1話 干し肉と香草の根菜スープ
無事退院出来たので初投稿です
1話 干し肉と香草の根菜スープ
天気は晴れの昼下がり、気温も過ごしやすい時期のとある王国の主要街道。
そこを一頭の馬が如何にも自由騎士といった風体の男を乗せて常歩で進んでいる。
男は甲冑と外套で姿が覆われており素顔が見えない。
時折すれ違う隊商や人々がいるが、街道はそれなりに繁盛しているのだろう。
主要街道だけあって石畳で整備されており、街道ですれ違う人間には王国の巡察兵士と思われる者も幾らか混ざっている。
なだらかな斜面を爽やかな風が通っていき、自由騎士の藍色の外套をはためかせた。
自由騎士が馬を休ませるために小川の傍で馬を休ませ水と草を与えていると、少し離れた木陰で金属鎧を纏った少女らしき人物が眠っている事に気づく。
幾ら主要街道で治安が比較的良いとはいえ不用心ではないか。
溜息を吐いた自由騎士が面倒事覚悟で起こしに行くようだ。彼も中々人が良いのだろう。
「貴公、起きたまえ、貴公・・・」
「んー・・・むにゃむにゃ・・・」
自由騎士が肩を揺さぶって起こそうとするがこれが手強い。
オレンジ色の髪の少女は中々起きてはくれない、どうしたものかと悩む彼の頭の中は良心と保身が鬩ぎ合っているのだろう。
流石に騎士として見過ごすのはどうなのかという倫理観と、一人で少女が武具を身に着けているという面倒事の気配へのリスク管理。
そうした胸中の葛藤とは別に彼の手は少女を揺すって起こそうと奮闘している。
「うへへ・・・おいしそうでたまりません・・・」
寝言と同時に涎を垂らしている少女に遂に根負けしたのか、彼は立ち上がって天を仰いだ。
「あぁ・・・これだから始末に負えない・・・」
面倒事を最終的に解決できる自信があるからという理由で、自由騎士は馬の方へと足を向けて歩き出す。
馬に乗せているだろう道具と寝具が目的だろう、今晩はこの地点で夜を過ごすつもりの様だ。
少女に毛布を掛けてやると、彼は少女から少し離れた場所で金属製の逆ピラミッド型器具を地面に設置し魔術の火を器具の中に収めた。どうやら焚火台らしい。
適当に荷物から降ろした薪を追加してやれば焚火は完成である。
もうすぐ夕暮れという段階で彼は夕食の準備を始めた。
木陰の近くに繋ぎ直した馬の荷物入れから人参と玉ねぎにじゃがいもを取り出すと、小川の水で丁寧に洗い、ナイフで皮を剥いてまな板の上で細かく切り出した。
根菜を切り終えると小型鍋の中にバターとニンニクの欠片を入れて、続いて根菜・干し肉を削りながら投入する。
塩分は干し肉から充分出るので鍋の蓋を閉じて蒸し焼きに。
数分ほど蒸してから中身をへらでかき混ぜて馴染ませる。
完全に火が通ったのを確認したら鶏の固形ブイヨンと共に水を入れた。
沸騰してからローリエを投入し香りを馴染ませ、スプーンで灰汁を取りながら煮込む。
適当な段階でローリエを取り除いて代わりにパセリを千切りながら入れれば完成である。
干し肉と香草の根菜スープの出来上がりだ。
一緒に旅の糧秣堅パンをスープに漬けてふやかしてやれば美味しい夕食になるだろう。
逆に言えばスープも無しの堅パンと干し肉なぞ喰えたものではないが。
一通り調理を終えて夕食を食べようとしたところで、美味しい匂いに釣られたのか、件の少女が目覚めた様だ。
「あれ・・・私寝ちゃってました・・・?」
草原に倒れるように眠っていた彼女が掛けられていた毛布から這い出すように起床する。
それに気づいた自由騎士は呆れた口調で言葉を投げかけた。
「やっと起きたか、問題児」
「えへへ。・・・助けていただいたみたいで、すいません」
自分の状況と毛布が掛かっていた事から大体を察したのか直ぐに謝罪する少女。
無所属とはいえ騎士が女性の一人寝を放置するわけにも行かないのが騎士道精神だ。手間を掛けさせた事は自覚したらしい。
「もう夜だ、今更最寄りの宿場までは移動できまい。今日はここで夜を明かすぞ」
自由騎士がそう言って食事に戻ろうとすると、大きな腹の虫が”きゅ~”と鳴った。
発生源の主は恥じらいからか、暗い中でもはっきりと表情を赤くしている。
昼からずっと眠っていたのだ、腹の一つも空いていよう。
そんな少女に自由騎士は溜息と共に声を掛けた。
「貴公の分もある。遠慮なく食べろ」
「・・・ありがとうございます」
一人木陰で爆睡する様な感性でも、素直に受け取る程度の分別はあるらしい。単に空腹に勝てないだけかもしれないが。
根菜のスープと堅パンを受け取った彼女は、意外にも小奇麗な食べ方で丁寧に少しずつ味わっている。
自由騎士は完全に野営スタイルの雑な食べ方だ、作るのは丁寧でも食べ方で味が変わるわけでは無いと言う持論だろうか。
「あったかくてすっきりした味・・・」
ローリエの清々しい香りとパセリの臭い消しに加えて丁寧に灰汁抜きしたからだろう。
干し肉の肉特有の臭いが消えて非常に食べやすい香りがしている。
「おいひぃです~」
表情や言葉は全く上品ではないが、食べ方だけは上品にしている当たり"それなり"以上の家の人間だろうか。
面倒事のレベルが高いと見た自由騎士の兜で隠れる表情は明らかに渋そうだ。
それはそれとして今回の料理の出来を確かめる為に自分も食を進める。
(今回のは中々の出来だったな。やはり水が良くないとスープは困る)
煮込み時間を短縮するために具材を小さく切った為、ローリエの香りがよく出たのだろう。苦味まで出る前に取り除けている。
(うむ、単純にうまい。やはり食事は最大の文化だな!)
そうこうしている内に夜は更けていくのだった。
加えるの所で自然に咥えると変換が出てしまって笑ってしまった。