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第二話 拾い物


この世界に来てから半年がたった。

そのお陰で此処での生活もだいぶ馴染み今では大抵の虫や獣には対処できるくらいに成長した。


「キャンッキャン!」


そうそう。

変わったことといえば、家族が増えた。

子犬のような鳴き声をするのはこの世界に来てしばらくしてから遭遇した忠犬っぽい獣だ。

ただ生体になると忠犬というより虎並みに大きくなるので犬というよりジブリに出てくる狼に近い。

名前はビィド。名前の由来は特にないけど、思いついた中でかっこよかったからそう名付けてみた。


ビィドは森で見つけた子狼で、大蛇に食われそうだったところを助けたら妙に懐いたのでそのまま飼うことにした。

流石にずっと独りで居続けるのに耐えられなかったというのも理由の一つだ。


「何だよ、飯ならさっき食ったろ?」

「キャンッキャンッ」

「遊んで欲しいのか?ほれほれ」

「くぅーん♪」


あー、癒されるわぁ。

猫を飼ったら婚期を逃すとはよく言ったものだが、その理由がよくわかる気がする。

ガシガシと頭や腹を一頻り撫でるときりが無いのでここらで一旦やめて、立ち上がる。


「さて、それじゃそろそろ狩に行くぞ」

「キャンッ!」


壁に立てかけて居た石槍とちょっとした食料の入った袋を持って外へ出ると今日はいつもとは違う方にいこうと思い歩き出す。

普段は洞穴を出て真っ直ぐ行くか、左に向かって川へと進んでくんだが、たまには違う所も行こうと思い右に行ってそこから大きく回り込むように洞穴の反対側へと上がっていく。

