唯斗君だってユイちゃんだもん!
スイーツの中でエクレアが一番好きです。
夕影と天彩が少女に案内された場所……
――それは二人にとっては非常に馴染みのある場所……
――二人が普段、学校で生活を送る場所……
――教室だった。
整然と並べられた八つの机と椅子、黒板には大きな文字で「ようこそ一年エクレア組へ」という文字が書かれている。仄かに甘い香りが教室の中を漂っていて、夕影はその馥郁たる香りに郷愁を感じた。
「夕影君と天彩さんはそこの席に座っちゃってね」
先ほどの少女はそう言って夕影と天彩に向けて指示を出す。二人が少女に言われるがままに指示された席に着くと……
「はーい! これで全員揃いましたね! 私はこのクラスの担任の美甘 邑依菜でーす! これから一年間よろしくお願いしまーす!」
「……!?」
夕影は困惑する。まさか、あの少女が……先生だったなんて……
「せんせーい! 年齢はー?」
開口一番、天彩は美甘先生に向かって不躾な質問を投げかけた。
「永遠の十二歳です!」
右手を胸に当て美甘先生は堂々と天彩の質問に答える。
――本気で言ってんのか、この先生……
夕影は心の中で呟いた。
「なるほど……先生は私たちより年下ってことですね……」
天彩はふんふんと頷きながら、何もない手の平に向けてメモを取るジェスチャーをした。
「他に、何か聞きたいことがある人いますか?」
「せんせーい! この中に一人男子が混じってるんですけどー!」
上っ調子でそう言ったのは、一年エクレア組、出席番号三番、彈野原 唯虎である。大仰に足を組み、机の上にその足を突き出す様は、一昔前のヤンキーそのものであり、全身で不真面目な生徒っぷりをアピールしていた。
「そうです。ユイちゃんしかいないってきいてたんですけど……」
彈野原に続いて発言したのは我舞谷 由龍で、この我舞谷も眼光炯炯、人を一切寄せ付けないオーラを纏っている。
「うーん……やっぱり気になっちゃうよね! その回答は本人にしてもらいましょー! 夕影君お願いしまーす!」
唐突に回ってきた発言タイム。
――俺はいったいなんて言えば良いんだよ……
「どうも、皆さんはじめまして夕影惟斗です。これからよろしくお願いします」
当たり障りのない自己紹介、陳腐で無難で最低限の自己紹介、夕影は厄介事にならないことを祈った。
「ったくなんなんだその自己紹介! つまんねーぞ!」
「ほんと、くっだらないわね、あなた。……死ねば?」
夕影の願い空しく、彈野原と我舞谷は夕影の面倒事を回避したいという配慮の姿勢が気に食わなかったようで、夕影に向けて怒声を浴びせた。
――なんなんだ、このクラスは……なんで自己紹介一つで死を強要されないといけねーんだよ、まったく。
夕影が唖然としているところにさらに雰囲気ブレイク発言が飛び込んできた。
「貴様ら煩いぞ! 一体何様のつもりだ!」
その少女の名はユイアーネ・ユルゲンス、凛とした佇まいとその神々しいまでに煌めく黄金色の髪から上流階級の気品を漂わせている。
「……この唯虎様に口出ししようってか?」
彈野原は獰猛な目つきでユルゲンスを睨みつける。だが、ユルゲンスも一切臆することはない。
「喧嘩を売ったんだ。買ってくれるな?」
腕組みしながらユルゲンスは余裕の笑みを見せつける。
「いいぜ! やってやろうじゃん!」
彈野原がガタリと机の上に足を乗せて今にも飛びかかろうとした、その時……
「はい、はーい! 早くも一触即発の雰囲気ですけど、彈野原さんもユルゲンスさんもこれから一年エクレア組のクラスメイトなんだから……みんな仲良くしてください!」
この不穏な空気を崩すように咄嗟に美甘先生がなだめにかかる。
「はーい!」
「……わかった。」
「「なんて言うとでも思ったか!!」」
彈野原とユルゲンスがまたいがみ合いを始めようとした。
「《心頭冷却》(グラニテ)」
美甘先生がそう言った途端に彈野原とユルゲンスの頭上に無数の氷が降り注いだ。
「二人とも……先生の言うことはきちんと聞かないといけませんよ。分かりましたね?」
「…………!?」
二人は突然の出来事にすっかり虚を突かれたようで黙り込んでしまった。
「みんなびっくりしちゃったかもですが、あなた達もこの先生が今やった《魔法》を使うことが出来るんですよ!」
その言葉を聞いて夕影が驚きを隠せなかったのは言うまでもない。
未知の現象、周知を凌駕する現実を目の当たりにして恐怖を感じたのも当然だと言えるだろう。
だがそれ以上に、夕影を含むこのクラス全員がこの奇天烈な《魔法》に興奮を覚えないわけにはいかなかった。
唯斗君だってユイちゃんだもん!
次回は明日5月30日7時更新です。