くっしょん話(幕間)②
今日も変わらず拠点でごろごろしていたのだが、魔法師にして錬金術師でもあるエルから買い出しを頼まれてしまった。
ご主人様を顎で使うとは、あやつには後で思い知らせねばなるまい。
具体的には弱点である長耳を延々と擽り続けるマシーンを造ってやる。勿論拘束機能付きだ。
「大将から邪悪なオーラを感じるぜ」
「おい荷物持ちにして運搬屋、そこを左だ」
荷物持ちとしてトラを連れ、素材を求めて裏路地を行く。
正確にはトラの肩に乗ってるから連れてというよりは連れられてなのだが、そこは気にしない。
もう一つ言うなら買い出しを頼まれたのはトラであり、俺はついでで知り合いの顔を見に来ているだけだ。
擽りマシーンはまたの機会にしよう。
「にしても大将よぉ。こんな湿っ気のあるとこじゃなく表じゃダメなのか?」
「ぼったくりをいちいち威圧すんのはめんどい」
「え? ぼったくられてたの俺?」
そうだよ。この買い物下手め。ちっとも交渉術上達しやがらねぇし。
「――――!」
「ん?」
「大将も聞こえたか?」
女性の悲鳴と、複数の男達の下卑た笑いが微かな聞こえた。
俺とトラの聴覚を以てしても微かなら、距離は相当遠いのは間違いない。
「まっ、裏路地じゃよくある事だわな」
そう言って、トラの頭を促すようにペチペチ叩く。すると、トラは小さいとはいえ俺を肩に乗せ、大きな荷物を両手に持っているとは思えない速度で悲鳴の元へと駆け出した。
入り組んだ裏路地を俺のナビゲーションの元、トラは迷う事なく真っ直ぐに現場へと辿り着く。掛かった時間は一分とないだろう。
そこには二人の女性と、それを取り囲むように六人の男達が居た。
女性二人は兎獣人の姉妹なのだろう。大きな姉が腹から刃物を生やしながら、懸命に小さな妹を護ろうとしている。先程の悲鳴は妹のものか。
対して、男達には共通して一つの特徴があった。皆一様に首から十字架を下げている。
それだけで、大体の事情は察せる。
突然土煙と共に現れた俺達に、男達は困惑の顔を浮かべる。
その顔を、トラは遠慮なく蹴り上げた。
「チッ、こいつも獣か」
一団を取り纏めるリーダーらしき人物が、舌打ちと共に嘲るように吐き捨てる。
取り敢えず、連中の勢いは削げただろう。
そう判断し、トラの肩から飛び降りる。
トラの無骨な首輪を見て、俺が主であると察したのだろう。男は意外そうな顔で俺を見下ろす。
「貴族の息子だったとしても、奴隷に獣を与えるとか正気とは思えないな」
「生憎と、俺は貴族の嚼は拒否したんでね。今のところはただの商人だ」
「…………お前が?」
「俺が」
「……世の中不公平だ」
「乗り切れ」
世の中を嘆き始めた男へ慰めの言葉を掛ける。
取り巻き共が何か喚き散らしたが、一斉に話されると聞き取れません。蹴り倒された奴も鼻血を噴き出しながらのっそりと起き上がり、呪い殺さんとばかりにトラを睨み付けている。
「まぁまぁ、こっちも争い事はごめんだ。穏便に行こうじゃないか」
と言って、おもむろに分厚い紙幣の束を取り出して、男へ突き出してみる。すると、男はぎょっとして俺と札束を交互に視線を行き来させた。
取り巻き達がごくりと喉を鳴らす。ちょろ。
「い、要ら――」
言い切られる前に更にドン。
同じ厚さの札束を重ねてみる。
男は目の前の餌に釣られまいと葛藤し、これでもかと脂汗を掻いている。心なしか目がぐるぐるしていた。
「わ、我等は誇り高きエリファス教――」
上擦った声音で尚も抵抗する男へ、ニコニコしながら更に紙幣を重ねようと、
「う、うわぁあああん! 神様ーーーーぁ!!」
目の前の誘惑に負けそうになった事でも懺悔しに行くのか、リーダーらしき男が走り出す。取り巻きも奴の名前らしきものを叫びながら駆けた。
やったぜ。
「大将……悲しくなるから賄賂とか止めようぜ」
「ん? 安心しろ、これは俺のポケットマネーだ。お前達の稼ぎじゃないぞ?」
「そういう意味じゃねぇよ……」
トラがよく分からない嘆き方をしているが、まぁ放っておこう。