ここは緩い斜面がしばらく続くがそのあとは平坦な道が続いてるだけなので割と歩きやすい場所だ。


二時間ほど歩き続けると少し開けた場所に出て、そこには果樹園並みに赤い実を実らせた木々が立ち並んでいる。

大きさはさくらんぼくらいだが、食べると甘酸っぱくて時たまこうやって採りに来ることがある。

ビィドもこの実が好きなようでいくつか採ると俺も食べながらビィドにも食わせてやる。


少し休憩してからはまた歩く。

といってもただ闇雲に歩くんじゃなくて足元の痕跡を探しながら進んでいってるからどうしても時間がかかるのだ。

小さな足跡や折れた枝。木々についた爪痕や体毛など様々な獣の痕跡を探して進んでいってる。


「……ん?」

「ガウッ!」


俺が気づいたのとほぼ同時くらいにビィドが吠える。

痕跡探しは何も視覚だけじゃない。匂いや音も使って探していくんだが、風上から流れてくる空気から血のような鉄臭い匂いが鼻腔を付いた。

ビィドは匂いだけじゃなくて音も聞き取れたようで、ジッと一方向を睨んで唸り声を上げている。


「落ち着けビィド。声を沈めろ」

「グゥッ」


俺は姿勢を低くするとゆっくりと前へと進んでいった。

血の匂いはだんだんと濃くなり、警戒をより強めていく。


「ーっ!ーーーっ!」


そんな時、突然警戒していた先から叫び声が聞こえた。

虫や獣なんかじゃない。言葉はわからないが、あれは間違いなく人の声だ。

俺は先程までゆっくり進んでいた足取りからいっぺんして大急ぎで声の聞こえた方へと走っていく。


距離的にだいぶ近いところまで来ていたようで、すぐに声の主を見つけることが出来た。

紺色のローブに身を包み、怪我をしているのか腰を抜かして泣き叫ぶ視線の先には三頭の野犬が今にも襲いかかる姿勢でいた。


俺はすぐさま袋に食料と一緒に閉まっていた投擲具を取り出すとぐるぐると回転させ狙いを定めた先頭の野犬に投げつけた。


「ギャィンッ?!!」


突然の奇襲に先頭の一匹は声を上げて仰け反ると他の二頭も驚いたようだが、こちらを見つけるとすぐさま標的を切り替えてほぼ飛びかかって来た。

俺は石槍を構えると飛びついて来た一頭を串刺しにしてもう一頭は体を傾けて紙一重で躱す。

そして、再び襲って来た時には串刺した石槍を手放して腰にさしていた石斧で首の骨を叩き折った。

ゴキュっと嫌な感触が手に伝わるが、最初の頃に感じた不快感は薄れ「仕留められた」という確認めいたものしか感じない。


「ーーっ!!」


再び叫ぶ声が聞こえて振り返ると、最初に投擲具をぶつけた野犬が諦めずに最初の標的であるローブの子へと飛びつこうとしていた。


「クソがっ!」


俺は急いで石槍を抜くとすぐさま飛びかかる野犬に投擲した。

ーー間に合え!

石槍はそのまま真っ直ぐに吸い込まれるように野犬に向かって飛んでいくと胴体の胸側。恐らく心臓のある付近に勢いよく刺さった。


「はぁ……間一髪だったな」

「キャンッ!」


普通の独り言もビィドが相槌を打ってくれるので何となく嬉しく感じから不思議だ。

さて、それよりもあのローブの子というと先程から倒れたままピクリとも動いていない。気絶したらしい。

まぁそりゃ大口開けて殺しにくる野犬がいたら恐怖で失神してもおかしくないよね。俺も似たような経験があるからよくわかるぞ。

勝手に納得してとりあえず、このままここで放置するわけにもいかないので一旦拠点に戻るとしよう。


ローブの子を抱きおこそうと持ち上げると頭に被っていたフードが、するっと落ちて素顔が見え思わず絶句してしまった。


ーーけ、獣耳だと?!しかも美少女!!


抱き起こしたその子は幼い顔立ちなまでも頭には黒いトンがった犬耳をして耳の先端や垂れ下がった両サイドの前髪だけ白っぽい毛が混ざっている。


うおぉぉおおっ!異世界キターーーーッ!!

何この子超絶可愛いんだけど?!

う、うぅ……わけのわからんこの世界に来て半年。

ようやく自分以外の人に会えたし、その会えた子が犬耳っことか……神は死んだとか思ってごめんなさい。まだまだご健在のようですね。


「ん?……ッ」


テンションがおかしくなるくらい上がっていた俺だが、むにゅっではなく。ぬるっとした感触がしたので見ると血がべっとりとついていた。何を期待していたのかは言わないでおこう。

しまった!あの血の匂いはこの子のだったか!

俺は急いで少女を担ぐと全速力で住処のある方へと走り出していった。





休む事なく走り続けた結果。

拠点にはすぐに到着して傷口の容態を確かめると腕に折れた矢尻が突き刺さり、体全体にも激しい殴打の痕があった。

それだけじゃない。首には鉄の首輪が嵌められ、胸元には何かの牙の形をした焼印が痛々しく押されていた。


「奴隷か……」


異世界ファンタジーもんじゃよくあるが、実際見るとこうも胸糞悪い気持ちになるんだな。

少し胸の奥で怒りに似たものが込み上げて来たが、今はそれよりもこの子の治療だ。

俺は矢尻を抜き取るとアロエっぽい植物の根っこを潰して作った傷薬を塗り込み、その上にアロエの葉を包帯代わりに巻いていった。

体の方は痣などが殆どだったので、アロエの葉の方だけ巻いていく。


「とりあえずこんなもんか……さてと、分かることから調べるとしますかね」


彼女の持ち物は身につけていた衣服くらいだったが、それでも生地の触り心地などから余り良い品でないのは直ぐに分かった。

それと負傷した傷からも普通の弓矢が使われ、胸元の焼印からして鉄の製錬技術はあるようだが、弓が使われてるってことは銃などの火薬を使った武器はなさそうだ。

まぁこれは製作費用もバカにならないだろうから余り出回ってないだけなのかもしれない。


……いや、待て。

よく思い出せ、異世界もので銃がない理由は何だ?

