第七話 暗躍
金クラス昇格試験から一週間後。
王都にある探求者斡旋組合本部で最も広いとされる会議室の中には十二人の各方面から集まったギルド長が一つの円卓を囲んで神妙な面持ちで上がってきた議題に頭を悩ませていた。
議題の内容は新しく現れた金クラス『死の風』についてのものだ。
この世界の金クラスになれる探求者はごく稀で、素質ありと噂されるものであっても未開の地での探索に多くの命が失われていってしまう。
そんな貴重な人材ともなる金クラスが唐突に現れたとあっては本来なら諸手を挙げて祝福をしたいところだが、問題があった。
「それではフォルゲムギルド長。金クラス昇格試験に合格したという探索者に関しての情報を皆に告げよ」
長い髭をこれでもかと伸ばし催促したのはこの円卓の中で最も上位者とされるディストナ元老院だ。
通常。各方面からギルド長が収集されるのは半年に一度くらいのペースである事なのだが、彼が現れるのは滅多にない。
規定として新たなギルド長が就任する時などのイベント毎で出席することはあっても今回のような緊急収集によって呼び出されることは今までなかったことだ。
「はい。今回試験を通ったのは新人探索者の『死の風』という一月ほど前に探索者登録を行った者じゃ。
本来なら新米が金クラスの試験を行うなど前代未聞の特例ではあったが、そのリーダー。ナナシは危険度Aクラスの魔獣。
ヘルウルズを使役しており、出身地が四大魔境の一つとされる嘆きの森という事で、実力は申し分ないと思い試験を執り行った」
簡潔にまとめた報告をすると円卓内がざわついた空気になる。
「そんなバカな話があるかっ!あそこは人が足を踏み入れる事が出来ないから魔境とされておるのだぞ?!」
「そうだっ!それにヘルウルズは金クラス探索者であっても手に余る魔獣。それを使役するなどありえるものか!」
百年ほど前にたった一匹のヘルウルズによって一つの都市が丸ごと壊滅させられた話は有名で、記録では死者の数は凡そ三万。近隣の被害を含むとその倍以上と推定されており、当時最強と謳われていた金クラス探求者三チームによって漸く討伐する事が出来たと言われていた。
だが、実際は討伐ではなくただ退かせただけで倒す事など出来なかったというのが事実だ。
勿論そんな情報は隠蔽され知るのは極僅かなもの達だけだ。
「静粛に。皆の気持ちは分かる。わしも実際目で見るまでは信じられんかったからの。じゃが事実じゃ。
そして実力の方は……正直他の金クラス探求者達とは比較にならんほどの強さじゃ」
「その根拠を聞いても?」
「これを見てほしい」
フォルゲムはそれまで大事にしまっていた掌に乗るくらいの四角いキューブを懐から取り出して円卓に乗せる。
魔法道具の映像を記録してくれるアイテムだ。
所有者が魔力を流す事でキューブの窪みから映像を読み込み保存してくれる便利ではあるが、非常に高価な魔法道具で一般人ではとてもじゃないが手が出せない代物だ。
当然フォルゲムの給料であっても買うことは出来ないが、備品として各ギルドには三つほど保管されている。
キューブに魔力を流すと窪みから光が出て天井にまるで映写機のように映像が映りだした。
そこにはローブを着込んで弓を構えるノフィティスの姿と対戦者である獅子王の面々が映された。
「彼女は獣人種のノフィティスというナナシの従者をしておる。一応は副リーダーとして機能しておるが、此奴もかなり危険人物じゃ」
「危険?獣人如きに何の危険があると言うのだ?」
ふんっと鼻を鳴らして見下した態度を取るのはアルビスというこの面々の中では若輩に入るものだが、それでも年齢からしたら四十を超えている。
そんなアルビスにフォルゲムは「まぁ観ておれ」とだけいって映像を流し続ける。
