宇宙海賊は魔王の夢を見るか
ちょっと勢いで書いてみました。
俺の名前はパイソン、そこそこ名の知れた宇宙海賊だ。生まれついての性分なのか組織ってものが苦手で、ギルドからのスカウトを断って気儘な一匹狼を貫いている。
幸か不幸か、同じく蛇の名前を持つ超一流の宇宙海賊と比べればはるかに小物なおかげで、スカウトを断ってもギルドからは脅威とみなされず命を狙われるような事は無い。もちろん、こんな仕事をしている以上は海賊同士での個人的ないざこざは避けられないが、ギルドに対して仁義を通しておけば組織的に狙われるような事にはならないもんだ。別にギルドが優しいわけじゃない。ギルドは人の命などなんとも思っていないが、面子か金が絡まない限りはわざわざ手間をかけてまで殺しに来たりはしないだけだ。
それよりも厄介なのは銀河パトロールの方だ。人間の活動域が銀河間レベルに広がったせいで、宇宙レベルでの犯罪への対処方法は大昔の西部劇のような状態になっている。つまり、司法省が作った抹殺リストに名前が載っている奴は、見付け次第、裁判無しで組織を挙げて仕事として抹殺しに来る。そう、今現在のように・・・
「おいバトラー、まだ追いかけてきてるか?」
「あいかわらず1光時ほどの距離を保って追尾していますよ」
バトラーは俺の唯一の相棒だ。人工人格を搭載した人型戦闘用アンドロイドで、対人兵器程度では破壊できない装甲外皮を装備している。ちなみに秒や分は人類が誕生した惑星の自転周期に基づいた時間単位であり宇宙時代にはそぐわないのだが、他の単位に切り替えるタイミングを失った事と人間の慣れもあって未だに使われ続けている。
「引き離せないか・・・」
「こちらは盗んだ中性子インゴットを積載している上に、相手は高速巡洋艦ですからね。それよりも気になる事があります」
「どうした?」
「本艦から30光分前方にワープアウトの前兆らしき反応があります」
ワープ、それはかつてSF作品の中でのみ存在する技術だった。大昔の天才が考えたように現代でも光速度の壁を超える事は不可能なままだ。つまり、俺たちが使っているワープとは、光よりも早く移動するのではなく瞬間的に転移する航法の事だ。俺も詳しい理論は知らないが、最終的なエネルギーの差分はワープ前後での位置エネルギーの差だけらしい。もちろん、何もエネルギーを使わずにワープが出来るわけじゃ無い。ワープ地点間に存在する莫大な真空のエネルギーを一時的に取り出して活性化エネルギーとして利用する必要があるらしい。そしてワープ状態まで励起した後は再び真空中にエネルギーを放出するのだが、極一部のエネルギーはワープアウト地点に漏れ出るので、それを前兆として観測できるのだ。なお、真空のエネルギーを吸収・放出する技術はVacuum Energy Pumpの頭文字からVEPと呼ばれ広く普及している。
「数は?」
「反応の大きさから考えて戦艦クラスが100隻程度、その他はノイズに埋もれて測定不能ですが、おそらく連隊規模でしょう」
「回避ルートは?」
「ありません。この規模の艦隊に面制圧砲撃されれば、どう避けても戦艦主砲の一発は直撃します」
「そりゃあ死ぬって言うより蒸発するな。ワープで逃げるしか無いが・・・」
「完全に仕留めに来ていますから、銀河間全域監視システムのリソースを最優先で割り当てられている筈です。どこに逃げようとしても即座にワープアウト地点を特定されて後詰めの艦隊と交互に追いかけて来るでしょう」
「遂に俺もノルマ達成の獲物に選ばれちまったか」
「ワープを繰り返して逃げ続けてもいずれ燃料が尽きてしまいます。戦って華々しく散りますか?」
「そうだよな、燃料が・・・いや、ちょっと待て!」
「どうしました?」
「俺たちの積荷だ!アレを使えば越えられないか?」
「なるほど!計算してみます!」
