『イリーザ‐裏の世界の暗黒ヒーロー‐』
派手な銃撃戦が耳元に聞こえてくる。
パンク・ファッションに身を包んだツイン・テールの美少女イリーザは、銃声と異臭の臭いのする方角へと向かう。
歓楽街だった。
イリーザが服を買いに求める時に、此処を通り過ぎる事が多い。
彼女は頭が悪そうに思われるからなのか、それとも、彼女自身が揉め事を引き起こすからなのか分からないが、彼女は裏稼業で稼いでいる人間の恨みを買う事が多い。
だが、大抵の場合、その恨みは、一転して恐怖へと変わる。
ヤクザにホスト。風俗嬢にフリーの売春婦。
彼らは、イリーザが最も嫌っている人種の一つだった。
彼女は、嫌いな人種に慈悲を与えない。
拷問し、残忍な処刑を行うだけだ。
†
「でさあ。貴方達さあ、なんで、そうなっているか分からないかなあ? 分からないよねえ?」
イリーザは揺り椅子に腰掛けていた。
そこはヤクザの事務所の中だった。
彼女の脚下には、何名もの男達が転がっている。
既に、折れたり、刃こぼれした何本かの短刀が地面に転がっていた。
事務所の壁には、布切れのようなものがカーテンから吊るされていた。
全て、背中や腕から剥がされた刺青の入った人間の皮だった。
「イリーザの姐さん。やっぱり、ウチの組の用心棒やって貰えませんかねぇ?」
彼女の隣には、眼鏡を掛けた精悍な髭面の男が転がっているヤクザを見下ろしていた。
イリーザは靴に仕込んでいたボンナイフを取り出す。
「ああああっ! その女、親族共々、徹底して凌辱してやるぅ、ああ、ふざけやがってぇええええええぇ」
「ヤスさーん。こいつ、何、言っているか分からない、何、言っているの?」
「さあ? 今際の際に、浄土へいく準備をされているのかもしれません」
「ウチの“家族”を凌辱出来るものなら、やってみて欲しいわぁ。私は“まだ”優しい」
そう、イリーザは、薄らと笑う。
「ちょっと、時間を巻き戻そうか」
ヤスユキと呼ばれたヤクザが、転がっているヤクザの一人の頭を掴む。
「あんたんとこの、シャブ、300キロ。全部、不純物ばかりだったんだよぉ。どうしてくれようかねぇ。これじゃ、売り物にならねぇ、ってんで。イラ付いていたら、てめぇらが、ちょっと、イリーザ姐さんとモメてるってんで。俺も駆け付けたんですわ」
転がっているヤクザの一人が見た処、どうも、小娘のイリーザの方は、シシオウ会をバックにコバンザメをやっているというよりも、シシオウ会の方が、小娘に気を使っているように見えた。……理解が出来ない。
「あんたらの組、あんまウチら、シシオウ会、舐めんな」
「ヤスくんー。私、こいつらの刺繍が欲しいだけだからさあ。あ、もう何名かは剥いだ。ねえぇー、後は、あんたら、好きにしなよぉー」
「もう少しで、俺の大切な弟分が指詰めな、あかんかったんですわ、姐さん。他の幹部連中も指詰めな、あかんかもしれんてなぁ」
「じゃあ、こいつらの指でいいじゃんー。で、私は素材が取れるし、シシオウ会の人達は、みんな五体満足でWIN・WIN! じゃあーん?」
「ですよねぇー」
ヤスは金庫の方へと眼をやる。
「うちの組から騙し取った金の3倍、いや、4倍は徴収していきますわ。これで、俺達、指詰めずに済むんで」
「貴方は小指。私は親指でいいかなあ?」
イリーザは大きめの枝切りハサミを取り出す。
「そうっすね。でも、小指だけじゃ、ウチらの怒りがおさまらねぇ」
「お好きに。私は刺繍と親指が欲しい。親指だけでいいよー。親指でちょっと、楽器作る」
そう言うと、イリーザは大ハサミをジョキジョキと、転がっているヤクザの一人の指先へと向けていく。
