表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

R40 独り言の多い連続小説 ドライバー?第二章「とある屋敷のフスマノムコウ」

作者: チャバティ64

(この物語はフィクションです、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません)


行く道は涙で濡れ、

行く道は嘆きにあふれ、

行く道は悲しみの数だけ続く

・・・「DRIVER」


ドライバーシリーズ第二章

今回のミッションは「枕もとにお飾りせよ!」です。

安易に考えている本多に待ち受けている壮大な試練とは?

それではお楽しみ下さい。


独り言の多い連続小説 ドライバー?第二章「とある屋敷のフスマノムコウ」


(この物語はフィクションです、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません)


行く道は涙で濡れ、

行く道は嘆きにあふれ、

行く道は悲しみの数だけ続く

・・・「DRIVER」


《本編》


それは、世間では「お盆休み」と言われている蒸し暑い日のことだった。

真夜中2時「シーン」とした静けさを打ち破り電話が鳴った。


「もしもし、ライラック特殊搬送です」

今夜の当直は、本多と鈴木だった。


鈴木は現在仮眠中だ。


「もしもし、TS葬儀社の大東です」

「あぁ、その声は本多さん?」

「搬送じゃなくて、ご自宅で枕元のお飾りと、安置をお願い出来ますか?」


本多は即答した。

「部長、大丈夫です、直ちにお伺いしますのでデータを送ってください」


大東は返した。

「わかりました、すぐにFAXを送ります」

「それでは、よろしくお願いします」


「かしこまりました」

本多は静かに丁寧に返事をした。


大東さんは「TS葬儀社」の部長さんで、本多より10才くらい上だが「腰が低く下請けにもやさしい」面倒見のいい人で、とても尊敬出来る人だ。

(大東 伝介 だいとう だいすけ 46歳 男)


「ピィ~ヒョロロロ~、ピィ~・・・」

電話を切るとすぐにFAXが流れてきた。


「どれどれ」本多は左手で書類を持ち、指で刺しながら確認した。

地図を広げ自宅を探しながら、独り言をつぶやいた。

「ご自宅は タナカさんね」

「山羽地区の加茂鹿225番地か~結構近いぞ」

「68歳 男性 仏式、武霊基宗か~」

状況を把握しつつ急いで準備を開始した。

運送料金は発生しないため車庫の外に置いてある軽のバンに荷物を積みこんだ。


仮眠中の鈴木を起こし、行き先を告げすぐに出発した。


10分程度で依頼の場所に到着した。

垣根のある2階建ての立派な家だった。

回りは暗く、一軒だけ灯りがコウコウとついているから真夜中はわかりやすい。

玄関先の空き地に車を止めた。


空き地には夜中なのに可燃物であろうか、青いゴミ袋が30程度積まれていた。

丸くなったゴミ袋も夜の薄明かりで見ると、さながらオブジェのようだった。


「ダメだな前日のゴミ出しは、ちゃんと朝に出さなきゃなぁ」

本多は独り言をつぶやいた。


家でのゴミ出しは、もちろん本多の仕事であった。


「さってと、行きますかぁ」

また、つぶやいた。


玄関前に立つと中から話し声が聞こえる。

呼び鈴を押した。


中から「ハーイ」と子供の声?が聞えた。

「ごめんください、TS葬儀社ですが・・・」

本多はTS葬儀社の下請けで来ていた。


「えっ?」


玄関を開けようとした瞬間、足元で何かが動いた。

明るいのですぐに分かった。


「手のひらぐらいのカメである」


「ほぅ、カメの放し飼いか?初めて見たな」またつぶやいた。

スーツの襟を両手でつかみ「グッ」と下へ引っ張った。

これをするとなんだか、気が引き締まる気がする。


ひと呼吸おいて、玄関を開けた。


「なっ?」思わず声が出てしまった。

目に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。


正面の廊下一帯に、ゴミが散乱している。

あたりを見ると「新聞・雑誌」「衣服らしきもの」「空き缶・ペットボトル」「弁当の空箱・ビニール袋」「食べてない食品」など、ヒザ下辺りまでありそうだ。


部屋の仕切りで閉じられている「ふすまの上の障子」は見えるが「下側のスリガラス」は半分しか見えない。


「これが最近テレビで話題になるゴミ屋敷か」

今はお客さんが目の前にいるので、つぶやけず心の中で思った。


「どうやったらここまで集めることが出来るんだ?」

本多は困惑した。


そこには「ゴミ畑の中で仁王立ちし、携帯電話に向かって大声で怒鳴る赤いワンピースを着た派手なおばさん」と「青い袋を持ち、せっせとゴミを収穫する小学生ぐらいの男の子」が、2人いた。