「観ての通り彼女は弓を扱っておるが、その能力は凄まじく魔法適正もBランクで風の魔法を扱えるようじゃ」
「何?それは中々見所がある……ん?な、なんだ?!」
「おいっ!あの娘は今何をしたんだ?!」
映像はノフィティスに近づいていった二人の前衛職が突然彼女の目の前で動きを止め一人が倒れたかと思うと一瞬にしてもう一人の男にも矢を射って倒していた。
その光景を見ていたギルド長達には最早動揺を隠す余地はなく驚きで声を上げていた。
一人また一人と次々と矢を射られた探求者達は倒れて転げ回っており、最後に残った男には矢を使わずに抱きついただけで倒していた。
「な、なんじゃ?わしは夢でも見ておるのか?」
「ありえん……獅子王は以前うちのギルドの依頼もこなしてきてくれたからよく知っておるが、彼奴らの実力は本物だ。
それをあんな矢一本で倒すなど、あり得るはずがないっ」
「いや、それよりも最後に彼奴は何をしたんだ?何故あの男は倒れたのじゃ?!」
動揺は恐怖に変わり、恐怖は徐々に伝達していった。
だが、そんな中でも未だ態度の変わらないのがその惨状を間近で見てきたフォルゲムの他に元老院・ディストナがいた。
ディストナはドォンッとその枯れ枝のような茹でには似つかわしくないほどの握り拳を作り円卓を叩いて自身に注目を集める。
「騒々しい。この程度で恐怖するなどギルド長の名が廃るぞ……フォルゲム。続きを流せ、意見はその後でも良いじゃろう?」
「は、はい。それでは続きを写します」
僅かな殺気を流したディストナに冷や汗を浮かべてフォルゲムは映像を流し続けた。
そこに映されたのは一言で言えば『恐怖』だった。
初見魔法への高度な回避行動と残虐極まりない行動。そしてノフィティスの時にも見せた不可思議な攻撃により、探求者の一人が動きを止めてしまう現象。
何よりも彼らを驚かせたのは最後に彼はカメラ目線でまるで自分たちに言い聞かせるように口をパクパクと動かせていた。
この魔法道具は映像は記録することは出来るが音声までも記録することは出来ない。
だが、それと分かっていても彼の言葉はまるで直ぐそばで語りかけてくるように分かった。いや、分かってしまった。
「舐めるなよ、養殖供……?彼奴はそういったのか?」
「お主にもそう聞こえたか?」
「あぁ……じゃが、いや。それよりもフォルゲム。お主は映像を記録しているのを知らせていたのか?」
その質問にフォルゲムは静かに首を横に振った。
「いや、そのようなことはせんかった。そもそもしたところであの場からこいつを見つけることなど……ましてや戦闘中に発見するなど困難だと思っておったからの」
「じゃが彼奴は確かにこっちを見ておったぞ」
「そうじゃな……じゃがこの光景を見てからだとそんな事などどうでも良いわい」
「その通り。そんな些細な事はどうでも良い。皆のもの今の映像を見て率直にどう思った?」
ディストナが話を切り上げて進行を促す。
けれどその場の空気は言葉では言い表せない程の重たい物を感じていた。
このままでは話が進展しないと感じたフォルゲムは素直に以前から思っていた事を口にした。
「わしは危険じゃと思った……わし自らが推薦し、無理矢理試験を執り行った手前このような発言をするのは間違っておるかもしれんが、あのもの達は余りにも危険過ぎる存在じゃ」
「ふむ……具体的には?」
「彼奴らの実力。強さはそうじゃが、問題なのは彼奴らの行動原理そのものじゃな。わしは試合を行ったあと彼らを問い詰めた。
『何故彼らをすぐに倒さず嬲るような真似をしたのか』と。
そしたらどうじゃ。ノフィティスは主人であるナナシを侮辱したからだといい、ナナシはノフィティスを侮辱したからだと当たり前のように答えおったのじゃ。
