58 ドーラの戦い(1)
夏月88日、秋月の空気の迫るころ、シャルーカ中央部の陸軍省長邸、首相官邸、財務省長邸で民衆による同時襲撃事件が発生、リュブリアナ共和国史における『178日の政変』である。陸軍国境警備隊による暴力行為が後を絶たない情勢の中で、一部の陸軍士官と海軍によって国軍司令部が暗殺され、権力を失いつつあったリュブリャナ評議会を中心とした政権の再度確立を目指した運動である。臨時議会政府を擁立させたジュエニ王国第十一大隊は、旧政府であるリュブリアナ共和国軍閥政府に対し、停戦協定を破棄、宣戦布告をかけた。完全に軍を受け入れる体制であった議会軍によって首都シャルーカはほとんど無血で陥落、『辺境救済』を掲げ、地方軍閥の打倒に向けた動きが高まっていた。
「田園街道沿い、地点88地点29、前線が崩壊しました!第一補給路が断たれます!」
「地点34、撤退しました!」
「地点12地点90、壊滅です!」
くそ…まずいな…
「『箆鹿』隊が到着した模様です!」
「わかった、まずは補給路の確保だ」
「承知しました!」
知らない国の知らない軍ともあってか、融通が利かない場面が多い。本来ならば街の4個や5個程度獲れていてもおかしくない算段だ。うかつに攻め込みづらくなっている点もシビリティアの地勢的な弱点である。
「テディ、いるか?」
「ここに」
「指揮権を委ねる。突破し、地点44にて本国の『猛鷲』と合流する」
「承知いたしました。ただ、焦らない方が良いと思われます」
「なに?」
「私の見立てですと、おそらくあのお方が動くはず」
「…誰だ?」
「長く、長く、この国と戦ってきたお方です」
そんな馬鹿な、奴が来れたとしてここまで飛ばしても3日はかかる。出撃要請を加味して1週間は来ないと踏まなくてはやっていられない。それに、まだ来てもらっては困る。あれはボス格だ。まだ戦うべきではない。
「それよりも、目先の敵をどうかされた方がよろしいかと。あちらの兵は、規律の取れた軍隊です。」
それもそうだ、油断こそあってはならないこと、再確認しておかないと。
「…任せた」
「ご武運を」
今回は、街での戦いだ。剣士の主戦場である。
* * *
第十一とリュブリヤナが開戦してすぐに、シビリティアとシャルーカを結ぶ街道は封鎖され、拠点都市であったエスタニスラオは軍閥政府によって支配された。ここの奪還は難しいため、より北に位置するドーラを経由しながら補給線を繋ぐ算段であった。
「おいディック!地点44ってのはどこだ?」
「砂漠の街、ドーラだ。このまま進んで何もなければもうすぐ着くが」
街道脇、集落のような建物跡からゲリラとおぼしき無数の兵隊が姿を現した。
「何もなければ。ねえ」
車から飛び降り、自慢の大剣で敵をなぎ倒した女性は、『猛鷲』大将のスルーヴである。
「建物が見えるたびに湧いてくるじゃないか。いつまで経っても着かないよ」
「そうだな…まるで何か、足止めされているような」
「おい」
突然の声に振り返るディックに、一人の少年が突撃した。互いが振るった剣は、軽快な金属音を響かせて弾かれあった。
「どきな!」
少年めがけて振るわれたスルーヴの大剣は峰が向けられていたが、彼はそれすらも躱し、飛び退いた。
「かかれ」
スルーヴの采配によって『猛鷲』のメンバーがなだれ込むが、最初に飛び出てきたのは少年であった。尋常ではない返り血を纏っている。
「お前らっ…!」
「こいつは駄目だ。本気でいくぞ」
ディックの瞳が紅い光を帯びる。
飛び掛かった少年の剣と獣のように食らいつくディックによる激しい剣撃戦が展開された。
獣化したディックの野蛮な剣と少年の粗削りな剣がぶつかり合う。お互いが相手の急所を狙い続け、驚異的な身体能力で動きをカバーする、前時代的甚だしい戦闘であったが、膂力の差でディックが押していた。なにより、理性と油断を削り、全力に近い状態で戦闘できる、獣化の特徴を生かした戦闘法である。戦闘に対する経験も豊富そうな少年も、僅かにたじろいでいた。
「退け」
突如かかった野太い合図によって制止が掛けられ、少年は後ろへ飛んだ。一方のディックも、獣化を解いて仲間のもとへと飛び退いた。
二つの陣営が睨み合うなか、小柄な男が登場した。だが、纏う覇気が尋常ではない。
「侵略者を始末せよ。小さき者の進撃」
先ほどの少年のような影が無数に涌く。圧巻の見た目である。
「ヒナよ、血よ、獣と化せ」
「獲物だよ!猛禽の大鷲達よ!」
地点44、通称ドーラの戦いが開戦した。




