第三話 決意
一年後。
「ビィド、そっち行ったぞ!」
「ガウッ!」
密林をものともしない動きで逃げ惑う牡鹿を付かず離れずの距離を保ちながら俺とビィドは駆け巡る。
仕留めようとすれば直ぐにでも出来るだろうが、見るからに毒々しい紫色をした角に触れるといくら抗体を持っていても激痛と痺れでしばらく身動きが取れなくなるからだ。
そうなるとせっかく追い込んだ獲物を逃がしてしまう。
俺とビィドは予定したコースに誘導しながら牡鹿を追い込んでくしかない。
しばらくそのまま誘導を続けていくと密林が薄れ、背の高い岩場に囲まれた場所に出た。
あと少しで予定のポイントだな。そう思った瞬間、牡鹿は何かを感じ取ったのかトチ狂った様に走る動きを急停止して俺の方へと突っ込んできた。
突然の襲撃に驚いたが、俺は持っていた石槍で牡鹿の首目掛けて突き刺す。
「グオォッ?!」
牡鹿は短い悲鳴をあげるが、致命傷には至らず仰け反らせた体勢をすぐに戻して突進してきた。
まずいな、避けるのは簡単だがここで取り逃すのは惜しい!
仕方なく俺は前屈みになって牡鹿の突進の受け身を取ろうとしたその刹那。
ヒュンッ!
何かが牡鹿の頭ーーより正確には正面から見て右耳にーー刺さり、牡鹿は体勢を崩してゴロゴロと転げまわると俺の目の前くらいで止まり動かなくなった。
見ると牡鹿の右耳から一直線に一本の矢が突き刺さっていた。
俺は矢を引き抜くと、飛んできた方に目をやる。
「よくやった、ノフィ。また腕を上げたな!」
そこには一年前とは見違えるほどに成長したノフィティスが弓を携えてやって来た。
細い黒髪をなびかせて来る彼女はもう立派な大人に見えるが、年齢的にはまだ子供のはずだ。
獣人だから人より成長が早いのだろうか?
そんな事を考えているとノフィティスは怒ったように頬を膨らませて絡んできた。
「よくやったじゃないですよ!なんで今避けようとしなかったんですか?!」
「逃したら肉が食えねぇだろ?」
「だからといって真正面から受け止めようとしないで下さい!前々から言ってますけど、ご主人様は無茶が過ぎます!」
流石に一年も寝食を共にしていると言葉も流暢なものになる。
そのおかげで色々と知ることが出来たが、俺たちは未だにあの時と変わらない洞穴で生活している。
そして何故かノフィティスは俺のことを『ご主人様』と呼ぶが、不思議と気恥ずかしさがない。
一度だけ友人に連れられてメイド喫茶に行ったことはあるが、その時は余りの違和感と甘い声を出す従業員に終始背中がぞわぞわして癒されるどころ緊張と恥ずかしさから悶絶死しそうになった思い出がある。
にも関わらず、何故かノフィティスから呼ばれても何も感じない。それどころか普通に名前を呼ばれてるような馴染みさえ覚えるのだから本当に不思議だ。
「悪かったって、それより血抜きしといてくれ。俺はその辺から枝拾って来るからさ」
「むぅ……本当に分かってるんですか?はぁ、了解しました」
渋々といった様子でノフィティスは了承してくれると持っていた石包丁で手際よく血抜き作業に取り掛かってくれる。
そんな様子を尻目に、俺は森の方へ向かい手頃な枝を見つけてそれをYの字型になるよう余分な小枝を切り落としていく。ついでに蔓も見つけたので持っていった。
血抜きが終わるまではまだまだ時間が必要だが洞穴に戻るまでにはそこそこ終わるだろう。
俺は両側に分かれている枝の方に牡鹿を拾ってきた蔓で縛り上げ落ちないようする。後は一本になってる方を引っ張れば橇の完成だ。
「ビィド」
近くの岩場の上で周囲を警戒していてくれたビィドを呼ぶと橇の引っ張る方を加えさせて洞穴まで引っ張っていってもらう。
ビィドもかなり成長した。というより成長し過ぎなくらい育った。
