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思いを伝える

作者: 犬川さん



「ね、京介、遊園地行こうよ、連れてって!」

「うっせぇ」

「いいじゃん京介、なんか最近付き合い悪いよ!」

「はぁ? 誰とも付き合ってなんていねぇーよ、キモいな。うせろブス」

「ひっどぉい! もう京介なんて知らない、行こう美咲!」

「うん!」


桐生京介というイケメンがこのクラスにはいます。

目が隠れてしまうくらい長い前髪を軽く横分けにしているのですが、左側だけ紫のメッシュがあって何だかスタイリッシュです。気分によって色を赤や金に変えたり別の場所にメッシュしたりしているお洒落さんです。

垂れている前髪の間から覗くのは鋭い目で、そして制服のボタンを何個か開けてダルそうにしているその雰囲気が不良っぽい男の子です。

そういう所がカッコいいと言う女の子達に囲まれているのが桐生君なのですが、何だか最近様子が変なんです。

元々自分に寄って来る女の子に対してはとても口が悪かったのですが、それでもたまに相手をしてあげたりしてたんです。

まぁそれは、あまり人目を気にせず胸を触ったりキスしたりしていたので見かけることもありました...教室でキスしてたのは本当に参りましたが。

みんな目を逸らして気まずそうにしてましたもん。私だって下を向いてずっと見ないようにしていました。

それがここ2週間くらいはどんなに誘われても全く相手にしなくなったのです。

取り巻きの女の子も一人二人と減っていって...


そして今、遂に一人きりに..


いえ、一人といっても彼には男の子の友達もいるし本当のボッチじゃないのですが。.

桐生君はほんとにイケメンでカッコいいのですが、近寄りがたいオーラが出てるんですよね。

入学早々勇気ある女の子が声を掛けて...すごいなって私は感心してました。

けどその対応が冷たいし怖いしで、その印象のせいでしょうか... 入学当初は誰も彼に声を掛けなかったんです。

でもそれも数日くらいのことで。冷たいのがまたいいって一部の女の子の間で密かに人気が上がっていました。

そしてある日、3年の美人さんが桐生君と二人で帰っていたらしくて、桐生君は気が向くと相手をしてくれるって噂が広まって。

それからは彼の周りに女の子が増えていって、クラスでも自分に自信のある美人さん達がよく話し掛けるようになったんです。

普段は「うっせーブス」とか、ほんとに口が悪い桐生君ですがたまに女の子相手に言っている「あんたって結構エロいんだね」とか「へぇ~厭らしい顔」とか、魅惑的な顔と声で言ってるのを聞くと、ちょっとクラっとくるのは分かる気もします。

普段無表情な分ギャップにグッとくるんでしょうか? 自分に寄ってくる女の子に対して本当に冷めた目をされてるんですよ桐生君は。

だからたまに言う言葉は破壊力があるんでしょう。でもあのニヤっとした桐生君の笑い方、私は苦手です。見下されているように感じて。それが桐生君に集まる女の子には堪らないらしいのですが...

それが何でか全くデレなくなったんです。いえ、前のもデレとは言えなかったかも知れませんが。本当に最近はただ冷たいだけで。

心の底から嫌そうに、うっとおしそうにするから流石の女の子達も心折れたようです。...そりゃあそうですよね。



そんなことを考えながら桐生君を見ていたせいでしょうか、ふと視線が合ってしまい慌てて目を逸らしました。

危ない。気をつけないと私までうざがられちゃいますよね。

いえ、桐生君はまとわり付く女の子以外には優しいんですけどね。

荷物とか運んでると手伝ってくれますし、帰りが遅くなった女の子が一人でいたら家まで送ってくれます。もちろん美醜に関係なくです。

...最初は送り狼かと警戒してしまい申し訳ありませんでした。あまりそういう経験がないものでお許しを...

男の子には女の子と違って結構喋る方なんですよ彼は。一人でいる人を見付けると気楽な感じで話し掛けていますし、女の子から嫌な仕事を押し付けられている男の子を見掛けると然り気無く庇って自分が代わりにやったりしていますし。

取り巻き女の子への冷たい態度を知ってるからこそ余計に優しく見えてしまうのかも?