†
いわく、神話においての英雄と怪物が紙一重であるように。
ヒーローと悪の怪人は紙一重ではなかろうか。
強大な異能の力を持つ者、万人よりも優れた者を人間は忌み嫌う。
イリーザは化け物だった。
彼女は、たった数本の小学生の図工に使うようなボンナイフだけで、拳銃を有するヤクザを制圧する事が出来るのだ。彼女は卓越した身体能力に優れているわけではない。彼女は単なる小娘でしかなく、身体能力も、筋骨隆々とした大の男に劣るかもしれない。それでも、彼女は、ヤクザの一組織くらいならば、制圧出来る程の強さと凶悪さ、そして残忍性を持ち合わせていた。
「私、ヤクザ。嫌いなんだよねー」
イリーザはそう呟く。
「あらゆる事情でそこに落ちぶれているのかもしれないし、災害時の時は、とても役に立ってくれている、社会も必要悪として、彼らの存在を望んでいる、って言われるけどさあ。そんなの、略奪者の言い分じゃあーん? 女、AVに回して、シャブ売りさばいて、で、闇金の取り立てかあー。ホストも同じ。ナンバー1になる為に、女を風俗に沈めたりしているじゃん。太客とか言ってさー。マジ赦せないんだわあ。女を風俗に沈めようとする女衒も同じ」
そう言いながら、彼女は凶悪な笑いを浮かべる。
「というわけでぇ~、私はこれからG県にて、駆除しますー。駆除―。命あるものは皆死ぬべき。なら、彼らの命運を私が勝手に裁定していいよねぇー。私、イリーザ様が沢山、ぶっ殺しまーす」
猟奇殺人鬼のイリーザは、容赦なく、彼女なりの歪んだ“正義”を実行する事に決めた。
そう言いながら、イリーザは身体中に仕込んだ“暗器”を武器にして、ヤクザ、ホスト、スカウト狩りを始める事に決めた。
†
彼女の存在は、この辺りの地区に住む者達にとって“暗黒のヒーロー”と化していた。
警視庁は、この理解出来ない“化け物”に対して、手を焼いていた。
被害者は、暴力団組員、暴力団組員幹部、果ては暴力団組長にまで及んだ。それから、まるでついでのように、有名店のナンバー1,2のホスト、違法薬物のバイヤー、他にもスカウトマン、AV監督などが襲撃された。何故か、風俗嬢なども派手に殺されまくっていた。
警視庁の者達の一人が、この異常猟奇殺人鬼の存在に対して、緊急会議を開いていた。
「我々が頭を抱えていた、B組、K会、U一家のメンバー達が次々と残忍に殺されていっています。K会とU一家に至っては、組長まで……。他の暴力団組織にも死傷者が出ています……」
「オグノ警視。正直、前例を見ないような凶悪殺人だが、犯人は我々が頭を抱えていた、G県に所在地をおいているヤクザ組織を潰して回っている」
「警視長っ! 暴力団構成員だけでなく、民間の被害者にも犠牲者が出ているんですよっ!」
「ホスト、風俗嬢、…………、この凶悪殺人犯には、今の処、ルールがある。民間人には手を出していない。経歴を調べていくと、いずれも、脱税や準強姦罪の疑惑が疑われている連中が多い」
オグノ警視は、ぶるぶるっと全身を震わせる。
「彼らは民間人ですよ。それに、警察の面子にも関わるっ! まさか警視長っ! 逃げ腰になっていませんかっ!?」
警視長は、何処か居すくんでいるように思えた。
犯行が余りにも残虐過ぎるのだ。
海外においても、類をみない程の猟奇的な残忍性と冷酷非道な手口で、犠牲者を殺害している。
「犯人像は見えていないのか?」
警視長は訊ねる。
「なんでも、……若い女であるとか……」
そう言いながら、オグノ警視は写真を見せる。
写真の中には、堂々とピースサインを行っているイリーザが映っていた。
†
