これから・・・3
「……金貨も、ですか?」
ベルナデット様の声は、少し震えていた。
「ええ。金貨も、です。 そもそも商人が真っ先に削りますから」
「……削る?」
「角を少しずつ削って、金を取り出すんです。
見た目は金貨でも、重さが違えば信用されません。
だから、領民が持ってる金貨は、まず疑われる」
ベルナデット様は、静かにコップを見つめている。
少し取るのに失敗しているそれは、潰れた粒がゆらゆらと浮いている。
「……でも、金貨ですよ?」
「そうですね。当然価値はあるでしょう。
でも、“誰が持っているか”の方が大事なのです。
まともな金貨は、商人と貴族だけでしょう。
それも、基本的には税を納めるために使うものです。」
「……え?」
「納税の時に、金貨の重さを測ります。
その場合、適正な重さでない金貨は金貨ではない。
つまり、滞納扱いです。
場合によっては、処罰されます」
ベルナデット様は、少しだけ俯いた。
その表情には、戸惑いが混ざっていた。
「……では、商人はどう、貴族を相手にしているのでしょう?」
「商人は、ね、騙されないように、そして、貴族相手にもできるよう、
“適正な重さの金貨”を一枚だけ常に持っています。」
「……一枚だけ?」
「ええ。その一枚は、貴族から受け取った場合も、親から相続した場合もあるでしょう。
商人として一人前であることを示す“戦いの印”です。
それを使って、天秤にかける。相手と自分の“本物”を比べて、重さを確かめるんです。」
「……なるほど。それでは、天秤があれば安心なのですね。」
「そう思うでしょう? でも、中にはその天秤に細工する商人もいる。」
「……えっ」
「針の軸を削って傾けたり、重りの底に細工をしたり。
それ以外にも思いつかない方法でだます商人もいる。
だから、金貨だけじゃなく、天秤の“信用”も問われる。
商人の世界は、信用と欺瞞の綱渡りです」
ベルナデット様は、コップを見つめながらぽつりと呟いた。
「……信用って、そんなに重いんですね」
俺は、少しだけ首を振って答えた。
「いいえ。軽いです。
どんなに信用していても、毒や麻痺毒を使って物を奪ったり、
人を捕まえて売り飛ばすこともある。」
ベルナデット様は、静かに息を呑んだ。
「けれど――信用しないと、どちらにしても凍えて死ぬか、腹をすかせて死ぬんです。」
「……そんな……」
「だから、信じるんです。
裏切られるかもしれないと分かっていても、誰かと食べて、飲んで、命を預けるしかない。
それが隣人を作り、村を作っているのです。」
ベルナデット様は、そっとコップを両手で包み込んだ。
その仕草は、まるで命の温度を確かめるようだった。
「……私も、少しずつ信用を得ているのでしょうか。」
「ようこそ。ヴィオレへ。ベルナデット様」
中央の暖炉が、ぱちりと音を立てた。
その音に、子供たちの笑い声が重なる。
ベルナデット様は、そっと微笑む。
その笑顔は、少しだけ強くなっていた。
そして彼女はコップをあおり、少しだけ水を足した。
粒が、またゆらりと揺れる。
そして、小さな声で一言、彼女は覚悟するように呟いた。
「……金貨は、隠しておきます。 お守りとして」




