第五話 第一試合 弓
ギルドの裏手側にはちょっとした訓練場が設けられていた。
普段は新人や駆け出しが暇を持て余している先輩探求者から剣や弓・魔法などの指南をする場所で五、六人くらいがいれば良い方な場所なのだが、今はけっこーな人だかりが訓練場に押し寄せていた。
その数は凡そ百。
皆一様に金クラス相当の新人が現れたという噂に惹かれて集まった猛者達で下は石から上は銀まで幅広く物見遊山をしに集まっていた。
もちろんそんな数の探求者達がたまたまこの町のギルドに集まっていたわけではなく、ギルド長の提案から二週間が過ぎその間に噂が広まって近隣にいた探求者達が集まってきたのだ。
この世界における金クラスの探求者は近隣諸国を合わせても二十人に満たない上に平均五人で一つのチームを組んでいる為非常に稀有な存在だ。
それなのにギルドが定めた二人のチームで金クラスの探求者が現れたとあっては興味を惹かれない方がどうかしている。
お陰で募りに募った結果。百を超える探求者達が田舎町のギルドに押し寄せる羽目になったのだが、当然そんな大規模な人数が収容できる筈もなく町の外でギルド従業員が総出で簡易闘技場を作ってる最中だ。
彼らはその闘技場が出来るまで暇を持て余しており、仲間内でどんな奴なのか、相手は誰なのかなどわいのわいのと楽しそうに話をしている。
そんな中。ギルド二階にあるギルド長の部屋の中で頭を抱え溜息を連発し続ける者がいた。
「はぁ〜……何でこんな事に」
「それは仕方のない事だと思いますよ、ご主人様」
コトッとメイドのように紅茶を淹れてくれたノフィティスが告げる。
「まぁ、そうなんだが……それにしたってこの馬鹿騒ぎはおかしいだろう。俺はあのあと直ぐに手合わせして『はい、終わり』ってなるつもりだったんだぞ?
それなのにあの爺さんときたら『すぐに用意出来る探求者はおらん。こちらで厳選するからその間に対人戦の訓練を積んでおくが良い』とか言って、任せたらこれだよ」
「でもご主人様の実力を測るにはやっぱりそれなりの者が相手をしないと成り立ちませんし、聞いた話では銅クラスは兎も角。銀クラスの探求者はこの国だけでも百人くらいしかいませんので呼び出すのにはやっぱりそれなりの時間が必要なんだと思います」
「それは……そうなんだがよ」
最もらしい事を言われて口ごもってしまうが、俺は出来れば殆ど目立たずに裏で行動して行きたかったのに登録しに来て早々にスター扱いとか本当勘弁してほしい。
ちなみにビィドはいつまでも町の入り口付近にいさせる訳にもいかず、今はギルドの馬小屋を丸ごと借りてそこに寝泊まりさせている。
「そんなことより試合の方は大丈夫何ですか?話では実戦形式で行うという事でしたが……」
「んー、まぁ何とかなるだろ。武器は自前のものを使って良いって事だし、いざとなればアレを使えば良いしな」
「ご主人様……流石にそれはやめた方が良いと思いますよ。罪人ならばいざ知らず、相手は同じ探求者であって敵ではないんですから」
「はははっ心配すんなって。使うって言ってもしばらく動けなくなるだけだ」
「それでもです。非人道的と言われても仕方ないものなんですから」
呆れ返った表情を浮かべたノフィティスが自分の分の紅茶を淹れて隣に座ると扉の方からコンコンッとノックする音が聞こえて来た。
「どうぞ」と足音でクルシュさんだと分かっていたので部屋に通す。
「お待たせしました、ナナシ様。ノフィティス様。準備が出来ましたので西門の方へいらしてください」
「ビィドはどうしますか?」
「ギルド長からは連れてきて頂いても構わないということです」
「了解しました。では一階の人払いが出来たら僕らもすぐに向かいます」
「承知しました。ではまた後ほど」
そう言ってクルシュさんが下へ降りて行くとすぐにドタドタという地響きに近い足音が聞こえて先ほどまでのどんちゃん騒ぎが嘘のように静かになっていった。
「……さて、それじゃ俺たちも向かうとするか」
「そうですね」
短く言葉を交わすと俺たちはそれぞれ武器を手に部屋を出て行く。
「そういえばミニクロの調子はどうだ?」
「問題ありませんよ。今日もしっかりチェックしましたが、動作に支障はありません」
ミニクロは俺がノフィティスに作ってやった予備武装の一つ。ミニ・クロスボウのことだ。
射程も短く連射性も威力もノフィティスが普段から使ってる弓に劣るが、小型であること秘匿性に優れていることから護身用としては抜群の効果を発揮する。
地球にいた頃に散々やり込んだアサクリからヒントを得て作ってみたのだが、獣相手には小動物くらいにしか効果を発揮しないものの人間相手なら十分通用するはずだ。