だから桐生君は男の子にも人気があるし、大人しい女の子の間でも好きって子が何人かいたりします。

私も桐生君のこと好きなんですよね。何度も助けられていますし差別なく誰にでも優しい所が尊敬できますから。

...だからこそ人前で女の子とベタベタしないでほしかったですね。恋愛は自由ですが人目は気にしましょう。


そんなことを考えながら荷物を纏め、私は急いで校舎を出た。









「あっ先輩すみません、遅くなりました」

「いーっていーって、ほら、こっちは私がやってるから花の方お願い」

「分かりました」


園芸部の部室である小さな小屋に荷物を置き着替えをすませ校舎の北側にある花壇に水をやり、それから東側にある花壇へとやって来たら既に菖蒲先輩がいました。

放課後の校舎の水やりは2年生である私と一真君という男の子の担当です。

夏の暑い時期は土が渇くのも早く一日に何度も水やりをしたりするのですが、基本的には朝と放課後の2回だけで、昼間などには顧問の浅井先生がやってくれます。

菖蒲先輩は放課後には絶対に花の世話はしない方です。知り合いに見付かると「菖蒲が菖蒲育ててる!」って笑われるからだそうで。...そんなの気にしなくていいのに。


校舎に添うようにあるこの花壇と畑は園芸部のものです。

北側には菖蒲やベチュニアやマリーゴールドを、南側では苺やトマトなどが植えられています。時期によって植え替えたりしているんですよ。

私は野菜達の世話をしている菖蒲先輩に声を掛けて、花の世話をすることになりました。

夏に近くなりちょっと蒸し暑く感じるようになってきましたから色々と花が咲いて綺麗なのですが、日焼けが心配ですし虫も多くなります。

日焼けは日焼け止めと大きな麦わら帽子で。蚊は虫除けスプレーでなんとかできます。

でもブンブン飛び回っているミツバチや地面から現れる得体の知れない虫、茎についてしまっている油虫も苦手です。

...そう、私は虫が苦手なのです。

植物を育てるのが好きなのですから虫も平気なのだろうとよく思われるのですがそんなことはありません。

いえ、菖蒲先輩のように全く平気な方もおられますが殆どの部員に苦手な虫がいますね。

虫避けの為にバジルやマリーゴールドも育てているのですが、それでも寄って来る虫は多いのです。


「ひゃあっ」

「アハハ、気をつけなー。いきなり大声出すと刺されるぞー!」


いきなり目の前に迫って来た蜂に思わず悲鳴を上げ尻餅をつくと菖蒲先輩に笑われてしまいました。

...刺されるとか、冗談でも止めて下さい。

子供の頃ミツバチに刺されて真っ赤に腫れたことがありまして、それからずっと蜂は大の苦手です。

蜂が沢山いたときは...情けない話しですが花の世話ができないくらいだめです。


ふと顔を上げるとヒマワリが元気に太陽を見ていて何だか一層暑くなってきました。

ヒマワリを見ると余計暑く感じるのは私だけですか?

垂れてきた汗をタオルで拭きます。

夏の強い日差し避けにつばの大きな麦わら帽子と首のタオルにジャージは通りがかりの方にヒソヒソと笑われるのですが夏の必需品です。

麦わら帽子は日除けに、汗をかき土もつくので制服で作業はできませんしジャージは動きやすい。タオルは汗を拭くだけでなく手を洗う度に使用します。全部必需品なのです。


あ、この花壇にヒマワリが多く植えてあるのは小山先輩が飼っているハムスターの餌にするから増やしてほしいとお願いしたからです。

毎年何を植えるかは部員で話し合って決め、浅井先生の許可が出ればそれをみんなで育てていますから。

なるべく同じ種類の植物でも品種の違うものを植え、早咲き遅咲きの違いや色の違いで楽しめるようにしていますし、花の色が分からないまま育て花が咲いたときに初めてその色が分かるのも楽しいですよね。










