プロローグ
昭和16年12月8日。
大日本帝国海軍機動艦隊による真珠湾攻撃が行なわれた。
これによって俗に言う太平洋戦争が始まるのだが日本は変わっていた。
まず、陸軍はノモンハンで最新式の97式中戦車チハがソ連戦車にいとも簡単に撃破されたことと、「盟邦ドイツが欧州で快進撃を続けている理由は重装甲・高火力の戦車の使用による。」との報告を受けてドイツ軍の三号戦車や四号戦車をモデルに3式戦車と4式戦車を実用化・量産していたのだ。更に歩兵も戦車と共に進軍できるように自動車化が進んでいた。火砲も同様であった。
海軍はというと空母主体の艦隊編成を実施し、世界で始めての機動艦隊を編成していた。
改飛龍級の雲龍級空母の量産もすでに行なわれており開戦時には正規空母だけで10隻になっていた。
それに伴い敵艦隊を早期に発見できるようにレーダーの開発も急がれ、アメリカが同じ戦術を使ってくることも予想し対空砲の性能向上も急がれた。
航空機も搭乗員の損耗を抑える為に防弾装備が施された。それによって速度と爆弾等の搭載数が減少するのであったが史実よりも速く、搭載数も増えていた。
この背景には第一次世界大戦が終了した頃、ドイツは兵器の開発をヴェルサイユ条約によって封じられて職を失ったドイツの兵器開発技術者達を日本に招いた事がきっかけとなっている。
彼らの知識などによって発動機の性能がそれまでよりも遥かに向上したのであった。
このような変化を伴って太平洋戦争は始まった。