大昔の天才が導き出した一つの偉大な式E=mc^2、言い換えるなら質量とはエネルギーが結晶化したものだ。現代では瞬間的に莫大なエネルギーが必要な場合はMass-Energy Translatorの頭文字からMETと呼ばれる装置を使って質量をエネルギーに変換する事が普通だ。通常はそこそこ重くて安い鉄を燃料として利用しているが、限られた積載容積でなるべく大きなエネルギーが必要な場合は鉛を使う事が多い。しかし、金に糸目をつけないような場合、例えば戦略兵器のようなものには中性子星から採掘した中性子インゴットが利用されるのだ。当然、莫大な採掘コストとご禁制の戦略物資という事から闇ルートでの取引価格は相当なものになる。
「計算結果が出ました」
「どうだった?」
「非常脱出艇レベルの大きさまでならワープ断層を超える事が可能です」
ワープ断層とは真空のエネルギーが極端に少ない宙域の事だ。ワープ航法は通常はVEPを用いる関係で、そのような宙域を横切る事は出来ないとされている。ただし、不足するエネルギーを賄えるだけの膨大な質量があれば話は別だ。
「非常脱出艇か、ワープ装置は付けてるが・・・」
「ワープ断層を再び越えて戻って来るには燃料の問題があります。向こう側で中性子星から採掘できる程の高度な文明を持つ宇宙人と出会って協力を得られない限り、パイソンが生きて帰ってくる事は出来ません。やはり華々しく散りますか?」
「好戦的な奴だな」
「もともと戦闘用アンドロイドですので」
「俺は生き延びる方に賭ける。ワープ準備にかかってくれ」
「了解しました」
ワープ装置はそれなりに大型で値も張るものだ。本体以外に搭載されている事はまず無いと言っていい。それに、脱出後は救難信号を銀河間全域監視システムが受信して救助隊が派遣されるので自力でワープする必要は無い。例外としては、捕まれば死刑確実かつ金に不自由しない者が自力でアジトにたどり着く為に付けるくらいだ。
二人は非常脱出艇の操縦席へと移動していた。
「ワープ準備完了しました」
「こっちも準備できたぜ」
俺は宇宙軍特殊部隊用のパワードスーツを装着している。もちろん旧式の放出品なんてものじゃなく闇ルートから仕入れた最新式をベースとして俺専用にチューンしたものだ。これから戦闘するわけじゃないが、真空環境戦闘用の気密構造と長期作戦用の優秀な生命維持装置が搭載されていているので万が一の保険として使っているのだ。ちなみに生命維持装置はバックパック内に搭載されていて、二酸化炭素の分解と排泄物の再栄養化が主な機能だ。なお、動力源はVEPとMETのハイブリッド構造となっている。主動力はワープ断層のような特殊な空間を除けば真空中でもエネルギーが取り出せるVEPが担い、瞬間的に大エネルギーが必要な場合にはMETが担う。石ころですら貴重な資源となる宇宙空間では理にかなったシステムだ。
「では早速ワープしますか?」
「そうだな。まだ撃ってこないとは思うが待つ理由も無い、やってくれ」
「了解しました」
ワープは既に枯れた技術だ。超大質量の中性子インゴットをエネルギー源として用いたが、ワープ装置から見ればエネルギーである事に違いは無く、何の問題もなくワープは成功した。
「さて、これで逃げ切れたかな」
「逃げた事はばれるでしょうね」
「まぁな。中性子インゴットが消えてなくなったんだ、ワープ断層を越えたって事は想像するだろうな」
「えぇ、ですがこちらの宙域には銀河間全域監視システムは存在しませんから、ワープアウト地点を割り出す事はできないでしょう。それにそこまでコストを掛ける事は考えにくいですね。ところでこれからどうしますか?」
「食えるもののある星を探す。害が無いのは分かっちゃいるが、自分の糞だったもんを点滴するのはちょっとな」
「なかなか難しい注文ですね。見つかるまで相当な時間がかかりますがどうします?」
「コールドスリープだな。見つかるまで起こさなくていい。寝たまま寿命が来たんならそういう運命だったと諦めるさ」