ぶっちゃけ俺とノフィティスの二人がビィドの背中に乗っても全く問題ないくらいに大きくなり、通常の個体よりも一回り大きく見える。
憶測でしかないが、この森でビィドに勝てる獣はそうはいないはずだ。
「ところで、本当に向かうのですか?」
「ん?あぁ。そうだな、ここでの生活に馴染み過ぎてて正直いうとめんどくさいが、流石に死ぬまでここで生活し続けるのは無理だろうからな」
「それは分かります。分かりますけど、私は……」
途端にノフィティスの表情が暗いものになる。
当然だ。なんといってもこの森の外にあるのは人間至上主義の国ばかりで、ノフィティスのような獣人は迫害を受け奴隷とされるのが常だ。
当の本人も俺に拾われる直前までは何処かの貴族の奴隷で娯楽と称して犬狩りという、猟犬をけしかけいつまで生き残れるのかを競う遊び道具として扱われていたのだ。
そりゃ表情も暗くなるってものだ。
ただそんな玩具が飼い犬と共に姿を消したのに貴族が追いかけてこなかったのは一言でいうと逃げた先がこの森だったからだ。
俺は元からこの森にいたから余り気にならなかったが、この森の外での呼び名は『嘆きの森』というらしい。
曰くその森にいる生物は巨大であり、生息する動植物の殆どが有害な毒を持つ死の森であると広く知られていたからだ。
確かにこの森にいる動植物の大半は毒を持っていて危険しかないが、住めば都というやつだと俺は思ってる。
「そんな顔すんな、いざとなればお前を守ってやれるくらいには強いと思ってるし、何よりノフィを一人にさせるつもりは毛頭ない」
「ご主人様……でしたら先程のような無茶はやめてくださいよ」
「はははっ善処するよ。
まぁ、さっきはめんどくさいって言ったけど本音をいうと興味が尽きないんだわ」
「興味?」
「あぁ、俺がこの森……いや世界に来てから凡そ一年と半年が経った。それなりに力もついた事だし、そろそろ外の世界も知っておこうと思ってな。
お前の話じゃこの世界には魔法があるんだろ?」
「はい、私は使えませんが魔力を持つ者の多くは魔法を使います」
「だろ?俺のいた世界じゃ魔法なんて夢物語も良い話だからな」
「最初にその話を聞かされた時は信じられませんでしたが、ご主人様とこの森で過ごして嫌という程体感しましたよ」
今でこそ笑い話にしているが、初めてまともにノフィティスと話せるようになった時に俺が異世界人だと教えたらなかなか信じてくれなかったからな。
まぁそれもしばらくしたら信じてくれるようになったがな。
「それで具体的にはいつ頃に出立しますか?」
「そうだなぁ、食料とか色々片付けておくこともあるから明後日くらいに行こうか」
「承知しました」
さて、そんなわけで帰ったら早速荷造りをしないとな。
用意するのは一週間分の食料と三日分の飲み水。野営用の毛布etc.etc……。
やることは思ったより多そうだな。
あぁ、そうだ。念のため数ヶ月は帰ってこれない事も見越して洞穴の偽装もしておかないとな。
盗まれて困るような物は特にないというか、そもそもあの場所までたどり着ける人間はそうはいないので人間対策というより野生動物に対する偽装をしておかないと帰ってきたら他の動物の寝ぐらにされてる危険性があるからな。
それにしてもいよいよかぁ。
思えば突然この森に来た時はとにかく生きる事に必死で森からの脱出よりも生き抜いてくことにだけ集中してたから外の世界なんて考える余裕がなかったもんな。
そもそもこの森に終わりがあるかもわからなかったしな。
白亜紀みたいな恐竜が闊歩する世界だと信じて疑わなかったのが懐かしい。
まぁ本当に巨大生物が闊歩してるんだから間違いではないか。
