子爵家のお屋敷で
エリーヌさんと衛兵さんに見送られた俺は
中層から上層への乗合馬車に乗り、
上層ではなんとか辻馬車を捕まえて、
ヴィヨレ子爵の屋敷へとたどり着いた。
領主様から頂いた服を着てて良かった。
何時もの恰好なら辻馬車乗れなかったと思う。
着てたとしても着慣れてないのに気づかれて怪訝な顔されてたから。
あ、衛兵さんの名前、聞き損ねた。
今度会ったら聞かなきゃ。
さて、改めてヴィヨレ子爵のお屋敷である。
領地にある屋敷に比べれば小さいが、それでも豪邸だ。
とはいえ、中央、つまり王城寄りの建物に比べると大分小さい。
うーん。貴族恐るべし。
そんな事を考えつつ、ドアノッカーを叩く。
暫くすると執事さんがドアを開けてくれた。
怪訝そうな顔をして、
「どちら様でしょう?」
と聞いてきた。
庶民がいきなり前触れもなく来るのだからしょうがない。
というか、庶民が前触れなんて出せないか・・。
「あ、はい。お嬢様の御用命で来ました。泉の町、パピヨン通りのジャスタンです。」
そういって、ぺこりと頭をさげる。
執事さんも得心したのかにこやかな顔に変わり
「ああ、ジャスタン様ですね。伺っております。
どうぞ中へ。」
と、屋敷の中へと促してくれた。
「では、お嬢様を呼んでまいります。」
「どうぞ、こちらへ」
途中で、メイドさんと案内を交代しながら
サロンの方へ案内された。
こういう所の椅子に座るのはドキドキする。
汚すんじゃないかと・・。
だけど、今回は領主様から頂いた服なので(多分)大丈夫!
メイドさんに案内されるがままに椅子に座ると、どうぞとお茶を出して頂いた。
熱くてすぐには飲めないので皿に移しながら、ゆっくりと飲む。
この茶色のお茶は、こういうときじゃないと飲めないのである意味役得だ。
うちだと、お母さんが作ってくれる
裏庭に沢山生えてる柑橘の香りがする葉っぱのお茶とか
生垣の薔薇の実のお茶とか
になる。
高級品だとしても、コーヒーが限界なのだ。
まあ、庶民のお茶と貴族のお茶とで比べること自体が間違ってるけど。
そのままお茶を楽しんでいると(お茶の味とかは分からないけど)
廊下から声が聞こえてきた。 お嬢様お待ちくださいお嬢様!と
かなり慌てた感じの女性の声だった。
ツカツカツカという音と共にこちらに近づいてくる。
そして、バタンと扉が開き、その先にはローブを着たお嬢様が居た。
「やあ、ジャスタン。待たせたかな。」
ヴィヨレットのお嬢様
エステル・グリーゼ、12歳。俺の一つ上で、学園の先輩にあたる予定だ。
朱い瞳に青紫の髪。顔立ちは、まだ幼さを残しているが綺麗で美しい。
成長すれば正直測妃様より美しくなりそうな気がする。
身長は女性にしては高めで少し釣り目ですらっとした手足は、凛々しい佳人を思わせる。
性格も明るく、活発で、少々男前。
そのため、男性にも女性にも人気がある。
特に女性からは、男装が似合うのでは?という話題が一度は挙がる。
ただ、皆諦める理由がある。
お嬢様の髪は長くそして美しいことと、とても女性らしいスタイルをしていることだった。
そして現在、お嬢様の胸元は、胸を押し上げているコールと隠せていないシュミーズが・・・。
「ええっと・・お嬢様。ピエス・デストマは?」
「あ、ああぁぁぁぁすまない。急いでいたから忘れていたよ。」
そういうと、お嬢様は手で胸元を隠し、背を向けた。
それを見て追いかけてきたメイドさんがため息をつきながらお嬢さんに向き合う。
「本当ですよ。お嬢様。ささ、取り付けますから、こちらへ」
「いや。此処で良いだろう?さくっと付けてくれ。」
本当にもうとぶつぶつ文句を言いつつ、メイドさんはピエス・デストマをピンでつけていく。
「コタルディならこんな面倒なのないのに、何故かお兄様から止められているのだよ。」
ふうと面倒そうにお嬢様はため息をつく。
「まあ、そうでしょうね。お嬢様はダメです。」
ノワールの庶民で流行っている着方は、コール・ピケの上にコダルティを着こむ。
ピエス・デストマは取り付けず、
デコルテの大き目なコダルティに透けるくらい薄いフィシューで
胸元を申し訳程度に隠すという『デボーダースタイル』だ。
元々、ノワールのコールやコール・ピケは、海外のコルセットと異なり
腰回りを細く見せるのではなく胸を寄せて上げて大きくまたは美しく魅せるのに特化している。
そのためのスタイルだそうだけど。(お母さん談)
とはいえ、胸が大きい方が良いという訳ではなく、胸元の魅せ方が大事だとのこと。
「はい。付きましたよ。」
「ありがとう。では、お茶にしよう。」