オタクとして絶対に忘れてはならない重要ステータスの筈だ。

俺は忘れかけていた記憶を掘り探して漸くピンっとランプが転倒したかのように悶々とした気持ちが一気に晴れていく快感に遭遇した。

まほう……そうだ!魔法があるから必要ないって設定で描かれるのが大半だったはずだ。


ひょっとしてこの世界もそれと同じ理由で?

いやいやいや、流石に漫画ネタを鵜呑みにし過ぎる危険だ

中二病患者と思われるのもそうだが、それを前提にして行動したら絶対に痛い目に合うのは間違いない。

それならまだ魔法も銃も存在するって考えてた方がまだマシだ。うん。そうしよう、とにかくまだ情報が足りない。


とりあえず今やるべき事はもう一度さっきのとこ戻って殺した野犬を回収しないとな。

この子は奴隷で、逃げたは良いけど追っ手としてけしかけた飼い犬がいつまでたっても戻らないとなると追加の追っ手を放たれそうだし、欺瞞工作くらいはしとかないとな。


「あ、ビィド。お前はこの子の側にいてくれ何かあっても守ってやるんだぞ」

「キャンッ!」


手足があったら敬礼でもしそうなくらい元気よく返事をするとビィドは少女の枕元でお座りをする。

本当。賢いやつだよお前は。





翌日。

犬耳少女が熱を出してしまった。

どうやら傷を負ってから無理していたからだろう。

せっかく助けたのに熱を出して死にましたなんてのは流石に俺にとっても彼女にとっても酷な話なので付き合うことにした。

幸いにも食料の備蓄は虫以外にも干し魚や果物などもそれなりにあるので無理に狩に出なくても大丈夫だ。


俺は彼女の看病をしながらちょこちょこと出来る作業を続けた。

木の表皮から繊維だけを取り、その繊維を編んで麻袋を作ったり、皮のなめしを作ったりと普段は面倒で後回しにしていた事をやっていたのであっという間に時間は過ぎていった。


二日後。

熱もだいぶ下がり呼吸も安定してきた頃にようやく彼女は目を覚ました。

彼女は最初ぼーっとした虚ろな目をしていたが、意識がはっきりして俺を見つけると恐怖に彩られた表情をして後ずさる。

うん。予想はしてたけど、いざやられると軽くショックなだな。


言葉は通じないだろうがジェスチャーくらいなら伝わる筈だ。

俺は立ち上がると皮袋に入った水と果物をいくつか渡して警戒させないようにすぐに離れると再び先程まで続けていた作業を再開する。

彼女はオドオドとした様子で少し困った感じでいたけど空腹には勝てなかったのか恐る恐るではあるが食べ始めた。


「ーー。ーー?」

「はい?」

「ーーーーーー」


食べ終わった彼女は必死に何かを伝えようとしてくれるが、生憎と何を言ってるのか分からん。

なんだろう。英語でも中国でもない発音だし、ちょっとイタリアっぽい発音だけど多分違う。元々語学は苦手だしな。

必死になって身振り手振りで伝えようとしてくれるのはわかるんだが……。


「すまん。君が何を言ってるのか俺には分からん」


首を傾げて応えると少女は俯いてしまうが、しばらくすると自分に指をさして繰り返し同じ言葉を言ってくる。

ひょっとして自分の名前を教えようとしてくれてるのだろうか?

俺は聞き耳を立て、唇の動きを見てようやく彼女の名前がノフィティスだと知った。

発音が独特過ぎて聞き取りずらかったが、何度も繰り返す内に段々と耳が慣れてきた。


そういえば友人が言ってたな、言葉を覚えるのに文字は必要ない。赤子が言葉を覚えるのにペンを使わないのと同じだと。

つまりは慣れろということだ。

この子の格好を見た限りだと、ある程度の文化水準はあるようだし、ここらでこの世界の言語を覚えるのも良いかもしれんな。


「ノフィティスか。俺は……ん?」


あれ、そういや俺って誰だ?