部室で着替え、すぐ帰れるように置いておいた鞄を取り帰ろうとしていたときです。

正門に桐生君が立っていました。

目が合いお辞儀をすると桐生君もお辞儀を返してくれます。桐生君のこういう所が好きなんですよね。

ちょっとほっこりしつつそのまま通り過ぎようとしていたのですが、「ちょっと話しがあるんだけど」と呼び止められたので驚きました。

桐生君が話し掛けてくれるのは帰りが遅いとき...今はまだ16時30分で明るいですね。

または何か困っているとき...もう帰るだけですから何も困ってないですね。


一体何の用があるのでしょう? ちょっと不安です。

桐生君は頭も運動神経も良いのですが帰宅部で下校時刻がバラバラです。

女の子と一緒の姿を見掛けることもありましたが、最近は男の子達と一緒だったり一人でいたりします。

そんな彼が私に一体どんな用があるのでしょう? 顔を見てもいつもと同じ無表情で全く分かりません。

「ここじゃ話し辛いから」と言われ別の場所に移動中なので色々考えてしまいます。


こ、告白でしょうか? ...いえ、冗談です。モテモテの桐生君が私に興味を持つわけがありません。

では、まさかボコボコに殴られるのでしょうか!? ...いやまさか、桐生君はそんなことをするような人じゃないですし、そんな恨みを買うようなこと... してませんよね?


道中一切会話がないので不安になって色々とおかしなことを考えてしまいますね。





ガラガラガラ...



桐生君が開けて入ったのは私達の教室でした。

中には誰もいませんが窓が開いていて心地良い風が入ってきています。

それに外から運動部の声や蝉の鳴き声が聞こえて結構賑やかですね。


そんなことを考えていると桐生君が椅子に座り、前の席の椅子を引いてくれました。

桐生君が座ったのはご自分の席の後ろで、彼が座るように促しているのはご自分の椅子ですね。

申し訳なく思い会釈してからその席に座りました。

桐生君はボソリと「気にすんな」と仰って下さいました。




それから桐生君が話し出すのを待ちます。


・・・待ちます。


・・・







「なんで化粧してんの?」

「...え?」


漸く桐生君が話し掛けてくれたと思ったらお化粧の話しです。

なぜ、お化粧なのか... 意味が分からず返事に困ってしまいました。

無表情ながら何となくムスッとしている桐生君に焦ってしまい、余計言葉が出てこなくなってしまいました。

そんな私にイラついたようで桐生君はご自身の髪をぐしゃっと掴み言いました。


「化粧するようになったじゃん。なんで?」

「え? ...えっと」


必死に考えるのですがお化粧をするようになったことに大した理由はありません。

女の子の多くがお化粧をしている中で、2週間ほど前に友達の美鈴ちゃんが私にお化粧をしてくれたのです。

「ほら、やっぱり可愛い! これあげるから空ちゃんもお化粧しなさい!」と持っているお化粧道具の一部を譲ってくれたのです。

使わないと勿体ないですし何より美鈴ちゃんの気持ちに感謝して使っているだけですから。

桐生君は私がお化粧をするようになったことに重大な理由があると心配してくれたのでしょうか?

優しい方ですから色々考えてしまったのかも知れません。

何だか申し訳なくなって「ごめんなさい」と謝ってしまいました。

そんな私に彼は余計イライラしたのか、ご自身の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜ始めたので慌ててしまいました。

ど、どうすればいいのでしょう??


「違う、文句あるわけじゃねーよ。ただ...」


桐生君はゴニョゴニョと小声で呟いた後、沈黙してしまいました。

こ、これは一体どうすれば!?

突然意気消沈した桐生君を前にアワアワすることしか私にはできません。

だ、誰か来てくれませんか!?

情けなくヘルプを求めてしまい扉を何度も何度も見てしまいました。


・・・暫くして、ゆっくりと顔を上げた桐生君と目が合いましたが、すぐに顔を逸らされ地味にショックを受けました。

それから何度か同じことが繰り返され、桐生君は顔を逸らしたまま何かを言おうと口を開けたり閉めたり...


え? ・・・もしかして私の顔に何かついてますか!?


急に自分の顔が気になって今すぐにでも御手洗いで確認したくなりました。

鞄に手鏡もありますがここで見る勇気はありません。

チラチラと扉に目を向けていたら桐生君に気付かれてしまったのか彼が扉と私を交互に見ます。

そりゃそうですよね、目の前にいるのに失礼な態度をしてしまいました。

しかし今日の桐生君はいつもの彼らしくありません。いつも無表情で堂々としてらっしゃるのに今日は色々な表情を見せてくれています。いえ、顔は今も無表情ですが態度や雰囲気がコロコロ変わるんです。

それだけお化粧の話しには重大な意味があったのでしょうか...