俺もノフィティスと同様のものを左腕に仕込んでいるが、出来れば使わない事を願うとしよう。
★
ビィドを連れて西門を出ると百メートル四方に囲んだ木の柵が設けられ、その周囲には先ほどまでギルドでたむろしていた探求者と村人達が集まり、総勢二百を超える人だかりが出来ていた。
誰かがビィドの姿を見て声をあげると先ほどまでまでのざわめきがより一層強くなり、気が滅入りそうになるが、ここまできておいて今更引き返すのも癪なので俺は気合を入れ直してその人だかりへと入って言った。
毒を食らわば皿までとは本当によく言った言葉だよな。
「おい、あれが……」
「嘘だろ。あんなヒョロイ奴があのヘルウルズを?」
「マジかよ。俺は夢でも見てんのか?」
「本当に従えてやがる、信じられん」
「いつでも逃げれる準備をしておけ、あんなんが暴れたらたまったもんじゃねぇ」
耳が良いってものも困りものだな。
向こうはひそひそ話をしているつもりなんだろうが、バッチリ聞こえてくるぞ。
「おい、あの後ろの女……」
「あぁ。間違いねぇ獣人だな」
「うへぇ。本当に連れてたんだな。気持ち悪ぃ」
「愛玩用じゃねぇか?」
「はぁ?!嘘だろ?!」
「だとしたら間違いなくイカれた変態やろうだな」
「世界は広いなぁ〜」
……………………………はぁ?
俺は声のした方を睨むと話をしていた奴らと目が合い、顔を背けられた。
よし、顔は覚えた。お前ら後で殺す。必ず殺す。絶対殺す。
殺気と殺意と憎悪と忿怒が同時に込み上げ、自分でも抑える事なくダダ漏れ状態になる。
俺の可愛い娘みたいなノフィティスを気持ち悪い?愛玩用?冗談も大概にしろよ。全く面白くもねぇぞ。
人間至上主義の国とは聞いてたが、テメェら人間如きがどんだけ偉いんだよクソが。
「ご主人様っどうか今は抑えてください!」
後ろから小声ではあるが、ノフィティスから注意されて我に返ると「私なら大丈夫ですから」と続けられ思わず怒りの燃料がトン単位で追加されたが周囲が若干静まっていたことで漸く冷静さを取り戻せた。
いかん、いかん。
こんなことは分かってた事だろ。落ち着け俺。
落ち着いて森で鍛えた聴覚と嗅覚を駆使してノフィティスを蔑んだ奴らの顔と匂いと足音をしっかり覚えろ。
復讐と報復はこの後でも出来るからまずはしっかり記憶に焼き付けておけ。
え?許す?はははっ。許すわけねぇだろ。
「おぉっ!待っておったぞ。ナナシ殿それにノフィティス殿」
「あ?あ、これは失礼。ギルド長、お待たせしました」
「構わんよ、ちょうど最終調整も終わったところでな。こっちに来とくれ」
ちょうど良いタイミングにギルド長が現れてくれたので、俺たちは後をついて行くと体育祭なんかでよく見る簡易テントのような場所に連れてこられた。
そこにはギルド職員の他に四人の探求者がいた。
四人とも見るからに高そうな全身鎧や防具に身を包み、ボディービルダーみたいな巨漢は背中からクレイモアのような大剣を背負っている。
凄いな、ノフィティスの身長くらいあるんじゃないのか?あの大剣。
「待たせたの。彼が噂の金クラス探求者のナナシ殿とノフィティス殿じゃ」
「ほぉ……私は銀クラスチーム『牙狼の瞳』のリーダーをしているヴァゼン・ハイム・フルート。こっちは副リーダーの」
「シルベスト・クラーゲンと言います。以後お見知り置きを」
ギルド長の紹介にいち早く反応したのは大剣を背負った巨漢だった。見た目からして三十半ばくらいだろう。副リーダーの方はもう少し年若いから二十後半って感じだ。
「ご丁寧にありがとうございます。私はチーム『死の風』のリーダーをしているナナシ。こっちは副リーダーのノフィティスです。まぁ二人だけなんでリーダーも何もあったもんじゃありませんがね」
チーム名は依頼主や他の探求者たちにとって最も覚えやすいものとして知らせないといけない顔なので厨二チックなものが採用される事が多い。
それはこの世界では当たり前というか普通の事なので久しぶりに滾ったオタク心を満たすために痛々しいチーム名にしてみたが……なんだろ?なんか向こうの方がスゲェ厨二臭くて寧ろ負けた気がする。なんだこの敗北感……。
「はは。思ってたよりも温厚な方で良かった。私は銀クラスチーム『獅子王』のリーダーをしているガルーダ・クック。こっちは副リーダーのグランツと言います」
「こちらこそ宜しくお願いします」
どうやら別チームのリーダーとサブリーダーのようだ。
ってことは今回この二チームと対戦することになるのかな?