自分でも何を言ってるのかさっぱりだが、冗談とかじゃなくて自分の名前が全く思い出せん。

まるでそこだけポッカリと穴が空いてるように出てこない。

今までの地球にいた頃からの記憶はあるのに名前だけが出てこない。

なんだこのピンポイント爆撃ならぬピンポイント記憶喪失わ。


しばらく考え込んだが、やっぱり出てこないので仕方なく自分で名付ける事にした。

まぁゲームのキャラネームみたいなもんだしな。


「俺の名前は……そうだな。ナナシだ」


シンプル・イズ・ベストって良いよね。

名前なし=ナナシ。

うん。物足りない感抜群だけど、それがまた良し!

ぶっちゃけ「(空白)」にしようかとも思ったけど、あれに出てくる奴ほど頭良くねぇし何なら俺一人しかいねぇからな。


「ナ、ナシ?」

「そう、ナナシ。よく言えたな偉いぞー」


ぐりぐりと頭を撫でてやるとちょっと嫌そうだったのですぐやめたが、同時になんか寂しそうな表情になった。

ん?どっちだったんだろ?まぁいいや、そんなに嫌そうじゃなかったし気にする事もないだろう。


ともかく互いの自己紹介くらいはなんとか出来たが、どうしたもんかね。

一応の課題としてはこの子の傷の手当てなんだが、アロエの効き目が凄いのか、この子の治癒力が凄いのか傷の具合はだいぶ良さそうだ。

まぁ何にせよ、そろそろ食料の備蓄が少なくなってきたからここらで少し狩りでもしてこようかね。


俺は立ち上がって立てかけていた石槍を取るとノフィティスにここで待ってるようジェスチャーで伝えて外へと出て行く。

今日は晴れていて空はなかなかの晴天だ。

こういう気持ちのいい日はやっぱり川の魚に限る。

早速お手製の麻袋を持って川のある方へと歩いていった。





川に着くと何箇所かに設置した石で囲った罠に魚がいないか確認しに行くと案の定けっこーいた。

一匹ずつ慎重に石槍で魚を確保していくと全部で十二匹の魚が取れた。

早速血抜きをしようと河原で魚のエラに指を二本引っ掛けて一気に上へと引っ張り頭と体が皮一枚で繋がった状態にすると尻尾を蔓でぐるぐる巻きにして逆さまにしておいた。

後はしばらく放置して血を抜いた後に内臓を取り除いたりしないといけないが、それは帰ってからでもいいだろう。

ついでにノフィティスに教えてやらないとな。


血抜きが終わるまでの間に果物でも確保しておこうと近くを散策していると生臭い異臭が微かに鼻をついて周囲を見渡す。

その中に落ち葉や枯葉に紛れて茶色いまだら模様をした蛇がいた。


この世界に来てしばらくしてから散々苦しめられた毒蛇だ。

ただ毒性自体は弱く、噛まれた箇所がニ〜三日痺れる程度なので然程問題はないが噛まれた瞬間は激痛が走るから正直嫌いだ。

でもこいつの肉は多少癖はあるものの案外いけるので俺はそいつの頭を石槍の柄で押さえると石で頭を潰して麻袋に入れていく。

その後は予定通り果物を採取して血抜きの終わった魚を回収してから洞穴へと戻っていった。


洞穴に戻るとノフィティスがビィドと外で遊んでいた。

ノフィティスが投げた枝をビィドが器用に空中でキャッチしている。

俺もよくやる遊びだが、ビィドはノフィティスにけっこー懐いている感じに見えて少し微笑ましい。


ノフィティスは俺が帰ってきた事に気づくとちょっと体をビクつかせて驚いていたが、すぐにお辞儀をして迎えてくれた。

ビィドも駆け寄って抱っこしろとせがんでくる。

持ってきた荷物を下ろし、代わりにビィドを抱っこしながら「ただいま」と告げると顔をペロペロと舐められた。