現在は、玄関のタタキ(靴を脱ぐところ)のみ、収穫が終わっている様子だった。

山を崩しながら袋に詰めて外に出すしかない。

本多は、駐車場の青いゴミ袋は、この家から出たものだと気づいた。

夏場のわりに、不思議とニオイは立ち込めておらず、まだ許せる環境だった。


「ふざけるな!あんたのせいだ!」

「あんたが、いい加減だからダメなんじゃないか~!」

「いいかげんにしてよ!」


怒鳴るおばさんの会話が終わらないことには家に上がることも出来ない。

小学生ぐらいの子供たちが「すいません、すいません」と言いながら、こちらを向き頭を下げながらゴミを拾っては袋に詰めている。


「こりゃ参ったな?どうしよう」本多は思った。

間違いなく、この奥に安置すべきご遺体が横たわっているに違いない。


とりあえず、夏場ということもあり安置だけは早めにしたいが、派手なおばさんの電話が終わらない限り上がれそうにもない。

しかも、どうやって進むのかも見当がつかない。

これでは手に負えないし、へたに対応すればクレームになりかねない。


派手なおばさんは相変わらず怒鳴っている。

作業にとりかかることは出来ないし、なにより訳がわからない。

普段は冷静な本多だが、このときばかりは判断が出来ないところにまで達していた。


本多は思った。

「あきらめて帰ろう」


「大東さんに報告してお断りしよう」そう思い、とりあえず玄関を出た。

すかさず車に乗り込み、車内から携帯電話でTS葬儀社へ電話し大東さんに状況を伝えた。

すると大東さんは「わかりました、仕方がありませんので私が向かいます、少し現場で待っていてもらってもいいですか?」と言った。


本多はすかさず言った。

「部長、いまの報告聞いてくださってましたか?」

「取り付くしまもない、でたらめな状況ですよ?」

「部長がなにもわざわざ...」

「・・・・」


大東は言った。

「本多さん?」


「ハイ...」本多は返した。


「故人は待ってみえますよ」

「ボクたちの仕事はそういうことじゃないですか?」

大東は子供に絵本を聞かせるように言った。


本多は「ハッ」と思った。

たしかに、故人(ご遺体)の顔さえ見ていない。

なんだか自分が仕事を放棄した気がしてきた。


本多は渋々答えた。

「わかりました、部長の手を煩わせるのだけはイヤですから私が何とかします」

「また、困ったら電話します」


大東は返した。

「さすが本多さん、期待していますよ」

「おねがいしますね」


本多は大東に励まされ俄然やる気になっていた。

「よし、いっちょ行ってみるか」本多は、また独り言をつぶやき玄関を開けた。


「失礼します、申し訳ありませんが、一度お電話は、おやめになっていただけますか?」

派手なおばさんに向かって本多は言った。

派手なおばさんは「チラッ」と、こちらを見て頭を下げた。


その顔を見た本多は突然、なぜか「派手なおばさん=ハバさん」と思い浮かんでしまい、おかしくなって玄関の方を向いた。

それにしても派手な化粧と装飾品である。

髪は長めのソバージュで、ボリュームがオスライオンのようにあり、ネックレスは何十にも重ねられていて、携帯電話を持つ手は金銀財宝で固められている。

太目の体型と相まって、失礼ながら漫画の呪術使いのようだと思った。

ハバさん(笑)は電話口の相手に「またあとで電話する」と言い切った。


「すいませ~ん、少し興奮していたので...」

ハバさんは頭をペコペコ下げながら言った。


「ご遺体はどちらにお見えですか?」

本多は、ようやく仕事に着手出来た。


「この奥の奥の部屋です」

ハバさんは言った。


「奥の奥か~悪い予感しかしない」

「まずは、あのふすまを開けないとな」

本多は思った。


まずは、行かなければどうしようもない。

よく見ると皆、靴を履いていた。

欧米人ならいざしらず、部屋の中で靴はどうなんだ?

