08 過去の話
夏の日差しが照りつける午後。
いつもの様に、お父さんは自分の畑で採れた野菜を荷車に乗せて、隣町へと売りに行く途中だった。
お父さんは隣町に続く街道の真ん中で、化け物に襲われて死んだ。
村の人たちは事前に隣町から『街道に猛獣が現れた。追い払うまで村の外を出ない様に』と通告を受け取っていたのに、お父さんにだけは、わざと伝えず見殺しにした。
帰ってきたのはベージュ色のフードの付いた血塗れでボロボロの上着だけ。
野菜もお父さんも化け物に食い荒らされて、これだけしか残っていなかった。
それをお母さんは丁寧に洗って、千切れた箇所を糸で縫ってメルに着させこう言った。
『お父さんは、目には見えないけどいつもメルのことを見守っているの。会えないのは寂しいけど、こうすればいつでもお父さんの温もりを思い出せるでしょ?』
そう言って、泣きじゃくるメルの頭を優しく撫でた。
お父さんが死んで、村人から二人への風当たりはより厳しくなっていった。
それから一週間ほど経った頃、逃げる様に畑と家を焼いて村を出た。
幸せな思い出がいっぱい詰まったあの家が、夕闇の中赤々と燃えている。
それがメルの脳裏に焼き付いて忘れられない。その日はメルが生まれて五歳になる誕生日だった。
あれから、お母さんは一人でメルのことを育てるために必死に働いた。
魔法を使えるという特技を活かして、獰猛な化け物退治や危険な仕事を何度も請け負った。
自分のことを人間と偽って、接客業をしたこともあった。魔法で、デミヒューマン特有の長く尖った耳や赤い髪、そして朱色の瞳を誤魔化して。
お父さんが死んでから、お母さんはメルに厳しく魔法を教えていった。
いつか、メルがたった一人で生きていかなければならない事を悟っていたかの様に。
お母さんはずっと無理をしていたのだ。
メルが生まれる前から病弱で、お父さんに守られながら生きてきたのだ。
本来なら、こんな事一日だって続けられない。
それを七年間、立てなくなるまで必死に仕事をし続けた。その結果、メルのお母さんはメルを一人残してこの世を去った。
最後に『一緒にいてあげられなくてごめんね』と言い残して。遺体はメルが一人で埋葬した。人里離れた、お母さんの大好きな星が見える丘だ。
メルはお母さんの茶色いリュックと魔導書と杖を持ち、お父さんの上着を着て長い耳が見えない様にフードを目深く被り、生きるためにお母さんと二人で七年間過ごした家を出る。
べルルに着くまで、メルは村や町を転々とした。
毎日必死に生きてゆく中で、いつしかお母さんが話してくれた優しい勇者の物語が、心の支えになっていった。
しかし誰も彼も、メルがデミヒューマンのハーフだと分かると追い払った。一人として手を差し伸べてくれる人間はいなかった。
べルルに繋ながる街道でコルネに出会うまでは。
「お母さんが話してくれた優しい勇者の物語を聞いて、ずっとべルルに来てみたかったの」
メルは照れ臭そうに言う。
隣を親子だろうか、父と母と小さな女の子がお揃いの浮遊岩を首にかけて、笑い合いながら通り過ぎて行った。
それを、メルは思わず目で追いかけてしまう。
コルネとメルが歩いてゆく方向とは反対に進んでゆく親子に、かつて幸せだった頃の自分をメルは見た。そして、もう二度とあんな幸せはやってこないのだと気が付いてしまい、胸が苦しくなる。
「頑張って働いて、べルルへの地図を買って、何を期待してたんだろ私」
寂しそうな表情でメルはそう言った。
コルネは、メルの話をずっと黙って聞いている。暗くてコルネの表情はよく見えなかったが、コルネはメルの歩く速度に合わせてゆっくりと、隣に寄り添う様に歩いている。
その様子にメルはコルネの優しさを感じていた。
「どうして、自分の辛い過去を俺なんかに聞かせたんだ?」
コルネは優しい口調でメルに尋ねた。
すると、メルは少し意地悪く笑ってみせながら言った。
「コルネの過去が知りたいから……じゃだめ?」
コルネは少し困惑した様な声色で、メルに優しく言った。
「俺の過去なんて、知ったところで何の意味も無い。つまらない話だ」
「それでも、知りたいの。やっぱりだめ?」
メルのお願いにコルネは深くため息をつき『俺の過去は退屈なだけで、あまり期待されても困る』と前置きをしつつ、自分の過去をメルに話し始めた。
「俺は昔、親に森に置き去りにされたんだ。小さな村じゃよくある事さ、間引きだよ。
人間が増えすぎると、小さく貧しい村では食料を全ての人間に行き渡らせる事が出来ない。
だから健康で強くて、将来見込みのある子供以外は、森へと置き去りにされる」
生きるためには仕方の無い事だと、コルネは淡々と話した。
メルはそれに対して、悲しい気持ちになった。
それと同時に自分以外にも孤独と戦っている人がいる、それだけで彼女はどこか救われた様な気持ちになった。
もちろん、後ろめたい気持ちもあるけれど、それでも自分と同じ苦しみを少しでも理解している人がいるということは、彼女にとって大きな希望になった。
「本来そこで俺はその森に捨てられた子供と同じく、飢えて死ぬか森に住む化け物に食われて死ぬか、どちらかの運命だった。けれど、そうはならなかった」
「どうして?」
「デミヒューマンの女性に命を救われたからだ」
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