06話 「そうして彼らの環境は一変する(後編)」
「実は私、追われているんです」
それがクレアが俺たちに話してくれた第一声だった。
「…追われている、っていうのは?」
「あなたたちにも分かる通り、私はエルフ。…私は今、エルフの国・アルヴヘイムを裏切った罪で国に追われています。この遠い地にまでやって来たのはそのためです。……今も追っ手のエルフたちが私を追っているでしょう」
「なっ―――」
あまりの衝撃にドカッと大きい音とともに席を立ちあがってしまう。
急な物音に「何事だ」とこちらを見ている客もちらほらいた。
静かに座り直しながら言葉を探すが、中々出てこない。
それを見かねたアニーが俺の代わりか、はたまたアニー自身の強い気持ちからか、言葉を紡ぐ。
「ど、どうして…? クレアは何をしたの?」
アニーの問いは最もだ。
彼女が言ったことはつまり「命を狙われている」ということだ。
―――命を狙われている? そんなのまるで『ゲーム』の物語みたいだ
と思いかけたところで、俺は自分自身が今《どんな世界》に居るのかを改めて痛感した。
夢の中でも、虚構の世界でもなく、ここは空想の世界(ゲームの中)でありながら、現実そのものだと。
「私の罪は、我らエルフの国・アルヴヘイムに古くから伝わる秘宝《ユグドラシルの泪》を盗んだことです」
「《ユグドラシルの泪》…? それは、命を狙われるくらいの代物なのか」
「はい…、《ユグドラシルの泪》はいわば魔力の結晶です。何百年もの間、国王が何代にもわたって魔力を溜め続けてきました。その力を開放すれば国一つを滅ぼすことができるとまで言われているのです」
「国を亡ぼす、だって……? なんでそんなものが、いや、なぜクレアがそんな危険なものを?」
クレアはただ俺たちの目を見つめて、落ち着いた声音でこう告げたのだ。
覚悟はもう決まっているとその瞳が告げる。
「……。エルフたちはこの《ユグドラシルの泪》を使って、このキャメロット及び《人族》の国に戦争を仕掛けるつもりなのです」
「な…!」
「そんな」
俺たちが驚嘆の声を上げるよりも早く、クレアは話を続ける。
「私、聞いてしまったのです。城の中で。国の第一王子・フレイ様と騎士団団長のベーオウ様が密談しているのを。最初は聞き間違いだと思いました。彼らがそんなことをするわけ無いと。でも。確かに彼らはこう言ったのです。『今こそ我らがエルフこそがこの世界を統べるに値すると証明すべきだ。この国に伝わる秘宝を用いれば、キャメロット城をを落とすことなど造作もない』と」
徐々に熱を帯びていくクレアの告白を、俺たちはただ聞いていることしかできなかった。
俺たちが関っていい話じゃない、そう思っている自分も確かに存在している。
どうせならキャメロットに居を構える王様たちに報告すべきなんじゃないかと。
「そ、そうだ。王様たちに報告すればいいんじゃ」
「それはダメよ」
俺の提案を遮ったのはアニーだった。
「もし、このことが上に伝われば、それこそ戦争が起きかねないわ。しかも《ユグドラシルの泪》を利用されかねない」
―――確かに。
エルフたちが国を挙げて自分たちの国に攻め込んで来ようとしている、などと知れば、それに怒り、逆にアルヴヘイムに攻め込もうとしてもおかしくない。
だからこのことは俺たちだけで押しとどめておくべきなのは言うまでもない。
でも。
「でもどうする? 俺たちだけでどうにかできる問題だとは思えない」
「……ですよね」
クレアが消え入りそうな声で話すのを見て、俺は誤解を起こさないように弁明する。
「あ、いや違う。クレアのことを放ったりなんてしないよ。ただ、俺とアニーもレベルが低いし、装備も良い物なんかじゃない。何か策を立てないと、どうしようもないって話だよ」
片手剣士の俺・ハルカ。レベル9
回復魔法士の相棒アニー。レベル8
そして、先ほど聞いた話によると
攻撃魔法士のクレア。レベル5