突然桐生君が姿勢を正し真剣な目で私を見てきました。

だから私も慌てて姿勢を正し真剣な顔をして彼と目を合わせます。




「...好きだ」

「・・・・え?」



暫くお互いに見詰め合って出た桐生君の言葉が、なかなか頭で理解できません。

すきだ? ...えっと何のことでしょう??

混乱する私に、桐生君は情け容赦なく追い討ちをかけます。


「俺と付き合ってほしい」


真剣な目が、逸らすことすら許してくれません。

段々と言葉を理解していくうちに顔が熱くなるのが自分でも分かりました。


桐生君のその言葉は、つまり【告白】ですか!?


恥ずかしくて思わず下を向いてしまいました。

そこには膝の上で不安そうに強く抱き締め合う私の両手がありました。その手は微かに震えています。

ありえないことが起こりずっと続いていた緊張、告白された喜び、本気なのかと疑う気持ちで私の心はざわついています。

どうすればいいのでしょうか?

彼の言葉が本気なのかどうか私には分かりません。

嘘だったら辛いです。軽い気持ちで告白してきたのだとしたらそれも辛いです。


だって私は桐生君のことが好きなのですから。


入学式の日、沢山の人だかりでそれぞれのクラスの場所が書かれた張り紙を見にいけず戸惑っていた私に声を掛けてくれ、「俺と一緒だな」と教室まで案内してくれました。

声を掛けられたとき、鋭い目と髪の一部を赤く染めていて怖そうな人だなと勝手に思い、絡まれるのかと一瞬でも思った自分が恥ずかしくなりました。

しかし、その後桐生君は教室で彼の席に近付き明らかに好意を持って声を掛けた女の子へ「うぜー」と冷たく言い放ち無視しました。

それを見ていたクラスメイトは彼を恐がり暫くの間彼は一人になってしまいました。

そんな状態ですから私も桐生のことが心配でしたが異性に気安く話し掛けるなんてできず、それにもし声を掛け彼女のように冷たくされたらと考えると声を掛けることができませんでした。

それでも桐生君は全く動じることなく普通に生活し、困っている人がいると助けているのです。

自分を恐がって避けている相手に普通に接っすることってできますか? 私には無理です。

自分に向けられる視線を気にすることなく堂々とし、困っている方がいると助けるその人柄に私はどんどん惹かれていきました。

そんなとき、彼が先輩とお付き合いしていると噂を聞いたんです。

そしてそれからは勇気のある女の子が彼に声を掛けるようになっていき、彼と女の子との噂を聞くようになり実際に私も見る機会がありました。

それはとてもショックでしたが、同時に自業自得だとも思いました。

桐生君を好きな女の子達は恐れることなく彼に声を掛けていましたが、私は勇気がなく一人ぼっちで寂しそうだと思っても結局何もしなかったのですから。

女の子を羨ましく思うこともありましたが、あんな素敵な方ですから女性関係はあれですけど高嶺の花というやつです。


そんな方が告白してくれたのです。


...うん 、私の気持ちは決まっていますから、たとえ桐生君の気持ちが違っていたとしても正直に答えましょう。

一生伝えるつもりはなかった思いですが本人から聞かれたのに嘘をつくなんてできません。

彼の言葉がどうであれ私の気持ちはハッキリしていますから。



「好き...です」



結局顔を上げられず俯いたまま答えた私の言葉は震え、目の前にいる彼に届くかどうかも分からないほど小さな掠れたものになってしまいました。

キッパリ伝えようと思っていたのに情けない限りです。

それでも私の正直な気持ちです。心のざわつきが少しだけ収まった気がしました。



・・・ですが桐生君からの反応がありません。


不安になってそっと上目遣いで彼を見るとビクリとその肩が跳ねました。

一瞬ショックを受けましたがそのお顔が真っ赤なことに気付きました。

どうしたのでしょう、熱でも出てきたのでしょうか?

私が心配になってマジマジと見ているからでしょうか、桐生君から「あんまこっち見んな!」と怒られてしまいました。

自己嫌悪でまた自分の膝を見ました。




本当マジか?」

「...え?」

「俺が...好きって言葉、本当か?」


暫く経って尋ねられた彼の言葉は私の気持ちを疑うものでした。

ズキンと胸が痛みます。

私の本気の気持ちは彼に届かなかったのでしょう。

そうですね、あんな小さな言葉じゃ信用されませんよね。

きちんと姿勢を正し桐生君を見ると、彼も姿勢を正し見詰め返してくれました。


「私は桐生君のことが好きです。この気持ちに嘘はありません」


今度こそ伝わるようにハッキリと断言した私の告白に、桐生君の無表情な顔が見る間に真っ赤に染まりました。

何事ですか!?