んー、出来ないことはないだろうけど出来れば一騎打ち形式の戦闘が良かったんだがチームとして名を上げて来たってことは多分そういうことだよね。
「ところで他のメンバーの方々はいらっしゃらないのですか?」
「え?あぁ、ギルド長が言ってた通りのようですね……はい。こういった最初の挨拶の時は各チームのリーダーと副リーダーだけが出席して他のメンバーは後ろで控えさせているんです」
ガルーダなる男が後ろを指差すとそこには六名の武装した探求者たちが此方を見ていた。
何となくだが、そのうちの何人かから不穏な空気が伝わってくるきた。……まぁ今は無視して良いかな。
「失礼だが、噂ではナナシ殿はあの嘆きの森出身だとか。一体どこまで本当なのですかな?」
ヴァゼンが口を開いてまるで信じ切っていない瞳で訪ねてくる。
うん、まぁそりゃそうだよね。四大魔境の一つとされる嘆きの森出身って聞いたらそりゃ疑いたくもなるよね。
でも疑うのは良い。それは当然の事だからな。
俺だってこの世界の知識をある程度身につけていてそんな奴が目の前にいたら疑いたくもなるさ。だからそれはしょうがない。
だが、そんな噂を流す奴はちょっと許せないな。人の個人情報をベラベラ喋られて良い気はしないからね。
「ははは。どこでそんな噂が流れたのですか?」
「……」
チラリと横目でギルド長を見るとわざとらしく他の職員の方へと視線を泳がせている。
はい、決定&確定。後で慰謝料くらいは請求してやろう。
「それで、どうなのですか?」
「えぇ。私はあの森の出身ですよ。ついでに言っておくと彼女もそうです。正確には私よりも短い期間ですが、それでも一年間はあの森で暮らしていました」
そこでノフィティスに視線が集中するが、それは驚愕のものではなく蔑みの眼差し。唯一この中で俺と同じくらいの歳をした『獅子王』のグランツだけは純粋に驚いているようだが。
「そっ」
「もしも、彼女に何か言いたい事があるなら言葉は選んでくださいね?こう言ってはなんですが、私は彼女を娘のように溺愛してますから」
「ご、ご主人様っ!」
若干殺気を混ぜながら注意をしたので声を上げようとしたヴァゼンはそこで押し黙ってしまう。
「うむ。挨拶は済んだようじゃな。それではこれより金クラス昇格試験を開催しようかの」
「昇格試験?」
タイミングを見計らったギルド長が声を上げるが初めて聞く事に思わず聞き返してしまう。
あれ?これってただの手合わせじゃないの?