彼らにとって互いの関係こそが最も重要であり、それ以外のことはゴミ同然。どんな事をしても良いと思っておる。
実際彼らがわしの町に来てからと言うもの不自然なほど町からゴロツキは消え、死者は出ていないが一般人にも何軒か被害が出ておる」
その言葉にその場にいる全員が萎縮する。
彼らがもしも自分のいる町や都市にきていたらと考えてしまったのだ。
「……その被害とやらはなんだ?」
「突然の発熱や失神などじゃな。何が原因かは分かっておらぬが、その近くには必ず彼ら……『死の風』がおった」
「なるほど、今はどうしておるのだ?」
「町の外にあったギルド所有の宿舎で待機させ極力町に来ないようさせておる。他の探求者には別の宿舎を用意させておるから今のところ問題はありませぬ」
「賢明な判断だ。では彼らの処遇はどうしたら良いと思っておるのだ?お主のことだ、考えて来ておるのだろう?」
言葉を交わして来たことはあまりなかったが、フォルゲムとディストナはこの中では最も古い付き合いになる。
上げられてくる報告書などでもフォルゲムはそういった事前の提案を用意する男だとディストナは信頼していた。
「四大魔鏡に向かわせようと思っています」
その発言にまたしても全員が息を飲んだ。
ディストナでさえ眉を顰める程に怪訝な顔を浮かべている。
それはその筈だ。四大魔鏡とは人が足を踏み入れたら消して帰ることのない場所として知られた所謂天然の処刑場だ。
そこへ向かわせるとフォルゲムは言っているのだ。
普通そんな場所に向かうのは重犯罪者だけだ。命知らずの探求者でさえ絶対に手を出さない。
「ほぉ……使い潰すと言うことか」
「はい。四大魔鏡は『嘆きの森』以外にも『永劫の谷』『渇きの砂漠』『無慈悲の山』があります。そのどれかに向かわせられれば少なくとも民への被害はなくなるかと」
「心地の良い提案ではないな」
「それは重々承知しております。ですが彼らをこのまま野放しにしておくと遠からず被害は拡大し最悪の場合国そのものを消してしまう勢力を築くかと」
フォルゲムの最も警戒するのはそこにあった。
ナナシはノフィティスを侮辱する者には容赦がない。それはつまり人間至上主義のこの国において非常に忌避すべき問題でもある。
人間は獣人を馬鹿にする。奴隷であるのは当然だ。それがこの国の一般的常識であり、彼にとっては許されざる事実でしかない。
そんな彼が獣人のいる国に向かったらと考えるだけで寒気が走る。
フォルゲムの提案はそれらを含めたものだった。
「なるほどな……彼が獣人の国に行く事恐れての提案というわけか」
「そんな事をせずとも『髑髏』をけしかけた方が確実なのでは?」
唐突にアルビスが口を開いた。
彼のいう髑髏とはギルドお抱えの暗殺を専門とするチームで今までも危険人物と判断した探求者やギルドにとって邪魔な存在は彼らの手を借りて消して来た。
彼らの力は王国でもかなり根深く裏社会では知らぬ者が存在しない程の暗殺者集団である。
だがその提案にフォルゲムは首を振った。
「それだけは絶対にやめた方が良い。お主も見たように彼奴らの実力は本物じゃ。何より彼奴らに毒は効かぬと思った方が良い」
「何?」
「忘れたか?彼奴らは嘆き森の出身じゃぞ?そこに存在する魔獣をお主が知らぬ筈なかろう」
「…………」
嘆きの森と呼ばれる由来はそこに住む魔獣の殆どが毒を持つ事に起因する。
いや、魔獣のみならず植物でさえ恐ろしい毒物を持っておりそれをたった一滴でも服用してしまえば泣き喚き苦しみながら死を遂げる。
それが原因で昔は死の森と呼ばれていたが、今では嘆きの森と称される事となったのだ。
「なるほど。では確実性を期すためには何処が良いと思っておるのだ?」
「永劫の谷が良いかと思っています」
「理由は?」
