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飛んできたサンタクロース

 「それで? 君たちは何をしてるの?」 


 目の前には転移させられた洋館と同じような清潔感に欠ける印象の男たちが四人いた。

 年の頃は、三十代半ばから四十代前半程度だろう。格好は、皆何かの動物の革らしきベストにヨレヨレのズボンを身につけている。腰には鞘を下げ、一部の者たちはそれを抜き身で持っている。

 古い映画で見るような盗賊みたいな感じがする。

 彼らだけを見ているならばコスプレの撮影会と言われてもさして疑問を持たなかったかもしれない。

 ただ、一緒にいる少女の方は見過ごせない。

 縛り上げられた少女は、男たちとは違い、上質そうなドレスにも似た衣服をまとっている。幸いにして未だ衣服は剥ぎ取られていないようだが状況からして時間の問題だろう。顔立ちや背格好から10代半ば頃だと推測できる。殴られたらしい腫れた顔からでも十分に育ちの良さ、品の良さが伝わった。 

  

 そんな彼らが揃って口を半開きにして、ぽかんとした表情をしてこちらを向いている。


 まあ当然か。

 サンタクロースである僕が、こんな堂々と入ってくるとは夢にも思わないはずだ。

 本物のサンタクロースを、それも聖務中の僕を見る機会なんて一生に一度もあるはずがない。

 これはあとで協会本部に連絡して、彼らの記憶の改竄手続きを踏まないといけないなあ。

 でもまず僕がしないといけないことがある。

 

 もちろん少女の解放だ。たとえ彼らがやっているのが趣味趣向性癖の類であろうともそれは決定事項だ。

 どんな理由があれ、子どもを害していい理由にはならない。


 「何だテメェは? チェスロックの家の手先か?」

 「チェスロック? 何のこと?」


 男たちの中からリーダーらしい人物が口を利く。初めて聞く単語に生返事をするも聞きたいことがあるのは僕の方だ。


 「僕は見ての通り、サンタクロースだよ。ちょっと迷ってここに来たみたいなんだ。それよりも改めて聞くけど君たちは何してるの?」

 「さんたくろーす? なんだそりゃ? 」

 「道化とか吟遊詩人の類じゃないっすか?」

 「言われみりゃあそう見えるな! ギャハハハ」


 こちらの質問には全く答えず、仲間内で騒ぐだけで会話にすらならない。ストレスの貯まりそうな相手だ。

 サンタクロースを知らないなんて嘘を付き、あまつさえ馬鹿にする言動にイラついたが今は置いておこう。僕の煽り耐性はエベレストより高いのだ。

 その間も、少女は戸惑っているようで状況をうまく飲み込めていないようだった。

 そっちの反応の方が正しいと思う。男たちはいきなりの侵入者に対して威勢の良い風を装ってはいるものの、僕の正体を正確に掴めていないみたいだし。


 ただ、今の状況ははっきり言って、もう終わってる(・・・・・)

 彼らの『処遇』は僕の中で決定してるのだから。


 「はぁ……。あのさ、君たちはその子に何をしてるの? 別にその子が喜ぶからってしてるわけじゃないよね?」

 

 これからの疲れそうなやり取りを想像しつつもため息混じりに聞いてみる。

 その問いをどう解釈したのか。彼らは揃って笑い出す。

 

 「ハハハハ。こいつは、俺らの玩具みてえなもんだ。これからこいつも喜ぶし、俺らも喜ぶことをする。てめえは大人しく、帰って母ちゃんの乳でも吸うか、くたばってな。てめえも混ざりてぇってんなら相応の対価を払いやがれ」

  