「すいません、みなさん靴を履いたままのようですが...」


迷わず本多は呼び水を放った。


「あ~どうぞ、靴のままで上がってください」

「ゴミがあるし、何か危ないものでも踏んではいけませんから」

ハバさんは言った。


「危ないもの?大丈夫か!この家は?」

しかし普段から片付けが、どうこう言うレベルではなく、失礼ながら何かあってから慌てて片付けるのもいかがなものか?本多は強く思った。


それと同時に、子供たちがどんなに散らかしても、いつも家をきれいにしてくれている妻に感謝した。

(本多の妻 歌葡 かほ 31才 女 子供2人)

(本多の子供 長男 一羽飛 いわと 6歳 ・ 長女 詩美 うた 3歳) 


本多は意を決して靴のまま家に上がった。

もちろん初めてのことである。

なにか変な緊張感があった。


足元を見ると「食べかけの酢豚」や「ひと口かじったおにぎり」など、ありとあらゆるものが散乱している。

これらを靴下越しといえども踏んだら、かなりへこむことは間違いない。

靴を履いていてよかったと思ったが、革靴で登山するようなものだとも思った。

荒れ地を進むべく廊下を横切り、まずは、ふすまの前のゴミを押しのけ、片方だけ人の入れるすき間を作った。


「さぁ、開けるぞ」

本多は心の中で勢いをつけた。


「うわっ、やっぱり!」

残念ながら予想通りだった。


廊下の倍の高さに達するゴミ山がそこにあった。

ふすまを開けた正面に奥のふすまが見えた。

「あそこだな」本多はつぶやいた。


電気もついていないため、暗いが見えないことは無い。


ハバさんが言った。

「あの奥のふすまを開けた部屋にいます」


そんな気はしていたが「電気ぐらいつけておいてくれればいいのに」と思った。

蛍光灯のヒモ(スイッチ)が、ちょうどゴミ山の頂上付近にある。

仕方がないので廊下の灯りを頼りに進んだ。


踏み固められているらしくゴミは不思議と沈まない。

段々、天井が近づいてきて、背が高くなったような不思議な気分だ。

山頂付近では、かがまないといけない程だった。


とりあえず電気を付けた。

ものの見事にゴミ山が形成されていた。

慣れてきたせいか、上から見ると配色によってはキレイかもしれない。

製作者の意図はくめないが、やはり臭いを感じないのが救いだった。


もちろん名残惜しいわけもなく、すぐに下山し、ふすま前に立った。

ふすま前はゴミが片付けられており、警察が検視に入ったことを物語った。

「これならとなりの部屋は大丈夫かな?」

本多は警察が片付けていることを願い開けた。


「うわっ、なんだ?」心の中で叫んだ!


そこに広がる光景は目を疑うものだった。

向かいの白い壁、下半分くらいに赤い色で手形を引きずったような跡がある。

「あれは血だな」

「亡くなる前に苦しんだに違いない」

「それなら手もあやしいな?」


本多は「ゴクッ」と唾を飲んだ。

そして、ご遺体は布団に寝かされているわけでなく、ゴミだらけの部屋の一角を開け、畳の上に寝かせ、上から毛布を掛けてあるだけだった。

苦しみを物語るように両腕を上げ、うつぶせになっていた。


当然、検視後なので全裸である。

「なんて日だ!」本多は天井を見上げ心の中でつぶやいた。

まずは「スムス手袋 ※」を外し、上着のポケットから手術用の薄いゴム手袋を出し、両手にはめた。

そして、その上からスムス手袋をはめなおした。

これで万が一、体液に触れても感染症などは防げる。

(※ スムス手袋 白い薄手の手袋 ドライバーさんや葬儀社さん御用達)


「さて、何から手を付けたらいいだろう?」

今度は本当につぶやいた。


そして突然!