「うむ。金クラスは魔獣の討伐意外にも個人の対人戦闘スキルも十分になくてはならん。ナナシ殿は魔獣討伐に関しては文句なしだったが、対人戦は別じゃ。
これより行われるのは一対多数の戦闘。
対戦者はヴァゼン殿率いる『牙狼の瞳』対ナナシ殿。とガルーダ殿率いる『獅子王』対ノフィティス殿じゃな」
初耳にも程があるぞこの爺ぃ……。
「うちにはビィドもいるのですが?」
「あぁ、その事なんじゃが。ヘルウルズはあくまでも魔獣じゃから出場させるわけにはいかんのじゃ。というか間違いなく死人がでるからの」
まぁそれもそうか。一応ビィドにもそれなりの調教は施してあるので命令した意外で人を殺すことはないが、第三者がそれを認めるわけにはいかないんだろうな。
「了解しました。それでは早速始めましょうか、最初はどちらから?」
「うむ。やはり副将戦からじゃろう」
「ん?ちょっと待ってください。ウチはそれでも構いませんが、形式的とはいえ獅子王の方に副将とは失礼ではありませんか?」
「安心せい。両者からは納得してもらっとるわい」
「はい。お気遣いありがとうございます、ナナシ殿」
あ、つまりこれ俺たちだけ何も知らされてなかった感じですか。はいそーですか。すっげー除け者感はんぱねぇけど、いいや許してやるよ。……慰謝料いくらにすっかなぁ〜。
そこで一時解散となり俺とノフィティスだけがその場に残る形となった。
「というわけだ、ノフィティス。頑張ってこいよ」
「はい。精一杯やらせて頂きます」
「間違っても殺すんじゃないぞ?」
「やりませんよ!」
「冗談だよ。それより自分でも危険と判断したらアレの使用を許可する。それでもダメなら迷わず棄権しろ」
「承知しました。ですが、棄権はしません。そんなものはありませんから」
「はははっ。間違いない。よし、それじゃ征け。征って奴らを屠ってこい」
「はいっ!征きます!」
★
『それではこれより!金クラス昇格試験・対人戦闘を行います!両者前へっ!』
魔法で声を拡声してるのか観客中に聞こえる声量でギルド長が声を張り上げる。
俺から見て左側からはノフィティスが。反対側からは獅子王がそれぞれ臨戦態勢で入場する。
ギャラリーの声が地響きを起こす程に盛り上がる中、ノフィティスに目をやると静かに目を閉じて意識を集中させ続けている。
今回の戦闘はぶっちゃけていうとノフィティスはメチャクチャ不利だ。なんせ彼女は弓をメインにした長距離戦闘に特化している。それなのに獅子王は五人でチームを組んでる上に前衛が三人。それぞれ剣や斧で武装して後衛には同じ弓使いと杖を持ってることから魔法職が一人いる。
バランスを考えれば魔法職の方は戦闘系よりも回復か状態系魔法を使うのだろう。
それなら最初に狙うのは魔法職の奴から潰すのがセオリーだが、その前には重厚な武装を整えた前衛がいるから容易ではない。
「……なーんて皆んな思ってるんだろうなぁ」
『それでは第一試合始めえぇっ!!』
開始の号令と共に前衛二人はノフィティスに突っ込み先制攻撃を仕掛け、残った一人は背後の二人を守るように盾を構えている。
弓使いは既に弓を引いてノフィティスに射かけ、魔法職は何かの詠唱を始めている。
対してノフィティスは未だ瞼を閉じて意識を集中させ続けている。
観客の誰もがもう終わりかという雰囲気になった。
「舐めるなよ。養殖供」
突撃した前衛二人があと数メートルでノフィティスのいる場所に近づこうとした瞬間。ガシャンッと斧を携えた全身鎧を着用した男がその場に転倒した。
観客の誰もが呆然として突如倒れた仲間に意識をそらしたもう一人の前衛は足を止めてしまう。
「お前たちが相手にしてんのは獣人の小娘なんかじゃねぇ。地獄を生き抜いた猛者だぞ?」
嘆きの森は奥へ進むほど危険な魔獣が存在する。
その中でもトップ10に入る危険な魔獣はなにかと聞かれたら俺は間違いなく『猿』をランクインするだろう。
それは単体では森の中ではかなり弱い分類に入る。猿の牙には麻痺性の毒が微弱ながらあり、一度噛まれた程度ならジーンとする痺れが来るだけでそれ以外は特にない。
だが、猿には厄介極まりない特性があった。
それは集団行動。
単体で行動しているところを一瞬で息の根を止められたら何もないが、仮に撃ち漏らしたら猿は渾身の力を振り絞って鳴き声をあげる。
そうなったらもう手がつけられない。
何処からともなく何十匹もの猿が臨戦態勢になって木や枝を使って縦横無尽に飛び回り、攻撃を仕掛けてくる。
一瞬だけでも気を緩めたら即座に噛み付かれ、噛まれ続けると麻痺は蓄積して最後は指の一本も動かさないまま生きたまま食い殺される。
あれは本当に地獄だった。
しかも連携を組んでくるから厄介極まりない。
何時間も続く戦闘を俺たちは生き残ったんだ。それをあんなチャチな襲撃で終わるはずがない。
会場に目を戻すと倒れた男の足には鎧の隙間から矢が刺さり、足を止めてしまっていたもう一人にも丁度矢が刺さって悶絶している。
おいおい、あの程度で痛がるなよ。男の子だろ?
