03 助けられた少女
猛獣の足音が、地響きを立てながらどんどん近づいてくる。正面の化け物二体も、今まさに襲い掛かろうと牙を剥いて唸り声を上げた。
もうダメだと少女が目を瞑ると、森の奥から何かか飛んでくる。
丸くて黒い団子の様な物が、少女の正面と背後にいる肉食獣目掛けて次々と飛んでいった。
それに不意をつかれたのか、少女に襲い掛かろうとした化け物達は思わずその足を止める。
しばらく、団子の様な物が飛んできた森の方向を睨みつけると、周囲の匂いを嗅ぎ始めた。
すると何かを悟ったかのように鼻息を鳴らし、肉食獣は飛んできた物から逃げるように、やって来た森へと走って引き返していった。
少女はしばらく放心していたのだが、はっと我に返って丸くて黒い団子の様な、得体の知れない物が飛んできた方向へと顔を向けた。
森の方を警戒しつつ、さっき膝から崩れ落ちた拍子に落としてしまったリュックから魔導書を引っ張り出すと、震えながら杖を左手に持って呪文を唱えようとした。
しかし上手く発音出来ず、魔法は不発に終わる。
そうこうしている内に、森の方から人影が見えた。それはゆったりとした足取りで木々をかき分け、少女の方へと姿を現す。
「まだ生きてるか?」
男はそう言うと、今だに尻餅をついたままこちらを睨みつけている少女に対して手を差し伸べた。
浅黒い肌をした、無精髭と黒いボサボサ頭とやさぐれた瞳が目に付く人間の男だ。
ボロボロの黒い布切れをマントのように靡かせ、全身薄汚れて黒っぽい、まるで猟師の様な格好をしているその男は、およそ三十代前半のように見えた。
さっきまでずっと森の中で生活していたのか、所々衣服が擦り切れ木の葉の欠片や、小さな木の枝がくっ付いている。
少女は差し伸べられた男の手を無視して、森の中から現れた奇妙な人間を警戒しながらゆっくりと立ち上がった。
「あ、あなた何者ですか……?」
「それが命の恩人にかける最初の言葉か?」
男はぶっきらぼうにそう言うと、右手でわしゃわしゃと髪の毛をかく。
「さっきのあれは……」
少女はチラリと、街道にまだ転がったままの黒い団子の様な物を見た。
その丸い物体の周りからは、嗅いだことの無い異様な匂いが漂っている。彼女の質問に対して、男はあっさりとこう言った。
「ん? あれか。糞だ」
「ふ、糞!?」
少女は驚愕した表情で、声を裏返しながら叫ぶ様に言った。
もう何が何だか訳も分からず、緊張の糸が切れたのか、はたまた何だか馬鹿らしくなったのか、少女は力が抜けてその場にへたり込んだ。
男はそんな少女の様子を意にも介さず、淡々と街道に転がる何者かの丸い糞を森の方へと蹴飛ばしていく。
「森の捕食者何ぞに目を付けられるとは、運が悪かったな。奴らは臆病な生き物だから日中、人の出入りがある街道に姿を現すなんて、そうそうあることじゃない。
奴らは人間が自分より弱い生き物だと理解してはいるが、それでも用心深く観察するだけで、本来真昼間に襲いかかってはこない。
とはいえ、今回はよほど腹が減っていたのか、お前に襲いかかってきた訳だが。
しかし、奴等もベヒモス相手には尻尾を巻いて逃げる。
大木の様にでかくて凶暴で、縄張り意識の強い糞で自分のテリトリーを誇示する怪物だ。
臆病なアイツらは糞の匂いを嗅いだだけで、一目散に逃げだす」
男は少女の返答も待たずにぶつぶつと、捲し立てる様に話した。
そして男はまだ放心状態の少女に対して、腰から茶色い革製の巾着袋を一つ取り出して差し出す。
「欲しければやるぞ」
男が差し出した革袋に入っている物は、恐らくさっきの糞だろう。
少女は苦々しい表情をしながら黙って首を横に振った。革袋を再び腰に掛けると、少女に怪我が無いか様子を見るために、男は少女の方を注意深く観察した。
急に、何かに気が付いた様に男は少女の顔をまじまじと見始める。
それに気が付いた少女は、自分のフードが脱げてしまっていることにようやく気が付いて、慌てて頭に被り直した。
「デミヒューマンの子供が、一人ぼっちで一体何をやっているんだ?」
男は衣服についている木の葉や木の屑をパタパタとはたき落としながら、少女に尋ねた。
少女は男の質問に答えず、無言で俯いたままその場を動かない。
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