ノフィティスに出会わなかったら俺は未だにビィドと共にあの洞穴の中で細々と暮らしてたろうから本当に感謝の一言だよ。
「どうかしましたか、ご主人様?」
「んー、いやお前に出会えて感謝だなぁ〜って思ってただけだよ」
「っ!もう、からかわないで下さい!」
「別にからかってるつもりはないんだがなぁ」
そんな赤くなってまで怒らなくてもいいじゃねぇか。
まぁ照れ隠しでって言うのは分かってんだけどね。本当いつまでたっても子供みたいで可愛い奴だ。
「俺の爺ちゃんがよく言ってた事なんだが『感謝するときゃすぐに言え、じゃないと人はすぐに言えんくなるからな』って教えられてたのを思い出したんだよ」
元々お爺ちゃんっ子だった俺が子供の頃から遊びに行くと毎回口癖のように言っていたんだが、個人的にこのセリフは好きだ。
なかなか的を得いる上に辛辣でもあり、温かみを感じるからだ。
この際だからこう言った豆知識的なのをちょこちょこノフィティスにもら教えて言ってやろう。
「だからといってご主人様はいつも唐突すぎなんですよ……さぁ、着きましたよ」
そんな他愛のない話をしているうちにようやく洞穴に到着するとノフィティスに荷物の整理を頼み、俺は仕留めた牡鹿の解体作業に取り掛かっていった。
★
「忘れ物はないな?」
「はい、問題ありません」
大きめのザックを背負い俺たちは洞穴の外へと出て行く。
見慣れたはずの光景が広がるが、なんとなくいつもと違う少し寂しい雰囲気が伝わってくる。
「それじゃビィドよろしく頼むぞ」
「ガウッ!」
ビィドの頭を軽く撫で、俺たちが背中に乗るのを確認するとゆっくりと立ち上がって森の外へと通じる進路に進み出した。
「少し荷物が多かったですかね?」
「仕方ないだろ、俺たちには金がないんだから金策として毛皮とか持ってかないといけないからな」
「それもそうですね。人里に着いたら何をします?」
「そうだなぁ……まぁ最初はゆっくり観光でもしようか。こいつらがいくらになるかは分からんが、それで服とか色々買い足して冒険者になるのも良いかもしれんな」
「冒険者……?ひょっとして探求者の事ですか?」
夢が広がってくる中でノフィティスが小首を傾げてくる。
「こっちだと探求者ってのか?ちなみにそいつらは何するんだ?」
「えっと私も詳しくは知りませんが、依頼された仕事をこなしたりモンスターを討伐して報酬を得る人たちの事です」
「あぁ、じゃあ俺の知ってるのと変わらんな。それにはすぐなれるのか?」
「そこまでは……私は奴隷でいつも暗い地下牢にいましたから噂程度にしか知らないです」
「それもそうか。まぁなんにせよ行ってみたら分かることか」
そんな他愛のない会話をしながら森を抜けた先に広がったのはまるで森との接触を隔てるように広がる巨大な運河。
その先には草原が何処までも続いていた。
「ご主人様。もう少し上流に行った所に半壊した橋があるはずです」
「半壊?」
「はい。人間の跳躍だと少し無理がありますけど、ビィドなら問題なく飛べるはずです。私もそこを使って森に逃げてきましたから」
「へぇ、そんな場所があるんだな。近くまで来たことがあるから大きな川が流れてるのは音で知ってたが、この辺りは余り獲物がいないから殆ど散策してこなかったな」
「普通は外敵の少ない場所に移動しようと思うのですが……」
「そうか?奥に行った方が獲物は多いし、持ち運びも楽で済むから良いと思うんだがなぁ」
「言ってる事は間違ってはないですが、何故でしょう。私の中で絶対に違うと言ってる自分がいます」
「気のせいだろ」
「…………」
ノフィティスの言った通り、しばらく上流に上がっていくと確かに半壊状態のまま放置された橋があった。