「ーーー!」

「うん、ノフィティスもただいま」


なんとなく「おかえり」と言ってくれた気がしたので返事をするとそれが嬉しかったのか尻尾をぶんぶんと振ってくる。

早速持ち帰ったものを魚を捌く為に準備をして作業に取り掛かる。

切れ味は良くないが、石包丁を二本用意して一本をノフィティスに渡し手本を見せていく。


最初に頭を切り落とすと腹を割いて内臓を取り除き、それを水野入ったいつぞやのムカデの甲殻に浸けて綺麗に洗っていく。

ちゃんとした手順が本当ならあるはずなんだが、俺自身テレビで見たうる覚えの知識なので細かいことは気にしない。

それらが終わると今度は胴回りほどある丸太の中身をくりぬいたものに開いた魚を入れて水と紫色をした果実を半分にして魚→果実→魚の順に入れて浸けていった。

この紫色の果実は食べると岩塩並みにしょっぱい。

塩自体はないが、これのお陰で様々な保存食が作れるようになったから有難い話だ。

余り浸けておくのも良くないので一時間程したら取り出して尻尾と尻尾を蔓で結ぶとお手製の物干しにかけて終わりだ。


一通りの作業を見て思ったのはノフィティスは器用な子だということだ。

一度見せただけなのに最初は手探り状態ではあったが、次からは慣れたようにこなしていく。

褒めてやると意味が分かったのか嬉しそうにまた尻尾を振るもんだから本当に可愛い子だ。

娘が出来た父親ってこんな気持ちなんだろうか?

まぁ娘以前に彼女すら出来たことないんだけどね。


さてと。保存食はこのくらいにしていよいよ本題の蛇へと視線を移す。

なにはともあれこの子のはしばらくここで生活する事になるのだかろうからその為には精神的にもそうだが、肉体的にも慣れてもらわないといけない。


俺は吊るしていた麻袋を取ると中に入っていた毒蛇を取り出す。

こいつは実はまだ生きてる。

確かに石で頭を潰したが、生命力が冗談みたいに強いので気絶してるだけだ。

なので今のうちに蛇の頭を持ち上げると骨とウツボカズラで作った小さな容器を取り出してそこに毒の出る歯を押さえつける。

するとピューッと二本の牙の先から透明の液体が一分ほどで続け、最後まで出し切ったところで蛇の頭を石斧で両断してやる。


身体の方はあとで美味しく頂くとして先に切り落とした頭を拾うと毒腺のある牙を一本だけ抜いてこいつの毒がたっぷり入った容器の口に布を使って隙間が出来ないように固定しておく。

容器の下部はウツボカズラでできているのでそこを押さえると注射器のようにピュッと毒が飛び出した。


それを持って一連の作業を見ていたノフィティスは恐怖に彩られた表情をしてビクついている。

そりゃそうだ、こんなの見せられたら明らかに精神異常者のマッドサイエンティストにしか見えねぇからな。

でも必要なことなんだ。


正直まだ彼女の体力が十分に回復していない状況下でやるのは良くない。というか下手をしたらショック死するかもしれない危険な行為だ。

本当は後何日かしてからでも良かったんだが、彼女の右腕には赤いブツブツが出来ていた。

俺自身それが何なのかは分かっていない事が多いが、もしも彼女の右腕に出来ているブツブツが俺の知ってる物なら彼女は間違いなく明日には死ぬだろう。


それは虫の毒だ。俺がこの森で生活を始めて二ヶ月くらいした時に蜘蛛のような虫に噛まれた箇所が彼女と同じようなブツブツになり、最初は痒いだけで無視してたがその日の夜に俺は高熱を出して倒れた。

