね。アデリナと私の婚約解消に関しては、アデリナが他国に出奔することを理由として発表する。子どもはその地で生むだろうが、アデリナ自身が育てることはない。叔父上に関してももう二度と変な気を起こさないように監視付きで蟄居となる。実際にはかなり厳しい環境に置かれるはず」

「なんと言って良いものかわかりませんが、陰謀が動き出す前に阻止できたのだとしたら、良かったのでしょう。殿下の婚約に関しては、残念だったと思いますが」


(扇に願いを込めて作っていたけれど、現実はそんなもの。縁を復活させることなんて)


 そこまで渋い顔を維持していたウィルフレッドは「それでなんだが」とさらに苦しい声で続けて、胸元のポケットからハンカチに包まれた何かを取り出した。

 広げたそこには、親骨に使った黒壇の折れた、見覚えのある扇。

 セシリアは、さっと血の気がひくのがわかった。あまりにも無残な姿。


「話し合いの最中に、激高したアデリナがこの扇を振り回して、このような状態に。お祖父様の最後の作品だと聞いていたので、咄嗟に私が拾ってきた。壊す前に止められなくて、すまない。これを君の技術で直すことは可能だろうか」


 震える手を伸ばして、破損部分に指で触れる。目を瞑って、扇が受けたであろう痛みを想像してから、セシリアは顔を上げた。


「直します。持ってきてくださってありがとうございます」


 ウィルフレッドの表情から強張りが消えた。ほっと吐息して、頷いている。


「良かった。君のことは家に帰すが、近いうちに工房を訪ねようと思う。急ぐ必要はないが、扇の修復もよろしく頼んだ」

「帰れる……」


 それを聞いたら、妙に体から力が抜けた。足がふらついたところで、「危ない」とウィルフレッドに腰を抱き寄せられる。柔らかな温もりが伝わってくる。

 セシリアが見上げると、まっすぐに見下ろしてきたウィルフレッドが淡く微笑んで言った。


「会いに行くよ。必ず」


 * * *


(秘密を知りすぎたけど、生きて帰してもらえた……。でも殿下は再三私に会いに来るって言っていたから、直々に監視を続けるぞ、って意味かしら)


 工房に戻ると、家族も事情を察していた様子。不在の間の出来事を深く追求されることはなく、セシリアは仕事の日々に戻った。

 そんなある日、大変なお客様が、と言われて戸口まで出迎えれば想像通りの相手。

 晴れ晴れとした表情のウィルフレッドが「会いに来た」と爽やかに話しかけてきた。


「扇はほとんど元通りに。少し意匠を変えることも考えたんですけど、祖父の作品なので。持ち主様が国を出るまでが期限かと、急いで直しました」

「ん? いや、物を粗末に扱うような相手に、大切な扇を渡すつもりはない。捨てられるのを私が拾ってきたんだ。もちろん修理代は私が払うが、扇そのものは君が持っていて欲しい」


 セシリアが返事に困っていると、「どうした?」と不思議そうに尋ねられる。


「殿下はアデリナ様を大切に思ってらっしゃるのかと」

「決められた婚約者として粗末に扱ったことはないが、愛情を抱いたことはない。特に今回の件ではおおいに幻滅した。縁が切れてほっとしている」

「そ、そうだったんですね。お二人の仲が復活すれば良いのにと私、願掛けまでしてしまいました」

「どのような?」


 面白そうに尋ねられて、セシリアは王城にいた頃に作った、婚礼用をイメージしたレース扇を差し出した。手にとって、掲げてしげしげと見ているウィルフレッドに、「殿下のご婚礼のときにお相手の方にと思いまして」と未練がましく呟く。


「買おう。言い値で。素晴らしい扇だ。ぜひ妃となる相手に渡したい」

「ですが、ご婚礼の衣装もわかりませんし」

「準備はすべてこれからなんだ。この扇に合わせて仕立てれば良い。簡単な話だ。セシリア、手を出して」

「はい」


 言われて素直に差し出した手の上に、純白の扇が置かれる。その上から、ウィルフレッドに手を重ねられた。


「高い技術を持つ職人として、君自身の叙爵も考慮されるだろう。仕事に関しては今後とも全面的に支持する。加えて君は私と秘密を共有している。この事実は王家でも見過ごせない案件とみなされていて、君の動向に王家は高い関心を払っている。そこで、もし君さえ良ければ、この扇の正式な持ち主となって欲しい。どうだろう」


 言われた内容を真剣に考えてから「つまり」とセシリアは呟いてウィルフレッドの瞳を見た。

 にこりと笑ったウィルフレッドは、「そのつもりであの日全部を打ち明けた。ぜひ検討してほしい」と悪びれない様子で言うと、もう片方の手でセシリアの手を下からも包み込んだ。


★お読み頂きありがとうございます! 

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年末年始、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです!!

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