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くっしょん話(幕間)③

 そんな事よりも、今は人命救助を優先しよう。


 獣人嫌いのエリファス教徒を追い払ったとはいえ、事はもう起きている。

 危機が去って安心したのか、姉の兎獣人が獣顔を真っ青にして壁に凭れていた。兎特有の耳がぺたりと萎れているし、刺さった刃物は腹だが、だからと言って致命的ではないとは言えない。


「トラ! 服ひっぺがして消毒液ぶち込め、それが終わったら清潔な布で圧迫止血! 力入れすぎんなよ!」


 常の備えとして持ち歩いている荷物の中から、消毒液の詰まった陶器と清潔な布をトラへ投げる。

 短く応えたトラが応急処置に走るのを尻目に、術式を組み立てる。


 『継続』、『補助』、『完治』の特性コードを即席で作り上げ、魔法陣として顕現させる。


 この魔法は言わば薄い膜で傷を覆うもので、血小板の役割の延長みたいな魔法だ。損傷した箇所を魔力で以て補い、完治するまでその役割を続けるのだ。


 そんな魔法を兎獣人に叩き込むと、彼女の呼吸は次第に安定していき、整ったものへと変わった。


 あまり無理は出来ないが、傷から血が流れ出ていなければ大体OKだ。


 兎獣人が目を覚ますと、透かさず妹兎が涙を浮かべて飛び付いた。

 何事もない事を確認し、俺は背を向けてその場を去る。


 トラを置いて。


 移動に便利な足が居なくなってしまった為、目的の素材屋までは徒歩での移動となってしまった。

 トラよ、覚悟しろ。今夜はお前の嫌いな玉葱フィーバーだ。


 適当に裏路地を行き、馴染みの店へと辿り着いた。


「おいっす、婆ちゃん。元気してたか?」


「おや、坊やじゃないか。危ない危ない、後少し遅ければ売り物の調達に行くところだったじゃないか」


 黒い三角帽子を持ち上げて、こちらを確認する如何にも魔女といった風貌の婆ちゃん。十人が見れば十人共この魔女をチャンネーと呼ぶだろうが、初対面で婆ちゃん呼びしたら何故か喜ばれたのでそのまま使っている。


「どうしたんだい? こんな暗いところを一人で歩いて、危ないじゃないか」


「買い物だよ婆ちゃん。奴隷に頼まれたのさ」


「おやおや。今日はお客さんか。では、何をお求めかな? 無ければ調達してこようじゃないか」


 エルに頼まれていた素材を口頭で伝えた。


「その錬金術師は国でも滅ぼすのかな? 少し待っているといい、持ってこようじゃないか」


「わーい、婆ちゃん大好き!」


「はっはっはっ、照れるじゃないか」


「嘘だよ」


「萎えるじゃないか……」


 魔女はとぼとぼと店へと入っていった。そして戻ってくる頃にはけろっとしている。


「稀少な上に少量しか採取できず、採取方法も七めんどうでお値段なんとプライスレス」


「ゼロ円スマイルでお支払?」


「素晴らしいじゃないか」


 等と冗談を交わしながら、決して安くはない金額を支払い、小袋に詰まった素材諸々を受け取る。


「ところで、先日の情報は役に立ったかな?」


「あぁ。無事奴隷に出来たよ、予言者」


 ラドをスカウトする際、あそこにドラゴンが来ると情報を寄越して来たのはこの魔女だ。


「やりづらい女だ。何処まで見透かされてんのか分かりゃしねぇ」


「勿論、君の前世から来世に至るまでさ。でないと占い師なんてやってられないじゃないか」


「あっそ。んで? こんな手紙を寄越して来たんだ。なんか用があんだろ?」


 言って、一枚の手紙を取り出す。これには『獣の王と裏路地を歩き、一人で私の元へ来るといい』と綴られている。読み終えたタイミングでエルからのお使いだ。当然、お使いの内容も知っているのだろうし、用意もしている。そう予想した。


 十人が十人、彼女を知ればこう呼ぶだろう。


 魔女、と。


「君、学園に興味はないかな?」


「はっ。論外だ。見た目的にも知識的にも行く必要はないね」


「そうかい。けれど君は行くさ。そこに縁が有る限り、君は行かなくてはならない。それが幸せへの近道さ」


「残念ながら近道はしない主義だ」


「では遠回りしながら行くといい。遅かれ早かれ、君は行く」


「珍しくはっきり言うじゃないか」


「私の口癖を奪わないでほしい」


「うるっせこのじゃないか星人め!」


「せめておっぱい星人と」


「自分で言うなよババア」


「婆ちゃんとお呼び」


「バーバ」


「…………」


「ちょっと揺れてんじゃねぇか!」


 じゃないか星人あらため魔女は気持ち悪く見悶えている。実年齢は知れないが、婆ちゃん呼びを気に入ったりバーバと呼ばれて見悶えたりと、孫でも欲しいのだろうか。


「鼻血出そう……」


 慌ててティッシュを魔女の鼻にぶち込んだ。


「それで? なんで突然学園なんだよ」


 鼻に詰め物をしているせいか、魔女は鼻声で答えた。


「今月に入って招かざる客が大勢この世界にやって来たのは知っているかな? 彼等は不思議と学園に集おうとしていてね。それに学園には君と固い縁を結ぶもの達も居る」


 招かざる客、ね。転生だか転移だかは知らないが、学園に向かっている心境はなんと無く察しがつく。ファンタジーと言えば学園って程にテンプレ的展開だからな。

 それと、国や貴族が管理下に置きやすい環境でもある。何処に居るのか把握しやすく、指令も出しやすい。子飼いをハニートラップ要員にも出来るしな。


 それに、固い縁か。この魔女の能力は知れないが、目を合わせた者の縁を辿って可能性の未来を覗くらしい。

 ラドの件も、今よりも幼い頃の縁から来た繋がりだろうし。

 学園の件は、今ある縁から派生するようにして新たに結ばれる未来があるのだろう、多分。


 この魔女が俺に不利な事を言った試しはない。だが、これからも俺の為となる言葉を言うとは限らない。彼女の言葉は慎重に吟味し決定を下す必要がある。


 拠点ホームで雇っている執事バトラー達を路頭に迷わせない為にも、迂闊は出来ない。


「……ふふ。好きだよ、君みたいに疑い深くて、慎重に物事を決める子は」


「臆病なのさ。持ってるものを無くしたくないからな。それに未来だの運命だの言う輩は疑って掛かるのがポリシーでね」


「そうかい。では、もう一つ言葉を重ねようじゃないか」


 そして、この世で一番胡散臭い魔女は、俺に学園行きを決めさせる一言を吐いた。


 ――前世の縁が学園にあるよ――

 転生である必要ある? という疑問をぶち壊す。

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