「あんた、なにやってんのよ!」

ハバさんが山の向こうで叫んだ。

それと同時に何か棒のようなもので何かを叩いているように見えた。


ゴミ山が邪魔で向こうはよく見えない。


「どうしたんですか!?」

本多は大きな声で聞いた。


「やめて、やめて、助けて~!」

女の人の声が聞えた。


「おかあさーん、やめて~!」

子供たちの声も聞こえた。


何をやってるかわからないが、本多はゴミ山を駆け上がった。

すると、派手なおばさんが一人増えていて「掃除道具のハタキ」で「バサバサ」ハタかれていた。

「誰だ?」本多は思った。


子供たちはハバさん1号(お母さん確定)を、止めに入っていた。

ハタかれているハバさん2号はヤセていて、髪が紫色に染められていた。

ワンピースは申し合わせたかのように赤一色で、金銀財宝も首からかかっていた。


本多はくだらないが、ふと「細い派手なおばさんでホハバさん」だなと思った。

本多の頭の中は、現実逃避して意味のないことを考えていた。

今日は本当にいろんなことがある日だ。


とりあえず、もめごとは分からないが、まずは協力して片付けないと安置も出来ないことを真剣に伝え、その場を収めた。

大人が一人増えたため、ゴミの収穫作業は格段に速くなった。

どうやら、このホハバさんが電話の相手だったらしく、ハバさんも電話ではなく直接話し(けなし)ながら作業していた。


本多は、山を越えたついでに車に戻り、必要な荷物(道具)を全部持ってきた。

掃除機も借りていくことにした。

ゴミ山を再度越え、ご遺体の所へ戻り横へ置いた。


とにかく、安置するため布団を探した。

すると、ゴミに紛れ隅に薄い敷布団が隠れているのを見つけた。

「よし、これを使おう」本多は独り言をハッキリ言った。


手初めに辺りのゴミを隣のゴミ山に寄せ、2畳分くらい掃除機をかけた。

「やっと靴が脱げる」本多はつぶやいた。

そこに布団を敷いて、靴を脱ぎ、作業に取り掛かった。


持ってきたノリのかかった真っ白なシーツを布団に掛けた。

下着が見当たらないため、まずはご遺体に浴衣を着せ、敷布団の上に寝かせた。


手のひらの血は、警察がきれいにしてくれてあった。

「やるじゃないか警察官!」

何から目線なのか、わからないが本多はつぶやいた。


爪には畳をかきむしったためのだろう「い草」が少し詰まり、血がにじんでいた。

「こりゃマズいな」本多はつぶやいた。


亡くなっているため血小板の働きが無く、死亡からの経過時間にもよるが血が出だしたら、簡単には止まらない。

爪をきれいにして血止めを付け絆創膏を張った。


「やっと手を組めますね」

本多はご遺体に話しかけた。


本多はご遺体の手を合掌の形から指を組んで胸の上にそっと置いた。

「ふぅ~まずは第一段階終了!」

そうつぶやくと本多はハンカチで汗をぬぐった。

次は掛布団だが、お通夜の時に布団の上にかける「きらびやかな布団掛け」は持ってきた。

おそらくここで、お通夜やお葬式が営まれることは無く、葬儀式場になるだろうと思い、                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 ご遺体を移動することも考え、とりあえず毛布の上にかけておくことにした。


「あと一歩だ」


窓のスリガラスの向こう側が白々と明るくなってきていた。

右腕の時計に目をやると「すでに6時前」だった。

すでに4時間近くが経過し本多も疲れていたが、ゴールは見えてきていた。                                                                                                                                                                                                                                   


「ドライアイス」で、ご遺体を冷やして安置が終了した。

髪も髭も整えてあげたいから「丸正さん ※」に連絡をしなきゃな。

でも、この状態で呼んだら後で恨まれそうだなとも思った。

(※ 丸正さん 第一章に出てくる湯かん屋さん(納棺師さん))


