39 血溜まり
焦らないように、慌てないように、しっかりと足を踏みしめるように、我が家への帰路を辿る。
そこら中から血の匂いがする。煙を出している家もある。
ほとんど通ったことがない道なのに、吸い寄せられるように体が動く。
そこの角を曲がって、階段を登れば、我が家だ。
近づくほどに強まる血の匂いが、不安を掻き立てる。
「マフィ!大丈夫か!」
我が家の中に入ると、血まみれの肉塊と化した少女と…今まさに兵士に陵辱されている、自身の妹の姿があった。
「お前えええええ!」
「うるせえのが来てんじゃねえよ。どれの兄貴…」
「マフィ!マフィお前マフィを!うあああああ!」
頭は真っ白になっていた。目には敵しか映らなかった。自分の回し蹴りが相手の頭蓋を強打したところすら、はっきりと認識できた。
「っが!」
吹き飛んだ。棚の下。この瓶で、あいつを、殺す。
「死ね!クズ野郎!」
だがしかし、振り下ろした腕に鈍痛が走ると同時、後方に瓶が吹き飛んだ。中身の大豆がぶち撒けられる。
「最高の時間を邪魔してんじゃねえよ!」
「うるせええ!」
地面を蹴り、懐に入る。剥き出しの急所、鳩尾、脇腹に拳を突き刺し、腰の武器を奪って後ろに下がる。
「ぐぅ…がはっ…」
蹲る敵を静かに見下ろす。頸に剣を突きつけると同時に、業火の如き憤怒の感情は、急速に冷めていった。
「な、なあ、見逃してくれよ。お、俺にはな、妻と娘がいてな、俺の帰りを待ってるんだ」
「ああ、そうかよ」
「ちょ、ちょうどさ、そこのソレと…同じくらいの年齢なんだ。なあ?気持ち、わかるだろ?」
剣を引く。来た時こそ憎むべき巨悪に見えていた敵は、今や矮小で下劣なクズに成り下がっていた。
「わかった…」
敵が醜く歪んだ顔を上げ、上体を起こす。それと同時に、剣を、深く、深く、怒りのままに突き刺す。肋骨の隙間から内臓を貫く感覚が、手を這い、脳に伝わる。
「…いいから、死ね」
「ぐあ…」
貫通した剣を引き抜くと、足を踏み込んで、首を切断する。生きてることを確認するだけで、吐き気がするほど憎かったからだった。
「…ッ! マフィ!」
我に帰り急いで駆け寄るも、妹の体は既に冷たかった。首は一際青くなっており、人の手の形に歪んでいた。
「マフィ…マフィ…!」
少年は膝を突き、嗚咽もなく、呆然と涙を流し続けた。
* * *
「リン!どこだ!?」
「うあ…え…あれ…」
壊れた扉をさらに壊し、無遠慮に家に押し入ったジミーとレイ、ティトは、頭の離れた敵兵と、横たわる少女を前に項垂れる少年、血まみれの体にナイフが刺さったままの…自身の妹の姿を見た。
「…リン、起きろよ、お兄ちゃんが迎えにきたぞ。ほら立ちな、自分で歩けるだろ? 手、繋いでやろうか?」
「ジミー…」
「…わかってるよ、レイ」
二人の少年には、かける言葉の一つも思いつかなかった。
「なあアズー」
「……」
「なあ…聞こえてんだろ!?」
「聞こえてるよ!」
「ちょ、ちょっと、声を…」
「…すまねえ」
「…悪い、レイ、ティト。そんでジミー。言い訳になるが、ここに来たときには…その…」
気がつくとジミーは、目を合わせようともしないアズーの胸ぐらを掴んでいた。
「…わかってる…てめえが悪くないことくらい…誰がリンを…殺したのかってことくらい…!」
「…ごめんな」
「……」
大きく息を吐く。やるべきことは決まった。
「なあアズー、ちょうどブルペスタの近くで、暴れてる奴らがいるみたいだ」
「そうか…ティト、そこのナイフを取ってくれないか?」
「え…?行くの…?」
「お前らはついてこなくていい。取ってくれないか?」
「あ…う、うん…はい」
「ありがとな」
「じゃあな、レイ、ティト」
「行ってくる」
「……」
ティトとレイには、ただ黙って見送ることしかできなかった。