 そう言って、剣呑な目つきに変わる。

 話しながらも、男たちはじりじりとこちらを囲むように移動している。


 ただ、僕は本当に疲れている。

 ここ数日は怒涛の毎日だったし、クリスマス当日はそれこそ、秒刻みで体を動かし、魔法の連続使用が強いられた。

 早く終わらせたい。

 その思いだけが募る。

 体はどこか重く、何日も寝てないせいもあってか、こんな場面にありながらも早くベッドに倒れこみたい。


 ぼんやりしそうになる意識の中、なんでだろう。

 ここに来て思い出すのは、アカデミア時代での試験問題だった。

 僕が間違えた数少ない問題であり、唯一いまだに不正解に納得がいっていない問題。


 それは『クリスマス当日、プレゼントを届けにやってきたあなたは家に強盗が押し入っている場面に出くわしました。サンタクロースに求められる正しい行動を簡潔に述べよ』という自由記述式の問いだ。

 今でもよく覚えている。


 僕は迷わず、「子どもを解放したのち、子どもからは見えないようにしたあと、犯人に生まれてきたことを後悔させるほどの痛みを与え、官憲に突き出すか、秘密裏に処理する」と書いた。

 自分で言うのも何だけど、当時からいろんな意味でアカデミアでも頭一つ抜けた成績の僕がそう答えたことが教官たちの間で波乱を巻き起こしたらしい。

 僕はそれを最善だと信じて疑わなかったけど「それは間違いだ」の一点張りで何度抗議しても取り合ってもらえなかった。


 そんな解答をする僕だ。目の前の所業を許せるわけがない。

 僕が尊敬している数少ない人物であるおじい様にも、「自分の信じた道を行きなさい」と仰ってくれた。


 彼らとの会話のキャッチボールは早々に諦めよう。

 ただ、その前にこれはあらかじめ確認しておきたい。


 「最後に一つ聞かせて欲しいんだけどラザレス・クロムウェルという名前に心当たりは?」

 「何言ってんだテメエ? 食いものか何かか?」


 ある意味予想通りで何も知らないと言う。別にここで真実を知ろうとは思わないけど。あとで尋問でも何でもして聞き出そう。今は彼らと会話するほうが疲れる。

 『指導』した後なら色々教えてくれるだろうし後でいいや。


 『いい子にはお菓子やおもちゃを。悪い大人には鉛玉のプレゼントを』が僕の座右の銘だ。悪い大人に容赦なんかしてやらない。


 まあ今回は子どもの前だから自重するけど。

 

 「もういいや。とりあえず君たちには鉄拳をプレゼントしてあげよう」


 言うやいなや、駆け出す。

 不意をついたつもりもないけど、男たちが僕に対して反応してみせたことには少なくない驚きがあった。

 平和ボケしてる国だとこういう反応はできない。

 それをしてのけたことからも男たちには相応の『経験』があるということに他ならない。


 ただ、僕の動きに『反応』はできても『対応』できるどうかは別問題だ。


 少女を見張るように男が1人横につくが、それ以外の3人は剣を抜きタイミングを見て襲おうとしていた。

 3人いるけど彼らの動きじゃあ、数の利さえなさそうだ。

 

 そもそも何で武器が銃じゃなくて剣なんだろ?

 そんなことを思いながらも、まずは真ん中にいるリーダー格の男から崩すことにする。三人いる中で真ん中に突っ込むのはあまり得策ではないが力量差的にも、位置的にも問題なくむしろ相手の心理的な依り代を崩すことを優先する。

 僕に懐に踏み込まれたこととその速さが予想以上だったようでリーダーは目を見開き、反応できずにいるところを鳩尾に掌底を叩き込む。

 呼吸が出来ず、頭が下がりきったところで後頸部に肘を打ち込み意識を刈り取る。

 まずは一人目。


 「……な、て、てめえよくもっ!」


 そう言いながらリーダーの横にいた男が慌てて剣を振るうが太刀筋が大振りになっている。

 そんな剣じゃゴブリンすら相手にできないんじゃないかな。

 スウェーの要領で上体を引き、躱しながら手刀を手首に打ち込み剣を手から落とす。

 そのまま腕を掴んで一本背負いで投げる。

 もちろん、衝撃を殺してやるような投げ方はせず、背中から叩き込む。


 「ッカハ!」


 さっきまでの威勢も失せ、呼吸が苦しそうになる男だが、まだ意識はあるようなので顔面を踏み抜き、二人目の意識を刈り取る。

 