そんなことを思っていると弓使いが放った矢がノフィティスに飛来するが、ノフィティスはあろうことかそれをキャッチする。
観客にどよめきが走るが、あんな遅い矢じゃ掴まれて当然だろうと思った。
すぐにそれを使って撃ち返すかと思ったが、ノフィティスはそうはせず、鏃を腰のポーチに突っ込むと弓に装填してゆっくりと後方にいる彼らの元へ歩き出す。
「あぁ……そういうことか。そりゃ痛がるわけだ」
ノフィティスの腰のポーチには数種類の毒が入った小瓶がある。
たぶん今あの鏃には激痛の走る神経毒……おそらくだが、ノフィティスに最初に投与した毒蛇から抽出した毒を薄めたものがたっぷりと付着しているんだろう。
あれはいくら薄めてあっても痛い。爪の間に針を通されるような激痛だ。そりゃ泣き叫ぶ程痛いわな。ご愁傷様。
あまりの光景に後方の三人は惚けていたが、すぐに気をとりなおして魔法職の奴は呪文が完成したのか魔法を発動させる。
途端に前衛にいた戦士の足元が青白く光る。何の魔法かはわからないが、状態系魔法だとすると防御力アップか筋力アップだろう。うん、関係ない。
走り出した剣士は真っ直ぐにノフィティスに斬りかかる。
その瞬間、ノフィティスは歩みを止めると弓道のように姿勢を正して高速の矢を射る。
相手方が放った矢よりも早く飛来する矢は振り上げた剣士の剣と頭の間の僅かな隙間を通り、後方に控えていた魔法職の奴の左肩に命中する。
「ぎゃああああぁぁあっ!!」
突然の絶叫に剣士はその場に立ち止まり後ろを振り返るとそこにはあまりの激痛に涙を流し、悶絶しながら失禁する仲間の女魔法職が転げ回っていた。
剣士は何が起きたのか、弓使いは訳がわからないといった表情でいる。
観客も同様だ。それもそのはず。他の奴らにはノフィティスが弓を外したように見えたはずだからな。
そんな仲間に気を取られているうちにノフィティスは容赦なく弓使いにも矢を射り、弓使いも同様に転げ回ってしまう。
「いでぇっイデェヨォア」
「があああぁあっ!」
「だずけでっ!だれかだずげてぇっ!」
「なんだよっこれ!クソくそグソがあ」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
そこは最早闘技場でもなんでもない。
観客の誰もが息を呑み、未だただ一人残っている男。
リーダーのガルーダは現状が飲み込めず呆然と立ち尽くしていた。
次々と倒れ泣き叫ぶ仲間たち。未だ無傷の自分を喜ぶ余地はないほどに彼は立ち会っていた。
そんな彼にノフィティスはゆっくりと近寄るとそっと両手を彼の首に回しす。その光景は愛しい男性に抱擁する女性のように見えた。……俺でさえ寒気がするほどの冷徹な笑みを浮かべていなければ。
そして耳元で何かを囁くと彼はゆっくりと膝を崩し、手にした盾と武器を落として倒れてしまう。
ビクビクと打ち上げられた魚のように失神する彼を差し置いてノフィティスは俺の方を見ると満面の笑みで手を振ってくる。
俺もそれに答えるように手を振り返してやった。
『しょ………勝者。し、し死の風のノフィティス!』
ギルド長が震える声で勝利を宣言する。
そこに歓声は静寂の代わりに震える手による拍手が送られた。
ノフィティスがガルーダに言った言葉。
距離が開いていたがギリギリ聞き取れたそれは。
『私達を舐めるなよ、養殖』