全身が燃えるように熱く、ブツブツができた所は剣山か何かで何度も抉られ続ける痛みが広がった。

あまりの激痛に俺は気を失い、死ぬのを覚悟していたが目が醒めると俺の腕に噛み付いたまま絶命した毒蛇がいた。


最初は訳がわからなかったが、蜘蛛の毒と蛇の毒が体内でぶつかり合い相殺されたのではないかと思った。

医学的には絶対にありえない事なんだろうが、生憎と医学には疎いせいで根本的な解決は出来ないが蜘蛛の毒と蛇の毒は互いを相殺できるという結論は変わらなかった。

その証拠に蛇に蜘蛛の毒をやったら蛇は死に。

蜘蛛に蛇の毒をやったら蜘蛛は死んだ。

そして蜘蛛の毒をやってから蛇の毒やったビィドは目の前でピンピンしてる。


以上の事から不安だらけではあるが、彼女。

ノフィティスにも同じように蜘蛛の毒をやらなければならない……彼女を助けるためにも。


「良いか?これはとても危険なことだし、あまりの痛みに泣き叫ぶだろうが、これはとても必要な事なんだ。だから頑張って耐えるんだよ」

「ーーっ!ーーーっ!」

「今から手本を見せるからちゃんと見てるんだよ」


必死に止めようとする彼女を無視して俺は毒の入った即席注射器を自分の腕に刺して少しだけ注射すると同時に一瞬だけ激しい痛みが広がるが、直ぐに何事もなかったように痛みが引いていく。

当然だ。何度もあの毒蛇に噛まれ、自分で投与していくうちに自然と体に抗体が出来上がっているのだから俺にはもう殆どこの毒は効かない。

もちろんビィドも例外じゃない。こいつにも俺と同じ数だけの抗体を作らせてるからな。


注射を終えてなにもない事を伝えがノフィティスはそれでも不安そうな表情をやめない。けれど決心がついたのか俺の側まで寄ってきてくれた。

本当ビィドといいこの子といい聞き分けの良い子で助かるよ。


俺は蔓で彼女の左腕の上腕二頭筋をきつく縛ると血管を浮かせてそこに自分が混入したよりも少くない量を注射する。


「ーーーーっ!!ーーーーーーっ!!!!」


注射と同時に彼女は目から涙をこぼして絶叫をあげる。

俺は彼女を抱きしめて自身を傷つけないように考慮するが、想像を絶するほどに苦痛なもので背中に爪を立て、力のかぎり俺の肩に噛み付いてくる。


「痛っ!!」


流石は獣耳の獣人。

人よりも鋭いその牙に肉ごと持ってからそうになるが頭を抑えて食い千切られないようにする。

やがてカクンッと彼女から力が抜けて真っ青になりながら

気を失っていた。

どうやら余りの激痛に脳が救済措置として意識を奪ったようだ。


「よく耐えたな。偉いぞ」


そんな彼女に俺は優しく頭を撫でながら声をかけてやる。

ビィドも心配してそうに彼女の顔を舐めて励ましていたので、そのまま寝床に彼女を運んでビィドに面倒を見ておくように言いつけ俺は一人外へと出ていった。


「……はぁ。嫌なもんだな、やっぱり」


外の空気を吸いながら込み上げてくる形容し難い気持ちを吐き出す。

ビィドの時もそうだったが、毒に対する手段として解毒薬がない現状では抗体を作る他に手はない。

それは分かってるが、下手をしたら死ぬ可能性だって十分ある危険な行為だ。

いくら助ける為とはいえ、環境に適応しなくてはならないと言ってもノフィティスの様な小さな子供に毒を投与するのは流石に良心が痛んだ。


「あー、クッソ。タバコ……いや、せめて酒でも飲みたいな」


そんな事を呟いて俺は未だもやもやとする気持ちが鎮まるまで空を見上げ続けた。








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