01話 「そして少年は絶望する」
カタカタカタッ。
オフィスルームにキーボードを叩く音だけが寂しく鳴り響く。
広々とした部屋にも関わらず、音の発生源は俺のパソコンのみ―――、つまりこの部屋で独り悲しくカタカタしているのは俺、本田春夏だけということである。
春なの? 夏なの? どっちだよ、というツッコミはこの18年に渡る人生の中で嫌と言うほど他人からツッコまれたし、聞かないでくれると助かる。
なんなら俺もツッコミたいくらいである。
「はぁー。今何時だ…って、ハァ⁉ふざけんな‼」
時計に目をやると針はちょうど深夜零時を指していた。急がないと終電が無くなってしまうのは明白だ。
「もう知らん!」と作業の途中だった仕事を打ち切り、鞄だけ持ってダッシュで部屋を出る。
「何なんだよこの会社‼ なーにが『ウチはホワイトです(笑)』だよ。思いっきり真っ黒じゃねえか⁉ まっくろ○ろすけも驚愕する黒さだわ‼ 一年目の俺に馬鹿みてえな量の仕事押し付けて、てめえら全員帰ってんじゃねえよ⁉」
誰にも聞かれることが無いであろう溜まりに溜まった愚痴を吐き捨てながら、俺は会社を後にした。
なんでこんな会社に就職してしまったんだろう、と己を問い詰めながら会社を出て走ったが、もう遅い。
駅に到着した時には最後の電車が、ジリリリリ、とうるさい発車音とともに俺を置いてけぼりにしたのであった。
「う、嘘だろぉ……」
思わず情けない声が出たが、それを聞いているのは駅員さんだけだ。
あまりのショックに数十秒フリーズしてしまい、再起動するまでに暫く時間がかかってしまったのは言うまでもない。
× × × × × × × × ×
無事終電を逃した俺はどうすることもできず、会社の近くのネカフェで一夜を明かすことに決めた。
残業で終電を逃してネカフェに泊まるとか、うわーそれなんて社畜?
あと勘違いして欲しくないので先に言っておくが、うちの会社は残業代なんて出ない。何度でも言うがウチの会社は超が付くほどのブラック会社なのである。
なんで社会人一年目でこんな現代社会の闇に苛まれているかというと、正直答えは簡単極まりない。
俺はバカだった。それも、超絶に。名づけるなら《エクストリームバカ》である。
ただでさえ勉強ができないくせに、青春の全てをネットゲームに費やすという愚弄も犯した。
その結果がこれだ。行く大学なんてあるはずもなく、かと言って今の御時勢に高卒でまともな会社に入ることなど出来るはずもなく、俺はあの忌々しいほどの暗黒会社に従事することとなったのである。
「ふぁぁ、……自業自得だよなぁ」
欠伸をしながら考える。
そう。自業自得である。そんなことはこの一年で思い知らされた。
親にも担任の先生にも「ゲームなんてやめろ」と耳にタコができるほど聞かされたが、俺はやめなかった―――いや、やめられなかった。コントローラーを置くことなど俺には不可能だった。
と、カッコ良い感じのことを述べているが、単に俺が根っからのゲーム中毒者であっただけだ。
得たモノなんてこの画面に映るアバターの経験値とレア装備だけなのに。いくらこの虚構の世界でパラメーターを強化しても俺が強くなるわけではないというのに。
それでも、ゲームの世界にいる間は心から楽しかったと俺は自信を持って言えるだろう。少なくとも、この社畜状態よりは。
ネカフェに入ったのはお察しの通り、未だにやり続けているネットゲームを少しでもやりたいからであったが、何だか俺はそんな気分にもなれずに静かにログアウトした。
「シャワー浴びて寝るかー」と席を立とうとした瞬間だった。
グラア。
突然、過労からか強烈な頭痛と目まいに襲われて足を滑らせた俺は、すてーんとバナナの皮を踏んだかのようにスリップし、どしーんとゴリラとゴリラが頭突きでもしたかのような音を立てながら床にバックヘッドをぶちかました。
「いっっっっってええええええええええええええええええええ⁉」
今まで体験したこともないほどの痛みにより発した俺の大絶叫は店中に響き渡ったらしく、店員はもちろん他の客たちまでおびき寄せたらしかった。
「お客様、大丈夫ですか‼」と何度も呼びかける店員の声が聞こえるが、それどころではない。
―――痛い。痛い。痛い。痛い。痛痛痛痛痛痛痛痛痛
脳が指令する。この男は危険な状態であると。
―――熱い。熱い。熱い。熱い。熱熱熱熱熱熱熱熱熱
脳が叫ぶ。この男はもう助からないと。
朦朧とする意識の中で男は考える。
―――嘘だろ?
―――母ちゃんゴメン、恩返しできなかったわ。
身体はもう叫ばない。この男はもう詰んだのだと。
消え行く命の中で男は世界に絶望する。
―――もし俺がアバターなら、こんな筈じゃあ…
そして。
俺――本田春夏はこの世界からログアウトした。
どうでしょうか。
ハルカが転生する直前の話となりました。
まだ異世界に行ってすらいないので、完全な導入部ですね。
評価、ご感想お待ちしております。一人でもこの作品を面白いと言って下さる方がいれば幸いです。