20 違和
自分が勇者としてこの世界に転生したとき、まず最初に友人の言葉がよぎった。
『単に異世界と言っても、創作物である限りいくらでもパターンがあるんだ。転生なら、それが貴族や令嬢、名もなき赤ん坊などとして生まれ変わるんだ。人外転生など、最初から自立行動できる成体としてのパターンもある。あとは憑依とでも言おうか、元々人として存在していた向こうの人に、何らかの拍子で精神体が乗り移るパターンもある。そして、転生先も違う。既存の創作物の世界、RPGのようなファンタジー世界、科学技術が高度に進んだ世界などだ。特有の生物がいる場合も多いな』
そう考えると、俺は『憑依型』で『ファンタジー世界』への転生か。唯一の違いと言えば、幸か不幸か、転生したのが物語の主人公などではなく、俺だったということか。
だが、よく自分でも覚えているなと感心できるような、その友人の説明は頭から取り除き、自分の生きたいように生きたいと願ったのは事実だ。元の世界とどちらが良かったかなど、悠長に考えていられるほど、俺は俺自身を俯瞰的に見ることなどできない。だからこそ俺は、この世界を自分勝手に生きる。そう決めたのだ。
「おにーさん、総督からの呼び出し」
「了解、すぐ行く」
…今日はオフで、一日部屋でゆっくりできるんじゃなかったっけ。
コンコンコン
「第十一番隊将軍、ファウスト=ナイトホーク、入ります!」
丁寧なノックとあいさつを心がけ入室する、嫌な予感を抱えながら。
「よく来たな、ファウスト…」
そこには、未だにギラギラと光る眼光を宿した小柄な老人、『ジゲル=エルデルム』総督が腰掛けていた。明らかにサイズの合っていない机と椅子を使っているが、これでもジュエニ王国軍七十万人を取り仕切る総督である。その実力の程は聞いたことがないが、見た目に反した噂が行き交っていることは、新参者の自分でも把握していた。
「今回呼んだのは他でもない。とある街の警備の担当を代わってくれ」
「御言葉ですが、それならわざわざこの第十一を使う必要は無いかと存じ上げ…」
「いや、お前たちにしか頼めない」
「…何故?」
「儂の決定だ。お前の隊をすべて使え。場所は南部の、シビリティアだ。常駐していた軍は、すでに撤退の作業に入っている」
「…! に、2万人を動員するんですか!?しかもそんな場所に!?」
シビリティア…この国では四、五番目くらいの経済規模を誇る、山脈の向こう側の大都市だ。人口も二百万人を超えている。最近では独立運動が起きるかもしれない、ということで第三の本拠地が置かれていたはずだ。
また、第十一も他の隊とは違う。総勢で2万5千人にも及ぶ数を持ちながら、全国に満遍なく散らばっているのだ。彼らは冒険者、増えたり減ったりが頻繁に起こることもそうだが、何よりどんな緊急時でも素早く駆けつけられるのが売りなのである。そんな彼らに無理やり召集をかけ、精強な国境軍3万人に取って代わろうというのだ。黙っていられる者など、いるはずがないだろう。
「そんな…我が軍の力を活かせると思えませんし、2万人を動かすのも難しいです!どうか、ご再考を!」
「ならぬ、これは陛下との決定でもある」
「そんな…」
「…これ以上言うことはないかね?それでは行け。一週間後を出発とする」
「…承知いたしました。失礼いたします」
これでは事実上の左遷ではないか。一体俺が何をしたというのだ。
「おにーさん、大丈夫?」
部屋の外で待機してくれいていたセリアが、声をかけてくれる。
こういうとき、やはり俺はいい嫁を持ったと感じるのだ。
「ああ、大丈夫さ。それよりセリア、ちょっと俺の部屋に来てくれるか?話したいことがある」
「ん、いいよ」
「ありがとう」
そして、俺たちは一言も言葉を交わさないまま自室へ戻った。
「…なあ、セリア。お前は、俺がどこへ行こうと付いてきてくれるか?」
「なにを当たり前のことを言ってんのさ。私はあなたと共に生きる。たとえ遠く離れた地…シビリティアとかでもね」
「…! おま…ふはっ、ははは。ありがとな、セリア」
「ちょっとおにーさん、そんなことで泣かないでよ」
困ったように笑いながら見上げてくるセリア、今日だけは抱きしめて離したくなかった。
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「…あとは第十、あの隊も東の国境に行ってもらうか」
「でしたら、『ベールネイス』などはどうでしょう?川沿いに別荘でも建てて歓迎してやるのです」
「そうしておくか。あの男にはその旨を書簡にして送っておけ」
「はっ」
部下の報告に対し、手元の戦略図に目を落としたまま答えるジゲル。この国が今、どれだけの危機に瀕しているかを物語る地図だ。国際平和なんて都合のいい看板に中指を立てるように、世界の各地で戦争や紛争が起こっていることなど、大の大人であるなら誰でも知っていることだろう。
「失礼します」
傍の老人よりいくらか装飾の少ない軍服を着た壮年の男が退室すると、当の老人は椅子に腰掛け、深く息をついた。
「…お前たちは優秀な軍人だからな。民が第一なんだろう?自分の命よりも。当然だ、儂らは民の剣となり盾となるために君臨している。2億の命を背に戦っているのだ。…だがな、儂は、儂にとってはな、お前たちを含めた、全ての国民が、儂の息子なのだ」
その目からは、懇談会のときのような愉快そうな色は消えていた。
「お前はまだ現役か、ザンギバルよ」
勇者くん、良くも悪くも、たくさん考える人だよね。