枕もとのお飾りは迷ったが、一応設置することにした。

花瓶の水や塩をもらうために、何度も靴を履きゴミ山を登ったが、廊下はほぼ片付いていた。

そのため、ハバさんに安置が完了したことを伝え、まずは、隣の部屋のゴミ山を廊下に出すようにお願いした。


お飾りもすべて完了し、後はゴミを片づけないとご遺体を外へ運び出すことも出来ない。

本多は一旦車に戻り、携帯電話で事務所の鈴木に時間がかかっている事情と、現在の状況を説明し、片付けに参加する意思を伝えた。


「申し訳ない、よろしくお願いします」


これが鈴木の返事だった。

大東部長もそうだが、目下に敬語がつかえる大人ってカッコイイなと思った。


「さて、もういっちょいきますか」

もう何度つぶやいたであろう。

本多は外から見られないように静かに玄関をしめ、廊下に上がった。


ハバさんにお許しをもらって上着を脱ぐことにした。

ハバさんは、今まで着ていたことにむしろ驚いていた。


本多は子供達に袋をもらい、ゴミを入れ始めた。


「あ~あぁ、そんな白い手袋でゴミなんか掴んで大丈夫ですか?」

ハバさんは申し訳なさそうに言った。


「大丈夫です」本多は返した。

手術用のゴム手袋がインナーで入っている。

むしろ「軍手で作業していて大丈夫なのかな?」と思った。

作業を始めて、どれくらい経過したであろうか、外に車が止まったような感じがした。

「ギィッ、ギッ」「ガチャッ、ガチャン」「ダムン、ドムゥン」


やはり、なにかが来たようだ。

本多は玄関を開けた。


「えっ」


本多は目を疑った。


「大東ぶちょおうぅ~、鈴木さんまでぇ~」


「ちょうどそこで会ったんだよ、なぁ大東」

「ハイ、奇遇でしたね鈴木さん」

二人は白い手袋をはめ、青い袋を大量に持っていた。

もちろん、インナーも抜かりない。


朝焼けが逆光で、2人の姿に後光がさしているようだった。

本多はなんだかホッとして涙が出そうになった。

「お二人とも業務は大丈夫なんですか?」


鈴木が言った。

「あぁ昼の奴ら(山葉と川崎)が来たからな、俺たちゃ今日のお役はごめんだ」


「私も同じですよ、本多さん」

大東も言った。


「さて、本多だけにイイカッコさせらんねぇからな」

「俺たちもいっちょやるか?大東」

「そうですね、鈴木さん!久々にやりますかぁ」


そういうと二人でハバさんとホハバさん、子供達にも挨拶をして作業に取り掛かった。

鈴木は上着を脱いだが、大東は脱がない。


「葬儀社さんのプライドだろう」本多は大東をますます尊敬した。

それにしても、鈴木さんと大東部長があんなに仲がいいとは知らなかった。


大人5人と子供2人がフル稼働で片付けはじめた。

夜中からずっと動いている「タフな子供達」には感心した。

子供たちは後から来た2人にも「すいません」を連発していた。

失礼ながら「押し出しの強い」ハバさんの息子さんたちとは思えない腰の低さだった。


それから作業は、バケツリレーのように迅速に流れていった。

驚くことに1時間たらずで、ゴミをすべて袋詰めして外に出せた。

完全な朝となり、外には「パッカー車 ※」が2台止まっていて、作業員4人がせっせとゴミ袋を放り込んでいた。

(※ パッカー車 清掃会社のゴミ収集運搬専用車両)


「朝早くから大変だなぁ、他所を回れないだろうなぁ」

本多は思った。

自分は夜中から作業していることをすっかり忘れていた。

みるみるゴミは車に飲み込まれ、空き地の青いオブジェ(ゴミ袋)は、すべて片付いた。

あとは、掃除機掛けや雑巾掛けだが、そこは家の人にまかせればいいだろう。


清掃会社の人が、本多に駆け寄り、伝票にサインを求められた。

よく見ると発注者が「山葉」の名前になっていた。

となりの鈴木がのぞき込み「出発前に山葉に頼んどいたんだよ」と言った。


それでタイミングよく清掃車が来ていたのか?

本多は納得した。


「実は私も電話しちゃって、清掃社の方が現場が同じだって気付いてくれて助かりましたよ」そう言うと大東は笑った。


「この二人は、報告の電話だけでここまで先読みするのか」

本多は、経験の差を思い知った。


「やっぱりスゴイや」本多はつぶやいた。


サインを頼まれた伝票を見ると「36立米」と書いてある。

「これはどういう単位なんですか?」

サインする前に本多は聞いた。


「これは、回収したものの量なんですが、ペチャンコに圧縮して乗せたとして大型トラック2台と、2トン車一台分ですね」

「圧縮しなかったら、かるく大型車5台以上になると思います」

清掃社の担当者が言った。


「すごい量だな」本多はつぶやいた。


そのつぶやきが清掃社の人に聞えたようで「そうでもないですよ、最近は自治体が監視しているから少なくなりましたが、以前は、お年寄りの一人暮らしなんかでこんなケースも結構ありました」と言われ驚いた。