 「クソがっ!」

  

 二人目の男を倒したあとの位置関係から斜め後ろにいる男が叫びながら、袈裟斬りに剣を振り下ろしてくる。せっかく後ろにいるのに動揺しているのか気配も殺さず、声をかけてくるような優しい彼には振り向きながら回し蹴りで答える。相手の顎の骨を砕くような確かな感触を受けながら、三人目の男を見下ろせばピクピクと痙攣して意識を失っていた。


 「て、てめえそれ以上動いたら、こいつの命はねえぞ!」

 

 最後の一人は、膝立ちにした少女に剣を向け、興奮したように叫ぶ。

 でも、剣を首元に突きつけるならまだしも、中途半端に臨戦態勢を取るようにして剣を少女に向けるだけで、少女から剣を離している今の状況なら恐れるに足りない。

 人質から得物が数十センチ離してれば何の支障もない。

 ただの悪手でしかない。


 「何それ? 新手の挑発か何か? 《プロテクション・スフィア》」


 少女に対して左手を向け、魔法名を唱える。すると半球状の魔力の層が少女を覆う。

 それだけで男は少女に触れることすらできない。

 ――《プロテクション・スフィア》

 結界魔法の一つでその中でもC級に部類される魔法だ。見る限り何の魔法技術も修めていないこの男では傷一つ付けることは不可能だろう。


 「クソが! なんだこれ! このっ!」


 いきなり自分の切り札である人質が使えなくなり混乱している男は何度も結界に剣を叩きつける。

 そんな行為に意味はないんだけど、結界に守られている少女の方は男から敵意をむき出しにされて完全に怯えている。


 先ほどと同じように四人目の男に接近し、懐に潜り込む。掌底を鳩尾に打ち込み、頭が下がったところを今度は頭を掴み膝蹴りを叩き込む。

 中途半端な威力であえて加減しているため、男が意識を失うことはない。鼻の骨を折って鼻血を流している。男は剣を手放し、鼻を押さえ込む。

 少女を怯えさせたことへの報復としてあえて気絶させなかったけど、子どもの前でやりすぎると教育に良くないし、考えものだね。

 武器も放り出し戦意も喪失しているからもういいかな。

 甚振るのも本来の目的とは違うし。

 最後に側頭部を蹴り、意識を奪う。 



 一段落ついたところで周りを見ると大の大人が四人とも白目をむいて倒れているというなかなかシュールな絵面がそこにあった。まあやったのは僕だけど。

 少女への脅威が消えているようなら別に構わない。

 少女は安堵した風に息を吐き、こちらを見据えている。助けられはしたもののまだ僕が何者か分かってないからだろう。完全に味方と認めたわけではなさそうだ。

 状況が状況だけに正しい判断だけど、サンタさんとしてはちょっと悲しい。でもサンタクロースは子ども達と世界の味方だけど、今の状況なら仕方ないかな。

 少女の元へと歩み寄り、結界を解除し手首に縛られた縄を解く。

 

 「とりあえず怪我を治すね。《ヒール》」

  

 少女に向けて手をかざすと淡い光が少女を包み込み、顔の腫れた箇所が徐々に治り、一分もしないうちにおそらく元の顔だろう端正な顔立ちがそこにはあった。

 金髪に青い瞳。白い肌に通った鼻筋、ふっくらした唇。

 今でも十分可愛らしいが将来はさぞ綺麗になりそうだ。

 いい子を育てる優しいご両親になって欲しい。

 少女は光が収まった後に自分の顔をぺたぺたと触り、「え? 何? 魔術? でも……」と驚きながら少し混乱した様子だった。 

 驚いたせいか、傷を治したせいか警戒の色は一気に薄まったみたいだ。

 

