プロローグ②
ひょいと虎野郎の背中から飛び降り、代わりに背負っていた両手剣やら荷物やらを投げ渡す。獣の本能か何かに抑制されたぎこちない動きで危なげにキャッチしていた。野性めんどくせー。
エルフはエルフで引きこもりプラス人見知りプラスコミュ症を発揮して虎の獣人とは別の意味でぎこちない。きっとドラゴンが流暢に喋るとか予想外過ぎてどうしたらいいか分からなくなってるんだろう。この自称年長者め。
「ほら、ドラゴンって寿命長いし力も強いから冒険者で活躍出来るじゃん? そうするとお金が入るから俺を養える、完璧!」
《どういうこと!?》
働きたくないってこと。言わせんな恥ずかしい。
それにしても、とドラゴンの体を頭の天辺から足の先までじろじろと観察し、この世の不平等に不満を感じる。
いつの日かのこいつは当時の俺とどっこいどっこいな大きさで、頑張れば両手に抱える事が出来る程度だった。それが、たった数年でここまで大きくなるのはどういう事なのか。前世からしてチビだったらしい俺としては羨ましい限りである。
「賢い俺は考えました。働くのがめんどいなら、奴隷に働かせればいいじゃない、と。だからほら、俺と奴隷契約して遠慮なく養うがいい」
《なんでこの人上から目線なんだろう……》
「ほら、無駄な抵抗してないで俺の奴隷になれよ。どうせ拒否権なんてないんだから」
《傍若無人!?》
「諦めろ、それが大将だ!」
ドラゴンの情けない様子に調子を取り戻したのか、虎の獣人が油断なく哄笑する。その体からは適度に緊張が抜けていてベストな状態だ。
「私の時も、こんな感じだった」
表情筋が死んでるんじゃないかってぐらいの無表情から、これまた冷めた声音でエルフが言う。特に何かある訳じゃなく、普段からあいつは冷ややかだ。
そういえば、エルフは虎の獣人と違ってスカウトだったな。丁度このドラゴンと同じ様に里から追放されてたところを拾ったのだ。社会力がマイナス点に到達している彼女だが、追放という部分にシンパシーでも感じたのだろうか。
とはいえ、流石に超生物としての矜持があるのだろう。俺に対して苦手意識を持っていても、ドラゴンは渋りに渋っている。生意気な蜥蜴だ。
「分かった。じゃあこうしよう、お前が俺から逃げ切れたら見逃してやる。逃げ切れなかったらお前は一生俺の奴隷だ」
《……い、いいんすか? 私、これでもドラゴンなんで、力も速度も並みじゃないすよ?》
「ほほう? そりゃ楽しみだね。おい毛むくじゃら、開始の合図をしろ」
「俺ですかい。あー、位置についてー、よーい――――ドンッ!」
開始と同時にドラゴンは大きな翼をはためかせて浮上し、俺は吹き荒れる突風をものともせず駆け出す。
そしてワンパンKOしてやった。
「ヴィクトリー!」
腰に手を当てて右手を掲げる。勿論ピースをしながらだ。
対して、ドラゴンは頭を抱えてメソメソとしていた。
《うぅ、酷いです、酷いですよぅ。頭がもげるかと思いました……しくしく》
「あー、なんだ……。肉食うか?」
《はい、食べます……》
悦に浸る俺の後ろで、何やら虎男がドラゴンを励まそうと自分用の肉を与えている。ドラゴンは気だるげに受け取り、早速チビチビとかじり始めていた。
便乗して、エルフももちゃもちゃ食べるドラゴンの頭を撫でながら、可哀想なものを見る目を向けていた。エルフさんや、それはそれで失礼なんちゃうん?
それにしてもなんだろうか。なんと無く被害者の会みたいな連帯感を彼等から感じる不思議。
……うん、仲良き事はよき事かな!
「さて、俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの、て事でだ。おいドラゴン、人化しろ」
「大将よぅ、そんな出来る事前提で」
《出来ますよ?》
「出来るのかよ!?」
言うと、ドラゴンは何かに集中し、しばらくするとその体が真っ白な光に包まれた。おや? ドラゴンの様子が?
脳内BGMを適当に流しながら、光が縮んでいくのを尻目に荷物の中から毛布を引っ張り出す、のと同時に人の輪郭にまで縮んだ光が剥がれる様に溶け始めた。
スケベ野郎に目潰しをくれてやりながら、毛布をばさりと掛ける。
そこには赤毛の美少女が居た。長い髪を背中まで垂らし、縦長の瞳孔が琥珀色の瞳に包まれている。名残として、側頭部からはドラゴンの硬い角が突き出ており、肩甲骨にはちんまりとした翼、尾てい骨からは短くなった尻尾が揺れている。
ここまではいいとして、問題はあった。
両手両足が諸ドラゴンだった。
「中途半端ぁー」
「うぅ、仕方ないじゃないですかー。人化なんて出来てもわざわざする物好きなドラゴンは居ませんよぅ」
「それもそうか。んじゃあれだ、そのドラゴン要素をだな、胸とか腹とかに移せないか? そうすりゃ服で隠せるだろ」
「やってみます」とドラゴンは言い、くぐっと眉間にシワを寄せる。少しずつだが、両手両足の赤い鱗が移動を始め、人の指先が形成された。
たっぷり三十分かけて、彼女はドラゴン要素を胸や腹に移した。
試しに毛布を衣服の様に整えて観察してみる。
首回りは完全に赤い鱗に覆われ、頬にまでちょこっと鱗が見えている。が、これならドラゴニュートと言えばなんとか誤魔化せそうだ。
「うん、合格だ」
「ありがとうございます?」
ここでの用事は終わった。他にする事もないし、真っ直ぐ拠点へ帰ろう。
そう思い、踵を返す俺の裾を、ドラゴンは控え目に摘まんだ。
「あの、あなた方をなんと呼べば……」
自己、紹介……?
「……そういえば、俺達って自己紹介した事なかったな」
「それは大将が名前なんざどうでもいい! て態度だからでしょうよ」
「だから、私はマスターと呼んでる」
「なんと言いますか、類は友を呼ぶってこの事なんですね……」
自分で言うか、このくそドラゴン。
「まぁいいや、めんどい。そこの毛むくじゃらがトラ。んで社会能力皆無のエルフがエル。そんでポンコツドラゴンはタマな」
「そこはドラでしょう!?」
「バカ野郎! それだとトラと被るだろうが!」
「酷い!?」
「マスター、なら反対から読んでラドは?」
「採用、お前はラドだ」
「安直! 適当! 雑!」
「それが大将クオリティー」
「それがマスタークオリティー」
ラドは泣いた。
貴重なツッコミ役をゲットだぜ!