驚いてポカンと口を開ける私を見て焦ったのでしょうか桐生君は「なっ! そっ、すっ... あぁぁああ!!」と叫ぶと頭を抱えておでこが ゴツン! と机にぶつかるほど勢いよく踞りました。

どうしたのでしょうか、やっぱり桐生君の告白は嘘で、私に「好き」などと言われて困ってしまったのでしょうか??

混乱した私は「ごめんなさい」とまた謝ってしまいました。

その瞬間ガバリッと起き上がった桐生君は髪がボサボサで目を見開いて驚いていました。


「違う!! お前が謝ることなんて何もねぇーよ! ただその、嬉しくて...」


後半はそっぽを向いて手で口元を隠しながら小声でブツブツと言っているのでちょっと聞きとり辛いです。

それでも確かに「嬉しくて」と聞こえました! 私もすごく嬉しいです!

...幻聴じゃないですよね??

不安になって桐生君を見るとそっぽを向いていますがその耳は真っ赤です。

嬉しくても赤くなるんですか? それともまだ私の顔に何かついてますか?

然り気無く顔を手で触って確認したのですが...

段々不安になってきてまたチラチラと扉を見てしまう心の弱い私です。

桐生君はそんな私にまた気付いたようで目を見開き早口で言いました。


「なら俺と付き合ってくれるよな?」

「え? お断りします」

「え?」

「え?」


えっと桐生君は何を言っているのでしょうか?

好きだからって女の子が大好きな桐生君と私が付き合うと思っているのでしょうか??

いえ、桐生君が今までお付き合いなさっていたのはそういう方が多かったですから、そういう考え方をしていても不思議ではない...のでしょうか?

暫く沈黙が続き、桐生君はご自身の前髪をくしゃりと握って絞り出すような掠れた声で言いました。


「なんで?」

「えっ? あのっ ...桐生君は女の子がお好きですからお付き合いはできないなと...思っています」


不安そうな顔で聞かれたので慌てて答えましたが、私の言葉を聞くほど桐生君の顔は歪んでいきます。

そして今にも泣き出しそうなお顔になると罪悪感が募ります。

全部聞き終わった桐生君は完全に俯いてしまい、そのお顔が見えなくなりました。

泣いているのかと不安になります。



「俺さ、不良みたいじゃん?」

「...え? いいえ、桐生君はとても真面目な方ですから、不良になんて見えませんよ?」


突然ポツリと呟かれた桐生君の言葉に驚きましたが、「不良」というその言葉は否定します。

確かに初めて彼を見たとき恐そうだとか不良っぽいとは思いましたが不良だとは思いませんでした。

その後彼の優しさに触れ、見て、次第に真面目な方だと気付きました。

頭も良く運動神経もいい方ですが、授業を真面目に受けしっかりと勉学に勤しむその姿を見る度惚れ直していましたから。彼が優秀なのはたゆまぬ努力の結果だと知っています。

そんな彼のどこを見て不良だなどと思うのでしょうか。

不思議に思い首を傾げる私を見て、彼は泣きそうな顔で笑って「だからお前が好きなんだ」と突然言いました。

一気に顔が熱を持ってしまいました。すごく恥ずかしいです。

もしや私の顔も桐生君のように真っ赤になっているのでしょうか??

...違うことを祈ります。


「まぁ、殆どの奴がそう思ってそれに期待して寄ってくんだよ。絡まれることはしょっちゅうだし告白もうざくて。

 だから昔は今と逆、言葉遣いとかも気をつけて真面目君演じてた」


昔の桐生君が真面目君演じてた? えっと真面目な方が真面目なふりをするということでしょうか??