コールドスリープは宇宙開拓時代初期に長距離移動時の生命維持の為に開発された技術だ。ワープ航行が実用化されてからはその分野での需要は無くなったのだが、開拓惑星で未知の病気が発生した際の延命技術として転用されている。その他には察知されないように襲撃地点から遠く離れた宙域にワープアウトしてからコールドスリープ状態で慣性航行で移動する特殊作戦にも用いられる事から、パイソンのパワードスーツにもコールドスリープ機能が搭載されている。なお、コールドスリープは生命活動を極端に低下させるだけなので、非常にゆっくりとだが徐々に老化が進みやがて寿命を迎える事になる。残念ながら現在のコールドスリープ装置はSF作品にあるような”目覚めたら数万年後で若々しいまま”というレベルには至っていない。もっとも、これは技術不足というよりも必要性がほとんど無いために量産化されていないというだけだ。
「ところですまんな、巻き込んじまって」
「いえ、楽しかったですよ。本来は使い捨ての特攻兵器に過ぎないわたしが、パイソンに横流しされたおかげで人工人格をインストールしてもらえて様々な経験ができました。感謝していますよ」
「よせよ、まるで最期みたいじゃねぇか。俺はもう寝る。じゃあ、よろしく頼む」
「はい、全力で見つけ出しますよ。お休みなさい」
「パイソン、起きてください!目を開けて下さい!」
バトラーの声が聞こえる。意識が混濁しているのはコールドスリープの強制解除のせいだろう。ずいぶん慌てているな。そうか、飯の食える星が見つかったのか。目を覚まさないとな。
「おはよう、バトラー。見つかったのか?」
「はい、2836個目でやっと」
「そうか、やっぱりなかなか無いもんなんだな」
「えぇ、ですが知的生命体が生息している可能性のある極めてレアな星です」
「なに!じゃあワープ装置が?」
「いえ、残念ながらそのレベルには至っていないようです。火は使っているようですが電波は観測されていません。人類の歴史で言うなら石器時代から産業革命の間のレベルと思われます」
「さすがにそこまで上手い話は無いか」
「大気組成は酸素濃度がかなり低く毒ガス成分も多いので生身での活動は困難ですが、有機生命体は存在しているようですので採取して船内で分解再構成すれば食料は確保できる見込みです」
「再構成?そんな機械あったか?」
「時間はたっぷりありましたから不要な機器を解体して作りました」
「おぉ!でかした!さっそく採りに行こう!」
「了解しました。それでは射出菅の準備をします」
「船で行かないのか?」
「非常脱出艇は宇宙専用ですから大気圏突入と脱出はリスクがあります」
「そう言やそうだったな。じゃあ二人で降りて獲物は軌道まで持ち上げて回収って手筈か?」
「それでいいと思います」
「じゃあ準備を頼む」
衝撃波を撒き散らしながら二つの火球が落下していく。言うまでもなくパイソンとバトラーの二人だ。さすがに現代の戦闘用装備だけあって素のままでも大気圏突入くらいは軽々とこなす。ただ、そのまま地面に激突するのは衝撃が大きすぎるので地上直前で自動的に重力場を生成して減速する機能が組み込まれており”地上に舞い降りる”といった感じの着地となる。もっとも、デフォルトでは衝撃波の処理はしないので着地点は爆発が起きたかのような有様となる。
「な、なんだこりゃ?」
「どうやら戦争中のようですね」
眼前に広がるのは対峙する二つの軍勢と死体の山だ。見たところ俺たちが降下した側がモンスターのような見た目の連合軍、それと対峙しているのは人間のような見た目の軍だ。もっとも軍と言ってもせいぜい鉄製の槍や剣の原始的な装備でしかない。
「マオウサマ!」
「タスケテ!」
モンスター達が俺たちを見ながら口々に叫び、やがて「マオウサマ タスケテ!マオウサマ タスケテ!マオウサマ タスケテ!」のシュプレヒコールとなっていった。
「なぁ、バトラー」
「なんでしょう?」