清掃社の人は、まだ朽ちた家具や壁紙、割れたガラスなど出ていないだけ良かったと言っていた。


大東部長が鈴木さんに「久々にやりますかぁ?」と声をかけた理由が、わかった気がした。

本多は10年勤務しているが、初めての経験だった。

「おい、本多帰るか?俺たちもう挨拶してきたぞ」

鈴木が言った。


「ハイ、それじゃボクも挨拶だけしてきます」

本多は走って玄関に行き、上着を着て襟を正し丁寧にあいさつをした。

ハバさん、ホハバさん、子供達とも丁寧に見送ってくれた。


本多は長い戦いを制し、帰途についた。

前には鈴木さん、後ろには大東部長が走っている。

なぜか、必要以上にバックミラーを見てしまう。

3台で走っていると、不思議と、いい気分だった。


後の車が右折のウインカーを出す。

本多は窓から右手を少し出し、手を振った。

「お疲れさまでした大東部長」本多はつぶやいた。

前の車からも手が出ていた。


大東は窓から左腕を振り、曲がって行った。


「二人共、惨状を知ってて応援に来てくれるなんて...」

あらためて本多は少し涙目になった。

「あぁ、ありがたいな」本多は独り言をつぶやいた。


それから2日後、本多はTS葬儀社で霊柩車のドライバーを務めていた。

夜間など手薄な時の搬送は引き受けるが、霊柩車の運転を代行することは今までも数えるほどしかなかった。


指示書にはTS葬儀社からの注文FAXが添付されており、喪家が山口家になっていた。

不思議なことに喪家の住所は東京になっていて、本多はさらに困惑した。

FAXの備考欄に「喪家より希望のため、本多さんでお願いします」と、書いてあった。


ヤマグチさんに心当たりがない本多は、遠縁の親戚とか友人の友人かと勘ぐっていた。

いずれにしても、TS葬儀会館から火葬場まで近いこともあり、左ハンドル以外は気が楽だった。


せっかくいただいた仕事なので、もちろんお受けしたが、この日に限って時間ギリギリまで他の仕事にあたっていた。

やっと現場に到着した時に霊柩車は車庫ではなく、出棺時の玄関口に横付けされていた。


もうすぐ式が終わる。


霊柩車は各社で作りが随分違うため、磨いているそぶりをしながら、確認していたところに、一人の女性が走ってきた。


その女性は本多を見るなり「先日は、本当にありがとうございました」と言い、深々と頭を下げた。

本多は一瞬、誰かわからなかったが、よく見たら、その人がハバさんであることに気付いた。


「そうか、ハバさんの指名だったんだ」心の中で叫んだ。

先日の印象はどこにもなく、当たり前だが黒一色の、いで立ちで「地味なメイク、髪も縛り、首や、指の金銀財宝」も、すべて外されていた。


「いえ、私の方こそ大変失礼いたしました」

本多は、さしさわりの無い答えをした。


「あれ、式は大丈夫なんですか?」

本多は慌てて聞いた。


ハバさんは落ち着いた感じで答えた。

「会葬者が少ないからさっき終わりました」

「出棺までしばらく時間があるそうで休憩中です」


「そうなんですね」

通常は式終了と共に霊柩車にご遺体を乗せ、皆で見送りながら出棺するのが普通である。

珍しいこともあるもんだと本多は思った。


「山口様、もしお許しいただけるなら、故人に手を合わせたいのですがよろしいですか?」

「ぜひ、お願いします」

ハバさんはそう言い、一緒に会場に入った。


「うわっ、スゴイ!見事な花祭壇だ!」

本多はその祭壇に圧倒された。

まるで、遺影がお花畑の中で微笑んでいるようだった。


「私たちもこれが終わったらすぐに東京に帰ります」

「3年ぶりに子供達を父に見せようとして帰省したらあの状態でした」

「姉が父の面倒を見るという約束で、家も財産もすべて渡したのですが、そのお金で別の所に住んでいたようで、あのようなお恥ずかしい有様となっていて私も驚きました」

「母は早くに亡くなり、父はたった一人の肉親なのに...姉妹でもわからないものです」

ハバさんは祭壇の前で悲しそうに言った。


本多はしっかり手を合わせたのち、失礼にならないように会場からロビーに出た。

「そういうことだったんだ」

本多はハバさんを誤解していたようだ。


「そうか、ハバさんが山口さんで喪主を務めたんだ」

「田中さんなら、すぐに分かったのにな」

本多はやっとすべてを理解した。

ハバさんんは言った。