よく分かっていない私を見て優しく微笑みながら桐生君は更に話し続けます。


「けどさ、初めて付き合った女がさ「お試しでいいの、付き合って」って言ってきて、...まぁ、しつこかったからお試しでいいならいいかと付き合った。...最低だろ?」

「相手の方がそれでいいと言うのなら問題ないと思います。ただしつこかったからという理由で了承するのはどうかと...」

「ハハ、確かに! ...ただあの頃はマジで色々疲れてたから断り続けるのも辛かったんだよ」


自嘲するように笑う桐生君を見ていたらズキズキと私の胸は痛みます。

真面目なふりをするというのは、そんなに辛いものなのでしょうか? そういった経験のない私にはよく分かりません。

どんな顔をしていたのでしょうか... 私の顔を見た桐生君は困ったような顔をして私の頬に触れようと手を伸ばしました。

けれどその手は私に触れることなく遠ざかっていきます。

...触れて欲しいと、思ってしまった私は変態なのでしょうか? 未練がましくその手を見詰めてしまいました。


「...まぁ、俺も最低だけどあの糞女も最低でさ、付き合って1月も経たないうちに「思ってたのと違う! こんなつまんない人だと思わなかった!!」って勝手にキレて去ってた。

 なんで俺がそんなこと言われなきゃなんねーんだよって、勝手にてめーが自分の理想のヤンキー像押し付けてただけだろーがって糞ムカついて。

 それからはさ、なんかアホらしくなって自分を偽るの止めた。それに女なんて糞だって思うようになってたからヤりたいときにだけ利用するようになった。

 ハハ、マジで最低、そんで好きな女にフラレてんの。笑えるよな」


話し終えて力なく笑う桐生君を見て私は絶句していました。

えっと、私の理解力では色々分からないし付いていけません。けど、けどさ、


「その女の子、最低です!! 一体桐生君の何を見ていたのですか!! 本当に好きなら思っていたのと違うなんて言うはずありません! 桐生君が優しくて真面目な方だとちゃんと分かったはずです! その良さに気付かないなんてその方の目は曇っています。ちゃんと見ていたのなら惹かれないわけないんです! 私は見る度惚れ直していたのですから! 少なくともその方の気持ちは偽物だと断言できます!!」


ビシッと言い切った私は肩で息をしながら心は達成感でいっぱいでした。

荒い呼吸を整え桐生君を見ると顔を両手で隠して俯いています。

どうしたのでしょう?

...もしや私の唾が飛んで顔に掛かったのでしょうか!? 目に入ったのなら大変です!


「大丈夫ですか桐生君!? 水道に行って目を洗いましょう!」

「は!? な、なんでもねーから! 放せ!!」


桐生君の二の腕を掴み引っ張ろうとしたら腕を勢いよく引かれ、怒鳴るように言われてしまいました。

...すごくショックです。

「好きだ」って告白されましたよね? やはり幻聴だったのでしょうか...



「なんでお前ってそう... ぁぁああ!!」


桐生君は小声で呟いたと思ったら突然奇声を上げられて、私はビクッと跳び跳ねてしまいましたが気付かれたでしょうか?

ちょっとドキドキしつつ彼を見ていると、俯いていた顔を上げたので私と目が合いました。

すっかり乱れたその前髪の間から見える瞳は、射抜くほど真剣なもので私は息を呑んでしまいました。


「だからさ、俺は女嫌いなんだって言ってんだよ。色々遊んでたことは否定しないし自分でも糞だと思って後悔してる!

 ...初めて好きな女ができたんだよ。だからもう他の女となんてどうこうするつもりなんて欠片もないしマジで後悔してんの! お前としか付き合いたくないんだ。俺に1度だけでいい、チャンスを下さい!!」


そう言って桐生君は私に向かって70度くらい頭を下げた。

ちょっと下げすぎじゃないかと思ったのですが、そんな突っ込みをする雰囲気じゃないですね。

う~~ん、桐生君の話しは難しくて色々考えてみますが、その間も頭を下げたまま微動だにしない桐生君が気になって考えがまとまりません。


「...えぇと、つまり桐生君は実は男の人が好きで、でも私を好きになって、だからこれからは男の子と「待て!!」


私が必死に考えをまとめながら話していると、桐生君に突然の大声で止められました。

眉間に皺を寄せて私を睨み付けてくる桐生君。

...私なにかしましたか??


「俺はゲイじゃねーよ」


地を這うような低い声に若干ビビります。

た、確かに今の私の発言はいけなかったですね。でも女の子が嫌いだと言われたのでてっきり...