それが俺たちの戦力だった。
もし、クレアを狙っているエルフの追っ手と戦闘なんてことになれば、おそらく勝機はないだろう。
「クレア、単純にアルヴヘイムからここまで移動するとしたらどれくらいかかるの?」
というアニーの問いに。
「そうですね…。10日、いやレベルの高いエルフたちなら7日で到達できるかもしれません」
ましてや、今この瞬間も追っ手は国を亡命したクレアを追いかけているはずだ。
その目安を信頼しすぎるのも危険だろう。
とはいえ、俺たちにできることはそう多くない。
「正直、7日も猶予があるとは思えないけど、何か策を立てないといけないな。ここを拠点にレベリングや装備を整えるのはどうだ?」
アニーはかぶりを振る。
「いや、それだと危険だと思う。もしここで追っ手と鉢合わせて騒ぎを起こしちゃえば、強豪ギルドや城に確実に気付かれるわ。キャメロット以外に拠点を移す方がいいんじゃない?」
「確かに……」
アニーの言う通りにすべきかと吟味していると、ある疑問が湧いて来た。
「…そういえばクレアはキャメロットを目指していた、って言ってたよな。それは何でだ?」
「実はキャメロットにはある人を探しにきたんです。アルヴヘイムで噂で聞いたんですが、『魔力を打ち消す魔法について知っている人が《人族》にはいる』らしいんです」
「魔力を打ち消す…、そんなことができるのか」
「あくまで噂、ですが。もしその魔法を持つ人に会えたらこの《ユグドラシルの泪》に込められた魔力を無効化できるんじゃないかと思ったんです」
「なるほど。確かにこの宝石がただの石っころになっちまえば、戦争も起きないかもな…」
「じゃあその人を探せばいいのね?」
アニーが、何だ、と安堵をするが
「でもその魔法を誰が使えるのかは全く分からないのです。ですからこの町にいるという情報屋をまずは探そうとしてこのキャメロットにきたんです」
「そうだったのか……」
アニーも言ったようにここに止まるのは得策ではないだろうが、クレアのいう《情報屋》を探すのが現状、一番優先度が高いだろう。
じゃあどうやって探すか、今日から探すか、と俺とアニーが即会議を始めたものの、当事者のクレアは会話に入ってこずに、代わりに不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どうしたのクレア? 時間がないんでしょ」
「どうして、どうしてですか? なぜこんな危険なことを聞いて私にまだ協力して下さるんですか? 先ほども言った通り、これは私が持ち込んだことです。お二人が無理をしなくても」
「クレア。俺たちもさっき言っただろう? 友達が困ってるのに放っておくことなんてしない。危険なのはもちろん分かってるし。でも、もう決めたから。俺とアニーは君を助けるよ」
クレアはまだ食い下がる。
「でも。もしかしたら死ぬかもしれませんよ、怖くないんですか?」
「怖い、怖いよ。でも、俺はもう経験したから。今度は悔いの無いようにしたいんだ」
「……?」
思わずもう既に死んだなどと口走ってしまったが、そんなことクレアが理解できるはずもなく困惑した表情を浮かべている。
「あーもういいじゃない、クレア。私たちに任せなさい‼」
俺とクレアの長い問答に業を煮やしたらしいアニーが、クレアに向かって高らかに宣言する。
俺とアニーの覚悟を感じ取ったのか、「不思議な人たちですね」と小さな声で囁いたあと。
「じゃあ改めて。ハルカさん、アニーさんよろしくお願いしますね」
そう言って笑顔で空中に指し延ばされた手とがっちり握手を交わし、正式にクレアがパーティーに加入したのであった。
ストーリー展開が遅くて申し訳ないと反省しておりますが、ようやくメインキャラが揃ってきたという感じでしょうか。
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