落雷にでもあったのか真ん中の部分が抜け落ちていた。
この辺りは雨や落雷はそれほど珍しいことじゃないからな。随分前に焼け落ちたまま放置されたのだろう。
しかし改めて川を見ると広い。幅だけで十メートルはありそうだし流れもなかなかに早いから落ちたらかなり危険だろう。
抜け落ちた所も三メートルくらいはありそうだから確かに普通の人間じゃ超えられそうにないが、こっちにはビィドがいる。
ぽんぽんと背中を叩いてやるとビィドは助走もそこそこにピョンっと飛んで反対岸へと飛び降りた。
そのあとはひたすら続く草原を進んでいった。
ちゃんとした草原を歩くのは初めてだからか、ビィドは少し楽しそうだ。
「のどかだなぁ〜、眠くなってくるぞ」
「森に比べたらそうですね。まだ少しかかりそうですからご主人様はお休みになってください」
「いや、流石にそういうわけにもいかんだろ。ビィドにも悪いし」
長距離を歩かせてる奴の背中で日向ぼっこしてお昼寝とか悪い気しかしねぇよ。
そんな時、微かに煤のような匂いが鼻をついた。
ビィドもノフィティスも感じ取ったのか匂いの漂う方角を見つめるが視界にはまだ何も映らない。
「何だろうな……ちょっと嫌な空気だな」
「あそこには確か小さな村があったはずです」
「炊き出しとかなら良いんだが、ビィド!急ぐぞ!」
「ガウッ!」
掛け声と共にビィドは走り出して俺とノフィティスは振り落とされないようにビィドの毛皮にしがみつく。
流れる景色と打ち付ける風で何となくだが七、八十キロは出ていそうだ。
ここで振り落とされたら一溜まりもないな。
数分もしないうちに匂いの元となった村が見えてきた。
案の定村からは黒煙が上がり、焼けこげる匂いと共に血生臭い異臭も漂ってくる。
「全くせっかくの門出だってのにとんだ厄日になりそうだな」
村の近くまで来ると荷物を置いてビィドにはここで待機してもらった。
俺とノフィティスはそれぞれ武器を携えると村の中へと入っていった。
盗賊の仕業だろうか、乱雑に扉を壊された家屋の中は荒らされてそこら中に飛び散った血の跡としたいが転がっている。
刺し殺された老人。首だけになった男。嬲られたまま死んだ女性。
どれもこれもが反吐の出るほど無残になった死体の山がそれぞれの家屋にあった。
「ご主人様っあれを!」
突然ノフィティスに呼ばれて外へ出ると未だ燃え盛る家屋を指差して視線を送ると微かに人の声が聞こえてきた。
俺は近くにあった井戸水から急いで汲み上げると頭からかぶって燃えている一際大きな家屋飛び込んでいった。
「ご主人様っ?!」
「お前はそこにいろ!」
飛び込んだ先は殆どが煙で視界が悪いが見えないほどではない。お陰で中の状態を知ることが出来たがそこには荒縄で手足を拘束された女子供が十名以上いた。
殆どが煙を吸いすぎて意識を失っているが、倒れた女性の腕の中で未だ息をし続けていた子供を見つけ急いで拾い上げると一目散に外へと連れ出し、ノフィティスに預けてまた中へと入っていった。
けれど、燃え盛る炎がだんだん柱を焼いていくせいで時間ももうない。さっきみたいに探してる余裕はなさそうだ。
俺は手当たり次第に近くにいた子供や女性を抱えられるだけ持って外へと連れ出していく。
ーーバキバキッ!
「危険です、ご主人様っ!」
再び突入しようとした瞬間。
まるでそれを許さないかの如く焼け落ちた屋根が、柱が家屋の内側へと崩れていった。
それでもまだ中へ入ろうとする俺をノフィティスが決死の形相で止めてくる。
「止めんなノフィッ!まだ中に子供がっ!」
自分でも頭では助からないとわかっているのに胸の奥からくる黒い感情が湧き上がり、心臓が高鳴って抑えが効かない。
クソっクソクソクソっ!