「まるで俺たちに向かって”魔王様 助けて!”って言ってるみたいに聞こえるよな」
「そうですね。こんな遥か遠くの銀河で全く別の生命体から標準語によく似た鳴き声を聞くとは思いませんでしたよ」
「まさか言葉が通じるなんて事は無いよな?」
「さすがに偶然だと思いますよ。現に、あちらの比較的人間に似た種族の鳴き声は全く別物ですし」
「だよな。それにしてもあっちからは敵意というか殺意みたいなものを感じるんだが?」
「感情分析ソフトウェアの判定では”大きな恐怖と激しい殺意”となっていますが、人間用のソフトウェアですから何とも言えませんね」
「それもそうか。まぁ、衝撃波を直撃させちまったから怒ってはいるかもな」
「あれは威嚇のポーズなんでしょうかねぇ?」
人間のような方の軍勢から二匹が走り出て突出すると、一匹が腕を前に突き出し妙な鳴き声を発し始めた。プレートアーマーのような装備を身に着けたもう一匹の方は両手剣のような武器を構えてこちらを警戒しているようだ。
「あれが威嚇だとすると、やっぱり人間とはだいぶ違ってるな」
そう言った途端、赤熱した何かが急に現れ俺たちの方に突進してきた。
「脅威度判定Fです」
「受けてみるか」
「了解しました」
結果は言うまでもない。ノーダメージだ。
「俺たちの流儀は分かってるな?」
「もちろんです。売られた喧嘩は百倍返しです」
「よし行ってこい」
「了解しました」
戦闘モードに切り替わったバトラーは一瞬で加速し、妙な攻撃を仕掛けてきた個体へと肉薄する。そしてその運動エネルギーを乗せたパンチを頭部へと、比喩では無く文字通りに、叩き込んだ。その威力は例えるなら127mm速射砲の徹甲弾を直撃させたようなものだ。
「ご苦労さん」
ワンパンを叩き込んで一瞬で戻ってきたバトラーに労いの言葉を掛けてやる。
「あの生物の身体強度は人間とほとんど同じようです」
その頃になって片割れの方は何が起きたのかようやく把握したらしい。大きな鳴き声を上げながら下半身の残骸へと駆け寄って行くのが見えた。
「ツガイだったのかな?」
「あの個体は形状がやや特殊でしたから、メスだったのかもしれません」
「だったら可哀想な事をしたな。このままじゃ寂しいだろう」
俺は右腕に内蔵されたレーザー砲をオスらしき個体に向けて発射した。この武装のように瞬間的に大エネルギーを必要とする場合は燃料補給が必要なMETをエネルギー源とするのだが、鉄が簡単に手に入る環境ならば気にする必要は無い。
「お、動きが出てきたな」
巨大な盾のようなものを装備した部隊が進軍しツガイの残骸を回収して戻って行くと全軍が後退し始めた。
「魔王様、ありがとうございました」
振り向くと布の服のようなものを身に纏った個体が居た。染色したのか糸の元々の色なのかは分からないが何らかのデザインと呼べるような配色をした服だ。知的生命体と考えて間違いないだろう。そして比較的小柄な身体と比較的流暢な発音から考えると高級文官かもしれない。
「まさかとは思うが、俺たちの言葉が分かるのか?」
「はい、初代魔王様より教えていただいた尊き御言葉でございます。今では魔族共通語として皆が学んでおります」
「初代?魔族?」
「おぉ、やはり初代魔王様の仰った通りでございます。新たな魔王様はきっとこの世界の事をよくご存じでない、すぐに王の間にご案内してさしあげるようにと言い付かって居ります」
「王の間とやらに行けば色々と分かるんだな?」
「さようでございます」
「そうか、じゃあ案内してもらおう」
「承りました」
自称魔族に連れてこられた王の間、それは旧式の小型宇宙艇だった。
「こちらでございます。あと、これをお渡しするようにと」
差し出されたのは宇宙艇のメインキーだった。
「なるほどな。中はどうなっている?」
「魔王様以外の立ち入りは固く禁じられておりますので、これまで入った者はおりません」
「バトラーは入っていいのか?」