「あそこは瘴気に溢れており、四大魔鏡の中でも最も危険とされ解明されておる魔獣もアンデットくらいしかおりません。
何よりあの谷から帰還を果たしたのはただの一人もおりません。仮に……そう、仮に戻って来たとしたら我々に長年入ることのなかった情報が増えるだけです。まぁもしもそうなったら我々には最早打つ手はないと思って良いでしょう」
「それなら先に渇きの砂漠や無慈悲の山に送った方が良いのでは?」
それまで静観していたギルド長の一人。クリュードが提案する。
「ダメじゃ。その二つは過去に帰還した者達がおる。まぁどちらも手前くらいで引き返してきた者達じゃが、それでも確実性を期す為なら永劫の谷以外にはないじゃろう」
危険極まりない魔鏡であってもそれには一応の順位があった。
その中でも嘆きの森はまだ最も生還率が高く、次は渇きの砂漠と無慈悲の山であったが、永劫の谷だけは長い歴史の中でただの一人も帰還者がいない魔鏡であった。
何故嘆き森の生還率が高かったのか。その理由の一つとしては水源があったからだ。
人は生きている限り飲食を必要とする。だから水源の確保が出来た嘆きの森では多くの者が非業の死を遂げたが、生きる事が出来た者もいた。
しかし渇きの砂漠には滅多に雨は降ることがなく植物は死に絶えていた。
無慈悲の山も同じで火山地帯となっており、そこでは常に暗雲が空を暗くさせ雨の代わりに灰が降り続けている。
故に自分たちが持ち運んだ物がなくなればそれで終わりだ。
その前に魔獣と出くわさなければという話だが。
それらに引き返え永劫の谷には水源どころか生物さえいないとされている。
何せ谷からは常に瘴気が溢れており、マスクがなければ肺を腐らせ死に至る。
持ち運ぶ水もその瘴気によって腐ってしまう為に生還者は誰一人としておらず、ギルドでも確認できているのは瘴気の谷から最も近いとされている村で稀に死者が骨となったアンデットになるくらいしか確認されていない。
そういった理由でフォルゲムは確実にナナシ達に死んでもらうために永劫の谷を選んだのだ。
「決まりだな。では『死の風』を永劫の谷に送る為の経路や費用。それとそれまでに起こりうる被害状況の予測を立てるとしよう」
ディストナの判決でその後は細々とした計画案を練る事となった。
一方その頃。
「しかし本当に魔鏡に行く事とになるのでしょうか?」
ノフィティスが入れてくれたお茶を飲みながら俺は地図を開いて次の目的地を検討していた。
対面には旅支度を整えているノフィティスがいる。
「あぁ、まず間違いなくあるだろうな。あんだけ好き勝手に暴れたんだ。奴らは俺たちを使い潰す気で魔鏡に追いやるだろうな」
「全く。腹の立つ話ですね。向こうから喧嘩をふっかけて来たのに……」
「しょうがねぇさ。知識がなかったとはいえ、自分を基準にして考えてたから知らぬ間にやり過ぎてたんだ……クソっこんな事なら村を焼いた奴らを直ぐに追っかけてりゃ良かったぜ」
俺は地図を見ながら最初に訪れた集落を思い出し自分のアホさ加減に腹を立てる。
「ご主人様……大丈夫ですよ。私達なら必ずやり返してやれます!」
「あぁ、そうだな。ふざけた奴らには地獄を見せてやろう」
俺はノフィティスに向けていた視線から再び地図に目を落として次の目的地を考える。
ギルド長は今王都へ向かって俺の金クラス昇格の報告に向かっていってるが、実際は俺たちを殺す為の算段を立てに向かいに行ったに違いない。
理由は昇格試験中にギルド長が終始俺たちの試合を見ながら箱のような物を向けていた。初めて見る者だったが、俺が移動するたびにそれに向かってピントを合わせるような動きをしていたから多分ビデオカメラ的な魔法道具だと思ったからだ。
ファンタジー者には欠かせないアイテムとして魔法道具は必ずある。だからギルド長が待っていた物が映像を記録する物だと考えたら自然とそれが何かがわかった。