「どうか落ち着いて下さいご主人様!それよりも今はこの子達です!」
ノフィティスの訴えに俺は視線を燃える家屋から助け出した子供に目をやる。
「っ!……ノフィ井戸の側まで離れるぞ」
「承知しました」
俺とノフィティスは両脇に助けれた四人の子供を井戸の側まで運んでいくが、必死の延命処置も虚しく既にそのうちの三人は息を引き取っていた。
唯一助けられたと思った最初の子供も肺をやられたのかしばらくしてから息を引き取ってしまった。
「……」
「あの……ご主人様?」
「……ここでは、よくあるのか?」
「……」
「そうか……」
重い空気が流れる。
そりゃそうだ、結局誰一人助けることが出来なかったんだならな。
それにノフィティスの反応からしてこういった殺戮は珍しくはないようだ。きっとノフィティスも似たような経験をしてきたのだろう。
はぁ……最悪だ。
本当に最悪な一日だ。何が門出だ。何が探求者だ。
そんな話をしている間にもっと早く森を出ていたらこんな……いや、止めよう。こんな話をしたところで何も変わらない。
むしろ悪くなる一方だ。それなら少しでもこんな事が起こらないように考えた方が良い。
俺は必死になって自分に「目をそらすな、前を向け」と言い聞かせてノフィティスに話題をふる。
「今まで聞いてこなかったが、ノフィ。お前はどうして奴隷になったんだ?」
「ご主人様……それは」
「頼む。今だから聞きたいんだ」
口ごもるノフィティスは俯いたが、やがて決心がついたように語ってくれた。
「分かりました。
……私の生まれ故郷はオルタールという北の大地にある小さな集落でした。
そこでは人間が殆ど近寄らないくらい寒い土地でしたが、私たちには天国のような場所だったのです。
近くには山から流れてきた綺麗な川があり、その土地特有の木の実や野生動物が豊富で暮らしには困らなかった。
両親も集落の皆んなもとても良い人で、大物の狩に成功した時はちょっとした宴が始まるくらい活気のある場所でした。
ですが、ある日突然盗賊がやってきて村を焼き、そこで暮らしていた皆んなを殺して行ったのです。
生き残ったのは私のような子供だけでした。
どうして私たちの村が襲われたのか、その答えは簡単でした。
『寒くなったから毛皮が欲しくなった。獣人の尻尾は何よりも暖かいと聞く。噂に違わぬ暖かさだ』
奴らはそう言って笑いながら両親の尻尾を見せつけて来ました。
悔しかったっ!そんな事の為だけに私の両親はっ!村のみんなは無残に殺されたのかっ!
……そして生き残った私たちは奴隷として売られ他の子たちは今はもう何処にいるかもわかりません。
その後は色々な貴族や商人に買われては売られ、最後には犬狩りにあってご主人様と出会う事が出来ました。
これが……これがわた、私がご主人様と会うまでの経緯……です」
当時の事を思い出してか、ノフィティスは涙を流しながら語ってくれた。
俺はそんな彼女を優しく抱き寄せてそっと頭を撫でてやる。
「……ありがとう。よく教えてくれたな」
「うっく、ひっく」
その日。
彼女はおそらく出会ってから一番の大泣きをした。
お陰で俺は彼女の事を知ることが出来たしこの世界でのやるべきことを見つけれそうだ。
★
二日後。
俺たちは村人全員の埋葬を終え次の目指す場所を検討していた。
もう誰もいない廃村となった一室で俺とノフィティスは机に広げられた地図を見ながら話し合った。
「ここから一番近い町っていうと、ここか?」
「はい。ですがそこは……」
「ひょっとして例の貴族が?」
「……はい」
「なるほどね。本当なら今すぐにでも乗り込みたいが、まだ早い……そうなると少し遠くなるがここが良いか」
「そうですね。普通だと七日はかかりそうですが、ビィドなら三日もあれば十分だと思います」
「よし、それじゃ早速向かうとしようか」
「承知しました」
行き先が決まるとすぐに旅支度を済ませて移動を開始した。
本当なら村を焼き払った奴らの痕跡を探してすぐにでも仇を討つつもりでいた。
夜になれば夜目が効く上にビィドもいる俺たちの方が圧倒的に有利で殲滅するのは簡単な筈だ。
だがそうしなかったのには理由がある。
盗賊の類なら統制もとれていない上に長距離の移動と戦闘後ということである程度は疲弊してるだろうが、冷静に村の惨状を見ると不可解な点が多かった。
盗賊なら老人や男を殺すのはわかる。女を犯して殺すのも分かる。村に火をつけるのも分かる。
けれど、誰一人として生かさずに殺し尽くしてるのがおかしい。
小さな村一つを滅ぼすくらいの勢力があるって事はそれを維持するための金が必要だ。
その収入源として奪った金品だけじゃ絶対に足りない。
小さな村の財産なんてたかが知れてるからな。生け捕りにした村人を奴隷として売り捌いてようやく釣り合うくらいの筈だ。
この時点で盗賊の可能性は限りなく低くなる。
じゃあ何処のどいつがやったんだって話になるが、次に脳裏に浮かんだのは何処かの領地の軍隊だと思った。
金に困らず勢力を維持し続けられる軍隊なら可能性としては盗賊よりも高いと思った。
けれどそれだと余りにも品のない殺し方をし過ぎている。
女性を散々辱めて殺した遺体が一つ二つなら兵の暴走だと解釈できるが、そういった遺体は両手の数ほどあり何より子供たちの手足を縛って生きたまま火のついた家屋に閉じ込めるなんて正気の沙汰とは思えない。
そんな奴らが普段は大人しく領地のお守りをしているとは考えにくいのでやはり可能性は低いだろう。
盗賊でもなく、軍隊でもない。それでいてある程度の勢力はあって金に困らず、最低限の統制がとれているイカれた集団。
そんなものが存在するのだろうか?