「魔王様が是とされる事は、たとえ如何なる事であっても全て是でございます」
「そうか、じゃあバトラー行くぞ」
「はい」
まだ宇宙艇の機能は生きているらしく、メインキーを使ってエアロックから内部へと侵入した。
「艇内の大気成分は正常なようですね」
「みたいだな。ヘルメットくらいは取りたい気分だが用心しておくか」
「その方がいいでしょう。まずはブリッジですか?」
「そうだな、きっと色々と教えてくれるんだろう」
ブリッジと言っても小型艇なので狭いものだ。探すまでもなく文字の彫られたプレートが置かれているのが目に入った。おそらく長い時間が経っても劣化しないようにそうしたのだろう。
「こいつは人類の共通文字だな」
「そうですね。指定されているファイルはこれですね。必要と思われる場面で適宜停止します」
バトラーが端末を操作しデータを再生した。
「よう、初めましてだな。と言っても俺はもう死んでるがな。この言葉が分かるって事はお前も人間だろ?魔王だなんだと言われて訳が分からんと思うが、まず俺の話を聞いてくれ。俺の名前はアーカイド、聞いたことあるか?」
「聞き覚えはあるんだが・・・」
「数世紀前の人類史上最凶とされるテロリストですね。三桁の植民惑星を住民ごと物理的に粉々にしたと記録されています」
「まぁ、とっくに忘れられちまってるかもしれないから言っておくが、俺は人類を開放する為に命がけで活動してきた革命家だ。権力者やその狗どもを粛正するために中性子インゴットを使った手製MET弾頭を利用していたんだが、材料調達の帰りに卑劣な罠にかけられちまったんだ。それで仕方なく中性子インゴットを使ってワープ断層を越えたってわけだ」
「なるほど、俺たちと同じだな」
「違いは使う為か売る為かだけですね」
「ま、そんな事情で俺はこの星にたどり着いたって事だ。で、こっからの話を分かりやすくするために俺が付けた名前について言っておこう。とりあえず、人間みたいな種族を亜人、モンスターみたいな連中をまとめて魔族、やつらが生身で使う不思議な技を魔法と覚えてくれ」
「中二臭いが分かり易いっちゃあ分かり易いな」
「我々もこの名前でいきますか?」
「そうだな。魔族とやらは標準言語を使えるらしいし、今更単語を変えても混乱するだけだろう」
「了解しました」
「で、亜人なんだが、奴らはこの星の中じゃあ一番頭がいい。それで鉄の作り方を発明してから勢力を拡大して他の種族を迫害しはじめたらしい。もちろん魔族も抵抗したらしいんだが、鉄の武器と初歩的だが戦略や戦術を組み込んだ戦い方に圧倒されたらしい。しかもそれだけじゃない。王侯貴族と呼ばれる連中は強い魔法が使える血筋らしくてな、そいつらが出てくるだけで一気に形勢が決まっちまうんだ」
「強い魔法が使える血筋が貴族か、ファンタジーでよくある設定だな。こいつの妄想動画じゃないだろうな?」
「その可能性は否定できませんが、とりあえず続きを見てみましょう」
「もちろん俺がたどり着いた時にはこんな事は分からなかったんだがな、一方的に力で虐げられている魔族を見て革命家の血が騒いだわけよ。あちこち飛び回って亜人の軍を粛正し続けてたんだが、いつの間にか魔族から慕われちまってな。コミュニケーションを取ろうと四苦八苦しているうちに魔族の方が標準語を覚えちまったんだ。もともと種族ごとに違う言葉を使っていて、異種族間でコミュニケーションを取る必要があったから他の言語を習得するのが得意だったらしい。で、その頃には俺の宿命と言うべきか、すっかり革命軍のリーダーに祀り上げられててな。俺が軍事行動には共通言語が必要だと言ったら、全会一致で人間の標準語が採用されたんだ。ただ、それだけじゃ団結力が足りないと思ったから一時的な方便として俺が魔王を名乗って君臨統治する事にしたってわけよ」
「革命家が聞いて呆れるな。解放とか言いながら自分が王かよ」
「歴史的には普通ですね。革命や解放を唱える団体のトップは贅沢三昧なケースが多いですよ」