そう考えるとギルド長の行動は何となくわかった。
俺たちの闘技場での行動は明らかにやり過ぎだろう。異常といっても良いくらいだ。
まぁそンなことをした俺がいうのもなんだが、決して常識が抜け落ちてるというわけではない。
客観的にみたら嬲り殺しを楽しんでる異常者でしかねぇからな。
だが、その行動に俺は罪悪感なんて感じない。なんてったってノフィティスを蔑んだんだからな。
誰だって自分の宝物を傷つけられたら怒るだろう?それと同じ理由だ。
だから俺は俺自身が異常者である事は認めるが変える気はないし、直す気もない。
故にあの爺さんは俺たちを危険人物として見て周辺地域への被害を考え俺たちを殺そうとするだろう。
だが、きっと直接的行動には出ない。何度か話すうちにあの爺さんは裏でこそこそ考える策士タイプの人間だとわかったからな。
つまり暗殺者をけしかけて俺たちを怒らせる行動はとらず、ギルドの依頼としてどこかの魔鏡に向かわせようとするだろう。
それに従うのも良いかと思ったが、それではこの世界の知識を身につけることが出来ず、辺境からまた辺境へと移動するだけになってしまう。
それでは力はつくが常識知らずになってしまうので現在逃走劇を思案中だ。
金は持ってきた毛皮などで十分にある。
この世界の金銭感覚は少しの間生活する事でなんとなくわかった。
ぶっちゃけ何処かで家を買って三人で普通に暮らしてれば何もしなくても半生は生きられるくらいに金持ちだ。
けれどそれじゃ足りない。
目的の為にはそれだけじゃまだまだ足りないのだ。
何処かで家を買うのは良いかもしれないが、それ以外にも安定した収入源は勿論あとは武具と……。
「奴隷か……」
「どうなさいました?」
「なぁ、武具が充実してて奴隷なんかもいる所とか知らないか?」
「武具や奴隷ですか、そうですね」
ノフィティスは作業を止めて一緒に地図を覗き込む。
「出来れば金も稼げる所が良いが……まぁ流石にそこまでは高望みしないが、せめてその二つがある場所なら助かる」
「あ、ありますよ。武具も奴隷もお金も揃ってる場所!」
「本当かっ?!」
「はい。奴隷の時に一度そこを通った事がありますから……確かここです、コンカッサロン!」
地図に指を置いた場所は俺たちがいる場所からかなり離れた場所で大陸の中央部からやや右に逸れた所を示していた。
「少し遠いが……うん。行けなくはないな」
「この距離ですと馬を使っても二ヶ月はかかりそうですがビィドならその半分くらいで行けそうですね」
「あぁ、途中でいくつか町を経由していく事になるだろうが食料も出来るだけ買っといた方が良いだろうな」
「はい。早速行ってきましょうか?」
「いや、俺も一緒に行くよ。ついでに新しい武器も出来てるだろうしね」
俺は見ていた地図から目を離すとそのままノフィティスと一緒に町へと出かけて行った。
ここからは余談になるが、あの試合の後。俺たちは色んな意味で町の奴らから注目されるようになり通りを歩けば人は掃け、裏通りを歩けばゴロツキすらも近寄らなくなった。
理由は絡んできたゴロツキは綺麗に掃除してやり、いちゃもんをつけてきた店主には飛沫感染による毒をプレゼントしていたからだ。
俺たちの身体は嘆きの森に適応する為にあらゆる毒の抗体を持っている。
その数は凡そ数百種類。普通に考えればそんな膨大な量の毒をほぼ毎日投与し続けたら人体は適応できずに細胞が破壊されて死ぬだろう。
だが俺たちは生きている。理由はたぶん俺たちが日常的に食べ続けていたあの白い幼虫だと思ってる。
猿と遭遇して生き残った日、俺はまだ死んでいなかった猿を二匹捕獲してちょっとした実験をしてみた事がある。