答えはイエスだ。
漫画での知識しか殆どない俺だが、そんな俺でも容易く想像出来る集団といったら答えは傭兵しかない。
この世界の傭兵がどういった集団なのかは分からないが、ぶっちゃけ傭兵なんて世界各国何処に行っても余り違いはないだろう。
金で雇われ、好き好んで戦争に参加して人を殺しまくってイカれてく……そういう道しか選べなかった奴も中にはいるだろうが、村の惨状を見る限りそうではないだろう。
仮に襲撃者が傭兵だしたら色々な点で村の惨状と合点がいく。
無残な死体が残っていたのも、残酷な殺され方をしていったのも注文通りにこなされたんだろう。
まだこの世界の情勢が分からないので想像でしかないが、漫画なんかであるストーリー通りならこの辺りは戦争ばかりやってて勢力が急速に拡張したせいであちこちの火消しが間に合わず、見せしめとして殺し尽くしたってのがセオリーだ。
いや、漫画としてじゃなくてこの場合は地球の歴史としてといった方がいいだろうか?
中世時代じゃこんなことは珍しい話でもなんでもなく、それこそ交通事故が多発するくらいよくある話だった筈だ。
本当に反吐が出る。
勝手に戦争始めて勢力が伸びたから反乱が起こる前に見せしめをして戦意を挫かせてくなんて、手口が三流以下も良いところだ。
しかも敵がどんな奴らかと分かっただけで、今の俺たちじゃ余計に手が出せなくなったから腹立たしいにも程がある。
相手は傭兵。数々の戦線を生き延びて尚且つ殺しを楽しめるような百戦錬磨の武装集団を相手にたった二人と一匹で勝負になるのか?
いいや、ならんね。
いくら俺たちが地獄みたいな森の育ちで狩になれてるからって野生動物と人間相手じゃ勝手が違いすぎる。
きっと奇襲をかけ、統制がとれていない状態であっても傭兵は一人ひとりが強い。
何せそれだけの戦線を掻い潜ってきたのだろうからな。
すぐに持ち直して統制を取られたら十人と殺す事なくこっちが殺されるだろう。
クソムカつく話だが、今は対抗するための勢力を作る必要がある。
昨夜。ノフィティスともその事を話し合った結果。
まずは探求者になって知識と技術を磨きながら金を稼ぐ事に決まった。
武装集団を作る前にその下地として俺たち自身の経験を積まないと簡単に崩れちまうからな。
あぁ、クソッ。異世界でも観光しようと思ってた自分が馬鹿みたいだ。
世の中は理不尽に出来ている。だから理不尽なのは良い。
それは何処にいってもしょうがないことで平等なんてものは存在しない。
そんな耳障りの良い世界なんて幻想も良い所だ。だが理不尽は許容出来るが、そのままで良い訳がない。
必ず報いを受けさせてやる。
弱い奴が弱いままで終わらせるのに俺は断固として異をとなえる。
逃げ惑う牡鹿がいつまでも逃げ続けるだけなわけがない。
弱肉強食は世の常というが、追い詰められた牡鹿は時には獅子をも殺すという事をこの世界を好き勝手にやってる馬鹿どもに叩き込んでやる。
「ノフィティス」
「なんでしょう、ご主人様」
「これから忙しくなるが、付いてきてくれるか?」
「はい。何処へでもお供します」
「すまんな……じゃあ手始めに地獄を作る下準備といこうか」
「はいっ!」