「こうやって順調に革命軍を編成していたんだが、前から気になっていることがあったんだ。たぶんお前もそうだろうが、魔法ってものが何なのかが分からなかったんだ。何の道具も使わずに不思議な攻撃をしてくるアレだ。現代兵器と比べりゃ屁でもないんだが、生身の魔族にとっちゃ致命的な攻撃だ。そこで徹底的に調べる事にしたんだが、驚くべき事実がわかったんだ」
「うざいドヤ顔だな。本当に革命家か?」
「記録によると戦闘専門でアジテーターとしての才能は無かったようです」
「聞いて驚くなよ、この星の生物はVEPと同じ働きをする臓器を持っているんだ!心臓の横にある石みたいな臓器が真空のエネルギーを収集貯蔵してエネルギーに変換してから血流に乗せて全身に行き渡らせるようになっているんだ。酸素のほとんど無い星でどうやって生きてるのか不思議だったんだが、そういう仕組みらしい。それでだ、その臓器が強い奴は余剰エネルギーを魔法として放出できるって事だ。王侯貴族が強い魔法を使えるのはその遺伝子をもつ連中同士で交配を続けてきたおかげらしい。言ってみりゃ品種改良だな。ただ、それとは別に平民の中でも突然変異で強い魔法を使える奴が生まれる事もあるらしい。身体能力強化が得意なタイプと魔法放出が得意なタイプがいるんだが、そいつらは特別な称号で呼ばれて将来的には貴族の家に婿取り嫁入りするらしい。俺はそいつらをそれぞれ勇者と賢者と名付けている」
「突然変異ねぇ。どうせ表沙汰にできない落とし胤とかだろ」
「この星の生物の突然変異確率が分かりませんから何とも言えませんよ?」
「まぁな。ただ、実力さえあれば貴族になれるって事で平民向けのガス抜き効果も狙ってるだろうな。ところでこいつの話は本当か?」
「先ほどの戦闘ログを確認しましたが、確かにVEPの反応がありました。大部分は極めて微弱でしたが、勇者と賢者と司令部らしき場所に明確な反応が記録されていました」
「司令部の方の反応は王族か貴族って事か。先祖の功績だけで偉ぶってるよりはマシだな」
「そこで俺は閃いたんだ。魔族の方でも強い魔法を使える奴らで交配すりゃあ対抗できるんじゃねぇかってな。だが、そりゃ無理だった。歴史上、魔族には強い魔法を使えた奴は居ないらしい。どうやらそういう突然変異は亜人にだけ起こるみたいだ。そこで俺は困っちまったんだ。俺が生きてる間は魔王として魔族を守ってやれるんだが、死んだ後はまた元に戻っちまう。だから援軍を呼ぶ事にしたんだ。計算上は亜人の王侯貴族の大半を粛正して生体VEPをかき集めりゃワープ断層を越えられる」
「自分の名声が残りそうにないから見捨てて逃げようって事だろうな。ところで、こいつが言ってるワープ断層越えは本当に可能か?」
「生体VEPが死後もエネルギーを蓄え続けられるかどうかと、そのエネルギー密度がどの程度なのかが分からないと何とも言えませんね。もし両方の条件を満たすのであれば、生体VEPの質量をMETでエネルギー化すれば蓄えられていたエネルギーも同時に解放されるはずです」
「実物で確認するしかないか」
「そこで俺は王侯貴族を粛正して回った。だが、目標の半分ほど集まった頃に事故が起きたんだ。払下げ品のオンボロ戦闘服が故障して毒ガスが中に入っちまってたんだ。気付いた時には手遅れだった。だから俺は次にこの星に来る奴に託す事にしたんだ。頼む、魔族を助ける為にワープ断層を越えてくれ。そして異星の地で虐げられた者たちを助ける為に命懸けで戦った俺の遺志を皆に伝えてくれ」
「再生完了しました」
「死んだ後まで魔族からの名声が欲しいもんかねぇ」
「テロリストの思考は分かりませんね」
「ところで他に何か使えそうな情報はあるか?」
「そうですね、貯め込んだ生体VEPはこの船の倉庫に保管されているようです。あとは亜人との停戦協定についての情報がありますね」
「停戦協定?」