一匹は一種類の毒を定期的に与え、もう一匹には食事の中に虫を与えながら同じ毒を定期的に与え続けた。
その結果。幼虫を食わせていなかった猿は三日と持たずに死んだが、虫を与えていた猿は二週間ほど耐え続け二種類の毒の抗体を作ったが精神が持たなかったのか、ストレスで死んでしまった。
マッドサイエンティストと罵られても仕方ないのだろうが、俺は必要な事だったと思ってる。
そのおかげで俺たちの身体は毒への適応力が飛躍的に上がっていき、通常の人体では耐えられない数の毒の抗体を持つようになった。
しかもそれだけじゃない。膨大な抗体のお陰か俺とノフィティスは意図的に毒を生成する事が出来るようになった。
人は頭の中で思い描いた味を想像すると唾液の成分がそれによって変わってくるという。
普段は抑えているが、甘いものを想像すると口内に分泌された唾液には麻痺性の毒を生成し、酸っぱいものを想像すると昏睡状態になる毒を生成出来たりと色々ある。
それらを掛け合わせたりして新種の毒を作ることも可能と言えば可能だが、それをするとどうなるのかははっきり言って俺にも分からん。
唯一わかってるのは辛いものと甘いものを想像したときに出来るのは高熱と呼吸器官に影響を及ぼす毒が作れるというくらいだ。
それ以外は実験材料がいない為解明出来ていない。
町に着くと買い物をノフィティスに任せて俺は鍛冶屋へと足を運んだ。
店の店主も最初は俺の依頼を渋っていたが、作って欲しい武器の特徴や外見を説明して職人魂に火を付けるように少しだけ挑発したら簡単に引き受けてくれた。
「よぉ、頼んでたもんはできてるか?」
「む?お、おぉ。あんたか……ちょっと待っとれ」
そういって店主の爺さんは店の奥へと行くとすぐに布を巻いた一メートル強はある棒を持って現れた。
俺はそれを受け取ると布の包みを取って中身を確認する。
それは刀身が波打つように螺旋状に作られた片手剣だった。
『フランベルジュ』という武器がある。
それは刀身が波打ち通常の剣に比べて歪さが際立つものであり、斬りつけるにしても、突き刺すにしても不向きな扱い辛い武器であるが、それらを代償にフランベルジュには特殊な効果があった。
それは受けた相手の傷を治し辛くさせるという副次効果。
刀身が歪む事により、切断することは出来ないが、肉を切り裂けば爛れたような傷になって止血がしにくくなり、苦痛も倍以上になる上に治療が遅れると破傷風にもらなって最悪命を落とすこともある武器だ。
鍛冶屋の爺さんに頼んだのはそれの片手剣バージョンのフランベルクという武器だが、こいつは片手剣というよりもエストック。つまりは刺突武器に近い武器でもある。
この世界には外皮がやたらと堅い魔物や人間相手なら鎧を着込んだ奴らが多い。そんな奴らを相手には『斬る』よりも『刺す』方が良いと思ったからだ。螺旋状にして貰ったのもその為だ。
俺はフランベルクを右手に握ると数度振り回して感触を確かめる。
石槍に比べて格段と重量は変わってくるが、それでも馴染まないわけじゃない。
握りの部分も俺の手に合わせて凹凸が作られているので直ぐに慣れるだろう。
「注文通り、良い腕だな」
「ふんっ。ガキがよう良いよるわい。それにしても作っといてなんだが、こんな武器が本当に役に立つのか?」
「それをこれから証明してくんだよ。それよりもこの武器に関する設計図は貰ってくぞ。当然この事を口外したら……」
「分かっとるわい。わしもまだ孫の顔を見とらんからの。金は充分に受け取っとるから心配すんな、ほれ。これが設計図じゃ」
「話が早くて助かるよ。それとこいつは礼だ」
俺は設計図を受け取ると代わりに金貨を一枚指で弾いて爺さんに渡し、店を出て行く。
俺はフランベルクを腰に下げ、マントで隠すようにすると帰路へとついていった。