「なんで、なんで、この俺がああああああっ!?」
G県にある、有名なホストクラブの店長である、ナグサがガムテープで全身を縛られていた。
「うーん。あんたの経歴調べたんだけど、ちょっと罪が重すぎるんだわ。……あんた、女八人も自殺に追い込んでいるでしょ? それから、24人もAVに回している」
「俺より、もっと酷い事している奴いるだろおおおおおおっ! あああああっ! 俺は此処までのし上がってきたんだっ! 俺は夢を売る、夢を売る仕事だあああっ! 女共だって、好きで俺に貢ぐんだぜっ! 女が好きでやっているんだよぉぉおおおおおおっ!」
ナグサは必死で悪態を付く。
イリーザはバタフライ・ナイフを取り出して、ナグサの口に近付ける。
「舌を落とす前に、聞いておきたい事あるんだけど。ちょっと、他の関係者の事も吐け。あんた、当時、何名もの女をシャブ漬けにしたでしょ。それから、何度も、女を輪姦している。仲間の名前を出せ」
「仲間は売れねぇよっ!」
「あ、そうっ」
ガムテープでぐるぐる巻きにされていたナグサの指先は露出していた。
上手く物事がいくように、彼の指先の下には細長い板切れによって固定されている。
イリーザは、大型の金槌を取り出す。
「じゃあ。ちょっと、一枚目、いってみよっかー。だいじょーぶ、だいじょーぶ。まだ、これ、私、優しくしているからあ~」
そう言うと、イリーザは、このホストクラブの店長の指先へと向かって、勢いよく金槌を振り降ろした。べきりっ、と、爪が砕ける音が聞こえる。
ナグサは泣き叫ぶ。
「二本目、行ってみよっか? ちなみに、十枚目が終わった時、それで吐かないんなら。次は切断に入る。私が優しいウチに、吐いちゃった方がいいと思うんだけどなあああああああああああああああああっ?」
イリーザはもはや、死の番人だった。
このホストクラブ『綺駆涙』の外には、ランカーであるナグサの部下のホスト達が無残に転がっていた。スカウトをしていた男も、顔の皮を剥がされて、地面でのたうち回っていた。
†
「素朴な疑問を聞いていいっすかね」
暴力団シシオウ会若頭、ヤスユキは、イリーザに訊ねる。
「なにかしらぁ?」
「姐さんがやっている事って、行為や手段を正当化したいのであって、その、大義や目的は後付けですよね?」
「うんっ! だって、ヒーローってそう思わない? 悪の怪人がいるからヒーローが誕生するんじゃなくて、ヒーローが悪の怪人を退治したいから、悪の怪人を探し出すのっ! というわけで、私は今日も、歓楽街浄化作戦を決行する『仮面マサクラー』に変身するっ! ヤス君っ! シシオウ会も、この私に退治される前に、さっさと、不正と戦う右翼団体に転向しなさいよ、転向っ! それが筋モノの仁義ってもんでしょうがああああああああっ!」
そう言いながら、イリーザはドラムバッグに大量の凶器を詰め込んで、今日も、浄化作戦とやらに勤しむつもりでいるみたいだった。
シシオウ会若頭、ヤスユキは、顎鬚を撫でながら、イリーザの意味不明な理屈に首をひねっていた。
……まあっ、いいか。俺達の組がシノギがやりやすくなるし。
全身全霊で、イリーザは、利益の一致するシシオウ会とは友好関係を持つという、ダブル・スタンダードを行っていた。
暗黒のヒーローは、そうやって、裏世界で生きている者達に一定数の恐怖を与え続けた。仕事がやり辛くなった者も多い。一応の処、裏世界で生きている者達からの被害件数は減っている。
「でもまあ、誰かに対してのヒーローなんて、善悪問わず自己満足なんじゃないかしらねぇ」
そう言いながら、イリーザは自嘲的に笑うのだった。
了