「おそらくこの船を守る為でしょうね。ざっくり言うと、亜人の技術、例えば製鉄技術などを賠償金代わりに魔族に移転する事と、協定締結後は魔族への一切の攻撃を禁止するとなっています。もし協定を破れば魔王が亜人を滅ぼすとなっています」
「さっきは戦争をしていたようだが?」
「おそらく既に魔王が死んでいる事がばれたのでしょう」
「なるほど、そこに二代目魔王が現れたからビビッて逃げ出したって事か」
「これからどうします?」
「とりあえず生体VEPとやらを調べてみよう」
「了解しました」
「これが生体VEPか、見た目は石みたいだな。ところで測定器は使えそうか?」
「はい、エネルギーはVEPで無尽蔵に供給できますし自己修復装置も生きていますから、船内の設備は全て使えそうです」
「じゃあ早速やってくれ」
「了解しました。それ程時間はかからないと思います」
「それにしても殺しまくったみたいだな」
「推定500個ほどありますね。あ、解析が終わりました」
「どうだ?」
「素晴らしいですよ。体積当たりのエネルギー換算値で中性子インゴットを大きく上回ります。しかも、密度は岩石程度なので中性子インゴットのように船体崩壊を防ぐ為の反重力場も必要ありません。これならアーカイドの言った通り、これと同じくらい集めればワープ断層を越えられるはずです」
「じゃあ狩るしかないな」
「そうですね。幸い大義名分もありますし」
「魔族に手を出したら魔王が亜人を滅ぼすってやつか?」
「はい。もっともパイソンはそんな事は気にしなさそうですが」
「当たり前だ。極寒の地で凍死しそうなら獲物を狩って毛皮を剥ぐ、それと同じ作業だ」
「ですが少しの手間で無用のトラブルを避けられるのならそうすべきです。魔族には適当に説明しておく方がいいでしょう」
「面倒だ。代わりにやっておいてくれ。俺は先に狩りに行く。バトラーは反対側から狩ってくれ」
「しょうがないですねぇ。分かりました、説明しておきます。調達数の調整はどうします?」
「皆殺しでいいだろ?余ったやつは帰ってから売り払えば良い値が付きそうだ」
「なるほど、では出ましょうか」
「あぁ」
船外に出ると見渡す限り魔族が平伏していた。
「じゃあ、頼んだぜ」
俺はそう言い残すと重力場を発生させ亜人が撤退していった方向へと飛び立った。
それから五日後、パイソンとバトラーは大量の生体VEPを持って非常脱出艇へと戻っていた。魔族にはバトラーが”魔王様は遠くまで見渡せる天空から魔族を見守ると仰っている”とでっち上げたので大きな混乱は起きていない。もっとも、魔族を気遣ったのではなく引き止められると面倒だからだが。
「大漁だったな」
「必要量の3倍は確保できましたね。これなら何か事故があっても大丈夫でしょう」
「じゃあ人類圏に戻るか!」
「戻ったらどうします?」
「そうだな、もし公式に俺が死んだことになってたら、顔を変えて引退してもいいかもな」
「無理でしょう。刺激の無い生活なんてパイソンには耐えられませんよ」
「そん時はそん時だ。無名の新人宇宙海賊としてデビューするさ」
「新人なら連隊規模の宇宙艦隊に問答無用で抹殺される心配はありませんね」
「そういう事だ。よし、ワープ開始だ!」
「了解しました。ワープ開始」
「パイソン、起きてください!目を開けて下さい!」
コールドスリープ状態にもかかわらずパイソンの顔には深い皺が刻まれ、長い長い時間が経った事を物語っていた。
「すみません、間に合いませんでした」
宇宙は広くその大部分は虚空だ。人間が食べられる食材が存在する星など見つかるはずがない。そして遂にパイソンの命の火は燃え尽きた。
「楽しそうな死に顔ですね・・・きっと最後に良い夢をご覧になったのでしょう」
バトラーはパイソンのヘルメットを元に戻し、操縦席に着いた。
「これより本船は人類圏に向け最大船速まで加速、以降は慣性航行により帰還を目指す!パイソン、必ず連れて帰ってあげますよ」
完
夢は見られたようです。