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1 ハローワールド

初めまして。緋稲と申します。軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。

「嘘だろ…」


 目の前には汚い小屋、外れかけた雨どいから滴る滴が水溜まりを形成していた。水が跳ねる音と、カラスの鳴き声、誰かが喧嘩しているのか奥の方では怒鳴り声が聞こえた。


 ここは…スラム、というやつか。にしてもなんで俺はこんなところにいるんだ?


 俺は紺野こんのあお、眼鏡をかけたチビでラノベが好きな…いわゆるオタクというやつだ。中学では趣味をもとにいじめを受けてきたが、高校は偏差値に比例して人間の中身が変わると聞いて、必死こいて勉強した。その甲斐あってか県内でもそこそこのところに進学でき、それなりに幸せな学校生活を送っていた。それなのに、線路に落ちて死んだ。いや、あの感触、突き飛ばされたとも思えるが、動機が全く分からない。そういえば死ぬときに少し転生の可能性を考えてしまったところが、俺はやはりオタクだったんだと認識させたが、本当に転生するとは思わなかった。


 にしてもなんか、体に違和感が…


「お兄ちゃん!」


「はぐっ!」


 甲高い声とともに腹部に鈍痛が走る。


 お兄ちゃん…?こいつは妹…なのか?6歳ほどの小さな幼女が、座っていた俺の腹にタックルしてきたらしく、膝の上で笑っている。


 にしても痩せているな。さすがスラム、こんな年なのに見るからに栄養状態が悪そうだ。この細い腕なんか俺の腕の半分も…は?


 驚いて立ち上がると、「ふぎゃ」と言う声とともに幼女が転がる。その様子に目もくれず自分の体を確認する。


 明らかに痩せた体、細い腕と脚、黒いと言うほどではないが少し日に焼けた肌、ぼさぼさの髪の色は、そこの幼女と同じ黒色らしい。尻餅をついて不思議そうに見上げる幼女を持ち上げようとすると、いかに自分が非力かわかる。おそらく身長は小学校中学年並みだろう。今更気づいたが、自分の体、割と臭い。


 どうやら俺は、劣悪な環境、貧相な体、無一文で転生してしまったらしい。これがもっと恵まれた環境だったら、これから頑張ろうと言う気にもなれたものを…


 …全てを諦めて、目の前の幼女にコンタクトをとってみる。


「あーその、お前は俺の…いや、俺はお前の兄なのか?」


「ん?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」


「なるほどな、名前はなんと言うんだ?」


「マフィはマフィだよ?お兄ちゃん、変になっちゃった?」


「…あんまりでは」


 ニコニコしている幼女もとい妹?に、少しばかり苦笑しながら頭をわしゃわしゃと撫でると、嬉しそうにしてくれているのでついつい和んでしまった。


   ✳︎   ✳︎   ✳︎


 状況を一通り確認したところ、ここはガザという地区らしく、その上の国とか地方とかはわからなかった。名前は妹も知らないらしく、散々考えた末に『アズー』にした。…兄弟なのに知らないとはどういうことかと聞いてみたら、『マフィ』は俺がつけた名前らしい。名前つける風習がないのか、ここは。


「そういえば、親はどこにいるんだ?」


「っ!…お兄ちゃん、また逃げないでね…?」


「ん?…おう」


 快活な印象を受けた幼女…マフィにしては歯切れの悪い返事に、嫌な予感が走る。


「お母さんは…死んじゃったの…!」


   ✳︎   ✳︎   ✳︎


 どうやら俺は、母親が死亡したことに耐えきれず逃げ出したらしい。足の裏が痛いのは、全力で走ったからだろう。その時の情報を聞きながら、崖の上の小屋ともテントとも似つかない布製の屋根の下へ行くと、すぐに目を閉じた冷たいそれが見つかった。この世界に来て一時間も経ってないのに、その女性の死は心にくるものがあった。


 腐ってしまう前に埋葬すると、流石に少年の体である、どっと眠気が襲ってきた。汚い布の上に寝そべると、瞼が自動的に閉じていき…


「おっはよー!!」


「ぐぼへっ」


 幼女ミサイルで目が覚めた。


「…あーやっぱりこれは夢じゃなくて、実際に転生しちゃったみたいだな」


「てんせー?なんのこと?」


「あーいや、いいんだ。気にすんな」


「?それより、今日はお兄ちゃんの番でしょ!早く早く!」


「お、落ち着け。なにが俺の番なんだ?」


「え?こうやって、くるくるばしゃーって!」


 幼女の手からコップ一杯分の水が現れ、下のひび割れた容器に収まる。


…もしかして、魔法ってやつなんじないか?それ


「…すまん!やり方を忘れたみたいなんだが、えーっと、マフィ?教えてくれるか?」


「えっ!?…はっ…ふふん、しょうがないお兄ちゃんだね、教えてあげる」


 謎に驚かれ謎に納得された俺はマフィ先生の講義を受ける。


「まず、手の先っちょに力をぐーってためて、頭の中で水をばしゃーってするの!たくさんばしゃーってすると疲れちゃうから、ほどほどにやらなきゃだめなの!」


「なるほど…こんな感じか?」


 頭の中の水風船を割り、中から飛び出す水に意識を向けながら手に力をこめると、コップ二杯はありそうな水が出てきた。


「ははは!これ、面白いな!」


「ふっふー、でしょでしょー?」


 得意げな幼女をよそに今度はライターの火を想像してみると、少し大きめの炎が指先に灯った。


「うおっ!」


「きゃっ!…危ないよ、お兄ちゃん!」


「そうだな…悪かった」


 下手に暴発すると唯一の屋根が灰と化しそうなので流石にやめた。


 というか呪文とか必要なさそうだし、この虚脱感からして自分の中の力…魔力とでも呼ぶことにしようか、が割と少なさそうなことを除けば、すげえ便利だな、この魔法とやらは。


 とりあえずこの世界はわからないことが多い。ひとまず状況確認だけでもすませておきたいな。


「外に出てみてもいいか?」


「いいよ!マフィも行く!」

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