「し、失礼しました」ギロリと睨まれ慌てて謝罪しました。目つきの悪い桐生君に睨まれると本当に恐いですね。知りたくなかった...

それから桐生君が疲れたように溜め息を吐いたので心臓がギュッと絞まりました。

...嫌われてしまったでしょうか。

さっきからずっととんちんかんなことばかりしている自覚がありますし...そんな風に考えていたら、


「俺は井上空が好きなんだ。だからお前以外の女にも男にも興味ないしどうなることもねーから。浮気なんて絶対しない。

 だから、俺の恋人になってほしい」


こ、恋人!?


続いた彼の言葉に顔が熱くなっていきます。

桐生君は真っ直ぐに私を見たままなので顔が赤くなっていたら丸分かりです。

慌てて顔を逸らそうとしたら頬を両手で押さえられ真っ直ぐに向き合わされてしまいました。


「逃げんなよ」


真剣な目でじっと見詰められて言われた一言は、なぜか私のお腹の辺りまでキュンと響きました。

目を合わせたままだと恥ずかしくて、このままだと熱中症にでもなって倒れてしまいそうだと慌てて目を瞑りました。

しかし、この状態では周囲の様子が分からず不安になってきます。桐生君からは何のリアクションもありませんし。

え? もういない? 扉を開ける音がしなかったのに私を置いてどこかへ行かれてしまいましたか??


「ばか、キスすんぞ」


耳もとで突然聞こえた甘い声にビクッと肩が跳ねてしまいました。

慌てて目を開けたら目の前に桐生君がいて驚きました。いつの間にここまで近付いたのですか!?

ニヤニヤと笑うその顔は、目つきの悪さもあって確かに今の桐生君はいじめっ子みたいだなと思ってしまいました。ごめんなさい。

でも、なぜか今の顔には見下すような不快感はありません。他の方に向けていたのとどこか違うのでしょうか?


「好きだ」


突然また真剣な顔をして言われた一言に心臓が跳ねます。

彼の顔がどんどん近付いてきて、キスされるのかと慌てて目を瞑るとコツンとおでことおでこを合わされました。

ここまで近いと桐生君の目しか見えません。あっ、アイシャドウも塗ってるのですか!? コソコソ見ていたので知りませんでした。


「返事は?」

「...っ... ごっ、ご迷惑でなければ、痛っ!」


返事を迫られ返事をしたのに頬をつねられました。結構強くひねりましたね。


「紛らわしいっつの! はいでいいんだよはいで」

「? ...はい。す、すごく...嬉しいです」


言われた通り「はい」と返事をしたら突然、ギュッと抱き締められました。

頬を押さえていた両手は私の腰と肩をギュッと抱き締めて、桐生君の髪が私の頬に当たってます。あっ、シャンプーのいい匂い... 香水の匂いもするかな、やっぱりお洒落さんですね。

そんな風に色々考えてしまってその間も心臓がものすごい早さで動いています。

...あ、私死ぬのかな?

桐生君に抱き締められてこの温もりに包まれて死ねるならいいかなと本気で思ってしまいました。



暫くしてそっと体を離されました。

もっと抱き締めていてほしいなんて... 思ってます。もっといっぱいギュッてしてほしいです。


「これからよろしくな」

「はっ、はい! こここ恋人ですからね!」

「あぁ」


桐生君は私を見て優しく微笑み頬に触れてくれました。

たまにうっすら微笑んでくれることもありましたが、今はハッキリと笑窪が分かるくらい微笑んでくれています。すごく嬉しいです。

なでなでと優しく撫でながら、そんな愛しそうに見詰められると恥ずかしいです。


「あ、あんまり見ないで下さい。...恥ずかしいです」

「ばか、あんま可愛いこと言ってっと犯すぞ」


突然聞こえた声に驚いて顔を上げましたが、そこには先程と同じく優しく微笑む桐生君がいました。

聞き間違いでしょうか? それとも冗談??


「もう、変な冗談は止めて下さい」

「冗談じゃねーけど」


プリプリ怒って言った私の言葉に真顔で返されました。

... ぇえ!?


「俺は我慢強いほうじゃねーからあんま煽んなよ。どうなっても知らねーぞ」


からかうように言われた言葉にまた顔が熱くなってきました。

桐生君って結構意地悪かも知れません。



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