6 大切なのは、永く生きたかではない、どう生きたかである
彼は俺の知ってる紺野じゃなかった。
彼は、基本的に人間不信だった。過去に何があったかは、人伝に聞いたことがあるくらいだが、知らなくはない。しかし自分で言う話じゃないが、生涯を通じていつも周りに人がいた俺からしたら、同情することはできても傷を癒すことなどできなかっただろう。まして、こうして頼ってくるような友人になどなれるはずがなかった。
俺は前世においても転生後においても、恵まれた環境と身体を与えられた。そのことを最近になって痛いほど理解した。
『強盗』と書かれたスキル、字面が平凡で見落としそうになったが、記憶にある限りでそんなスキルは見たことがない。実際、スキルを行使しなくても強盗は強盗である。俺自身にある世界でも唯一のスキル、『成長』の解明に役立つ情報かどうかは、明日の俺が決めてくれるだろう。
主人公と呼ばれた彼らは、当たり前のように弱者を救済してきた。手の届く範囲限りの弱者だ。はたして自分が為すべきことはなんだろうか。
与えられた地位をもって与えられたレールを走るのか。
それとも・・・
「おう、にいちゃん、いい格好してんねえ」
うるさいな
「へっへっへ・・・怯えてんのか?」
「有り金とその鎧を置いてくれたら見逃してやるからよ」
「そしたら、ママ〜って逃げてくれていいぜ」
「ぎゃはははは」
耳に障る笑い声だ
「ほら、5秒数えてやるから、早くしろよ〜」
「ご〜、よ〜ん、さ〜ん・・・めんどくせえからゼロ!野郎ども、やっちまえ!」
頭の悪い連中だ。また俺は人を殺さなければいけないのか。
「無視とは気に食わねえなぁ!いけっ・・・」
軽い着地音。
突然上から降ってきた少女、セリアの剣が敵の首を跳ね飛ばす。
「ふう・・・おにーさん!なにぼーっとしてんのさ!」
「ああ、すまない。新しい魔導の実験をしようと思ってたんだ。さあ、やるか」
「てめえ!クソが!やっちまえ!」
語彙の貧弱な怒号と共に、八方から襲いくる荒くれた男たち。
『舜歩』のスキルを使用し、一人目の胸元に剣を突き立てると、切れ味の良い剣を地面ギリギリまで振り下ろす。動かなくなった肉塊を蹴り飛ばし、血濡れの剣を横に薙ぐと、二人目が防御用に棍棒(そこら辺の角材)を構える・・・が、勇者の剣はその棍棒をバターをスライスするように切り裂く。そのままの勢いでバターその2、もとい二人目の胸と腹をお別れさせる。赤い液体が顔に飛び散る。刹那、何かに弾かれたように振り向いて、セリアの相対していた、剣を携えた汚いそれに魔術を使用し氷塊を落とす。呼応するように飛び退いたセリアの目の前で、首の代わりに赤い氷を付けたそれは動かなくなる。
めんどくせえ。
「セリア!すぐにここから脱出しろ!」
「了解!」
彼女が十分に離れたことを確認すると、詠唱を始め・・・
数瞬後には、突っ立った腰から下を残したいくつかの何かとそれよりは多い肉塊、赤く染まった大地が広がっていた。
勇者の使用した魔導『水刃・円孤』によるものである。
周りから敵意のある存在が消えたことを確認したファウストは、地面を強く蹴りつけ、セリアのもとまで戻った。
「相変わらずすごい魔導だね・・・」
「セリアを傷つけようとしたからな。当然の報いだ」
「ん〜おにーさん!好き!でも、本来危なかったのは、おにーさんの方なんだよ。こういうところに来るときはちゃんと気をつけてね!」
「ははは、ありがとな。次からはきちんと気をつけるよ。約束しよう」
これが、勇者だ。悪い輩をその圧倒的な力で討ち倒し、世界に平和をもたらす。
他のどれでもない。世界に10人しかいない。俺こそが勇者なんだ。
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その晩。
「今日のことでちょっと昂っちゃってて・・・いい?」
執筆していた俺の部屋に、セリアはやってきた。
「俺も、今日は行こうかと思っていたところなんだ」
そう言って彼女を抱き寄せると、彼女は火照った顔をこちらに向ける。
「おにーさん・・・」
二重の愛くるしい双眸には綺麗な翡翠のような瞳が浮かび、淡いピンク色を湛えた小さな唇は、ほんの少し開かれていた。
綺麗だ。
透明感のある茶髪をかき上げつつ、柔らかな頬に手を当て、顔と顔を重ねるように近づける・・・
勇者のネーミングセンスは割と安直です。英語に直訳したりとか。対して、この世界の人々はそれなりに凝った名前を付けようとするそうです。