過酷なレッスン
――夕影さん、何か心当たりは?
と二人に問われた夕影であったが、そのような心当たりは全くなかった。
この時夕影が感じ取ったのは得体のしれないおぞましさだけで、この二人がこれだけ動揺しているということを考えると事態は只事ではないのだと思った。
「水会、休憩の話はなしだ。このまま続けよう」
こうなればひたすらにストイックに練習を重ねるしかなかった。こんなアイドル活動を経験したことがない(普通は経験することがない)夕影は人一倍練習しなければならないことは分かっていた。だからこそ、この報告を契機として夕影はひたむきに真摯に、水会の言うことに従うことを決めた。
「じゃあ……ちょっときびしめにいきますよっ!」
今までの練習がまるで厳しくなかったかのように水会は言った。
そして、水会の宣言通り、そして夕影の期待通りに練習は今まで以上に過酷なものとなっていった。
足が棒のようになってもう立てないなんて思うことも、腕が疲労してこれ以上上がらないと思うこともあったがそれら全部を乗り越えた、考えないようにしていた……
「さあ、そろそろお菓子休憩にしましょう! 美甘先生からのお菓子の差し入れもありますよ!」
「まだだ……まだやれる……」
夕影はすっかり練習することが苦ではなくなっていた。以前ならばすぐに根を上げていたような場面でも弱音を吐くことなく突き進むことが出来た。
それはひとえに周りに仲間がいたからであろう。指導する水会はもちろん、彈野原、ユルゲンスもめげることなく練習を続けていたからこそ自分も頑張ろう、そう思えたのだ。
「夕影さん! 休むことも大切ですっ! もうずっと練習してますよ!」
水会は夕影の体のことを慮って言った。
「あれ、もうこんなに時間が経ったのか……」
時間感覚を失っていた夕影は時計に目をやりながら考えていた。
――俺は、こんなに一生懸命になることが出来たんだな……
かつてのこと、この《ユイマイルワールド》に来る前のことについて、夕影は思いを馳せていた。
――俺はあの期待や責任から逃げてばかりで真剣に向き合うってことを忘れていたのかもしれない……
物思いに耽っている夕影を現実世界に呼び戻したのは、天彩の呼ぶ声だった。
次回は6月25日7時更新です。