 「他に痛いところはない?」

 「だ、大丈夫です。あの、助けていただいてありがとうございます」

 「どういたしまして。それじゃあ改めて自己紹介させてもらうけど、サンタクロースのニコラ・マロース。色々と聞きたいことがあるんだけど、まずは名前を聞いてもいいかな?」

 「レナ・チェスロックと言います。私にお答えできるようなことなら何でもお聞きください」

 「チェスロック? 何かこの人たちも言ってたよね」


 仰向けになって白目をむいてる男たちを一瞥する。自分でやったこととはいえ絵面が汚い。


 「私はチェスロック家の者なので彼らはニコラ様のことを護衛か何かと勘違いしたのでしょう。ニコラ様はお父様に依頼されて来られたのでしょうか?」

 「いやレナさんの家とは関係ないよ。お父さんにも会ったことないし。普通に煙突を抜けたらここに来てただけだよ」

 

 頭の上にハテナを浮かべ、「何言ってるんだ、こいつ」っていう感じの目が心に刺さるけど事実だからしょうがない。こちとらサンタなんだから察して欲しい。


 「そもそも、この男たちは何なの?」

 「彼らは、自分たちのことをガリス傭兵団だと名乗っていました。腕は確かと聞きますが、彼らは戦場での仕事がない間は、その、非合法な手段でお金を稼いでいると言われていて一部の地域では賞金首になっています。リーダーの方の外見的特徴が聞いていた情報と一致しますし、間違いないと思います」

 「……よ、傭兵、団? こんなので?」


 強制転移でこの洋館に飛ばされ、少女が縛られていた場面を見た時よりも驚いた。

 攻撃魔法はもちろん、強化魔法も武器も使わずに制圧できる傭兵なんてどこの戦場で必要になるんだろうか。

 しかも剣なんて持ってたけど普通武器なら銃火器を使わないかな。貧乏なのかなとは思ったけど今のご時世、剣を手に入れる方が難しいと思うし。謎だ。

 僕が何を言いたいのかわかったのだろうレナさんはおずおずとした感じで付け加える。


 「えっと、彼らは集団での統率された動きで敵を制圧すると言われています。ただ、ニコラ様が圧倒的だったのかと……」

 「様付けなんてしなくていいよ。呼び方は何でもいいけど、ニコラとかサンタさんって呼んでもらって構わないから」

 「え、えっとじゃあ、ニコラさんで」

 「まあ、いいや。彼らが弱いのも数が少ないのも今はとりあえず置いておこう。じゃあ、次はここがどこなのか教えてもらっていい? さっきも言ったけど本当に迷ってここに来たんだよね」

 「ここは……えっと、エベルハイド領だと思うんですが、細かい位置は私にもわかりません……。荷馬車に入れられて無理矢理連れてこられたので……」

 

 エベルハイド領? 聞いたことない地名だ。職業柄、地理には詳しいだけどなあ。 

 それに荷馬車って……。この自動車が横行している現代ではありえない。せめてソリを使えばいいのに。


 だけど、一番気になるのは言語だ。今まで普通に意思疎通できてるけど何で分かるんだろ?

 他国の言語は一通り全部話せるけど、聞いたこともない言語だ。

 なのに、なぜか理解できるし話せてもいる。なんで?


 というかひょっとして……ここって……。

 いやいやいや……でも……。


 「あの、私もお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「あ、うん。どうぞ」


 思考の海に陥りそうになっているところをレナさんが話しかけてくる。

 危ない危ない。

 急に僕が黙り込んだことに何か思ったのか、こちらを窺い不安そうにしながら問いかける。

 今まであった違和感がどこかで合わさるような、何となく嫌な予感がする。

 

「『さんたくろーす』というのは何なのでしょうか?」



……。


…………。


………………。


……………………え?


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

感想はもちろん誤字脱字ご指摘など頂ければ幸いです。



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