「父も持病があって苦しかったと思います」

「警察の立ち合いも私がしたので現場を見て本当にそう思いました」

「それを本多さんにお世話になって、あんなに短時間で安らかな寝顔にしてもらって父も喜んだと思います」

「こちらの式場に来たら、本多さんにお礼が言えるかと思ったら別の会社の方だと聞いたので、大東さんに無理言って呼んでいただいたんです」

ハバさんは目に涙を浮かべ、こぼれ落ちるのをこらえていた。


「とんでもない、出来ることをさせていただいただけです」

「私どもにとって、故人が一番大切なお客様なのです」

「お客様に喜んでいただくのはどの仕事でも同じですが、私どもの仕事は直接お褒めいただくことはありません」

「それだけに、精一杯のご奉仕が出来たか?と、常に自問自答しています」

「自分に嘘はつけないように、大切なお客様に対し手を抜くようなことも出来ません」

本多は少し熱くなった。


「ありがとうございます」

ハバさんは目を閉じながらお礼を言った。


「私は東京で旅館の女将をしております」

「主人が大学の教授で、勤めていた旅館に泊りに来た縁で結婚し、その旅館も跡取りのいない先代から譲り受けました」

「子供達も普段は見習いをさせ、日々厳しく修行させています」

「今回のことでイヤな思いもしましたが、二人とも音を上げず最後までしっかりしていて本当に頼もしかったです」


「でも...」

「それを父に見てもらえなかったのが心残りです」

「なんであんなことに...虫の知らせですかね」


本多は言った。

「山口様、少し私の気持ちをお伝えしてよろしいですか?」

ハバさんはうなずいた。

「お父様はふすまの向こうでご覧になっていらっしゃったと思うんです」

「お布団にお休みになられてからの安らかなお顔は、私どもに何かができるわけではありません」

「やはり、お父様がお孫さんをご覧になって微笑まれていたんではないでしょうか?」

「私にはそう思えてしかたがありません」


ハバさん(山口様)は頭を下げた。

「ありがとうございます」

「どうしても父の無念が引っかかっていましたが、そう言って頂けて本当にうれしいです」

「お会いできてよかった」

「本多さん本当にお世話になりました」

「よかったら、ぜひ泊りに来てください」


そういうとハバさんは名刺をくれた。

そして、こらえきれなかった涙を拭い、会場へ戻って行った。


名刺に目をやると、そこには最近ミシュリンでスターを獲得した高級割烹旅館の名前が書いてあった。

「こりゃ泊りに行けないな」半笑いでつぶやいた。


本多は、人の気配を感じ振り向こうとしたら左横に大東が立っていた。

「本多さん、この名刺の旅館、来週の友前、友(友引前日、友引)で3名予約しました」

「鈴木さんを誘って行きましょう!経費はTSで持たせてもらいますから大丈夫ですよ」

「先日のお疲れさま会です、たまにはそんなのもいいでしょ?」


「私どもにとっても山口様は大切なお客様ですから」

「しかし、安らかなお顔になりましたね」

「あれは丸正さんの故人の口角を上げる技ですね」

「どこで学んだんですか?」

大東にはすべてお見通しだった。


「いや、いつもそばで見させてもらってますから自然と覚えました」

「クビになったら丸正さんにひろってもらわないと」

本多は笑いながら言った。


「クビになったらぜひ、TSに来て下さい」

「別にクビじゃなくてもいいですよ、待ってます」


「しかし、故人が一番のお客様とは、名言でしたね」

「うちの朝礼でも使わせてもらいますよ」

大東はそう言うと、右手で本多の左肩を「ポン」と叩いた。


本多は顔から火が出るほど恥ずかしかった。

しかし、この仕事がますます好きになった。

「次も頑張るぞ」

本多は独り言をつぶやいた。


「えっ?何か言いましたか」

大東は聞いた。


「なんでもありません」

本多はまた顔から火が出そうだった。


「最近独り言が増えたのかなぁ?」

と、つぶやく本多であった。


おわり

いかがでしたか?

ドライバー第二章です。


行く道の数だけドラマがあります。

また、近日中に第三章をお届けします。

しかし、漫画とか書けたらもっと伝わるんだろうなぁと思います。

誰か書いてくれないかなぁ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