聖なる夜に祝福を
初投稿です。至らぬ点は多々あるかと思いますが皆様が楽しくなれるようなものにできればと思います。
また、暖かく見守っていただければ嬉しいです。
クリスマス――それはイエス・キリストの生誕祭にして復活祭に並ぶ聖なる日。国や地域によってその風習は様々で祝い方やもらえるプレゼント、もらえる人物も異なる一風変わった日である。
そして今日、12月24日。僕はしんしんと降る雪の中、暗い夜空を忙しなく駆け、家々を回っていく。僕らにとっては一年で一番忙しい日だ。
それは最たる理由は僕の職業に由来する。
僕の職業はサンタクロース。日本では「サンタさん」なんていう愛称で呼ばれてたりする。
サンタ――それは選ばれしエリート中のエリートのみがなることを許された人を超越した聖なる存在。
サンタ――それは見返りを求めず、限られた時間内に人知れず世に夢と希望と喜びを与える存在。
サンタ――それは時代の移り変わりとともに起こりうる、ありとあらゆる事態を想定し、その対処を求められる圧倒的な存在。
サンタ――それはその知名度とは裏腹にその本質を秘匿された謎の存在。
これがサンタに求められる条件だ。僕は晴れて首席に加えて飛び級でアカデミアを卒業し、新人サンタとして活動している。
僕にとってサンタとは、なるべくしてなった最も誇るべき仕事の名前だ。
でも残念なことにここ最近計算違いばかりが起こっている。当初の予定とは違い、日本なんていう無宗教で信仰心の欠片もない民族ばかりが住むこの国で働くことになった。
こんなはずじゃなかったのになあ。欧州の本部で活躍して若くして支部長になるのが僕の直近の目標だった。
でもそれも今じゃあ叶いそうにない。
原因なんて分かりきっている。ラザレス・クロムウェルという中年親父の存在だ。
彼は欧州にある本部で課長をしている人物なのだが何かと僕に突っかかってくる。突っかかってくる理由はよく分かっていない。おそらく彼とはそりが合わないんだろう。もしからしたら前世か何かで因縁があったのかもしれないなんて思えるほどだ。
とにかく彼は僕がやることなすこと色々とケチをつけてくるし、無駄な労力と人脈を駆使して僕を窮地に追い詰めようとしてくる。そのせいで僕が希望していた地域ではなく、ここ日本に配属されることになった。
別に日本だから問題があるというわけではない。そもそも権力とか名誉とか役職とか、そういったものに興味なんてない。どこの国だろうが地域だろうが関係なく、子どもは総じて守るべき財産であるし、希望の塊だと僕は思ってる。ただ、本部でスピード出世することで業界を変えたかった。
でも日本も最初は狭いし蒸し暑くて仕方なかったけど慣れれば平気だった。それどころかご飯はおいしいし清潔だし温泉あるし結構いいことづくめだった。
だけど、ラザレスがいない土地に赴任して平和で問題なんて何も起こらないと思ってたけどそんなことはなかった。
その最たる問題が今日のクリスマスだ。
日本に配属されて二年目。一年目は配属されたばかりというのも相まって、配るプレゼントの数は50個だった。これは当然、訪れる家の数が50件ということになる。少し多い気がしてたけど、若いからとか新人だからとかいう理由だと思っていたし、子どもの寝顔を多く見ることができると思えば苦じゃなかった。それでもソリでの移動時間を考慮すると物理的制限からかなりギリギリだった。
それでもやり遂げ、サンタとはかくも大変な職で先輩方はすごいものだなと改めて感心してたけど、それはラザレスが仕組んだことだった。
何でも日本の支部長にアカデミアを優秀な成績で卒業した僕ならばそれくらいは出来るとか何とか進言したらしい。
問い詰めたら「君ならそれくらいはできて当然だと思った」とぬかしよる。
ちなみにあとで知った話だが、通常サンタが家々を回る件数は平均25件で、僕はその倍の数を知らず知らずのうちに配らされてたという訳だ。
でも、それはもういい。終わった話だ。さっきも言ったが子どもたちの寝顔を堪能したし、喜ぶ姿を想像できたから別にいい。
問題は今年だ。
今年もラザレスの告げ口によって去年より数が増やされてしまった。
その数は100件。時間的にほぼ無理としか言い様がない数だ。
考えてもみて欲しい。
一軒の家へ訪れ、住人に気づかれずにプレゼントを置いて帰り、礼儀正しい子の家の場合はお菓子を用意してくれているから食べてからお礼のメッセージカードを置いて家を出る。それまでに掛かる時間は通常のサンタで3分が要求される。そして次の家に向かうために強いられる時間が5分から10分だ。一時間で最高7件程度しか訪問できない。
これはうちのサンタ協会が目標とする基準値だ。
もちろん、家への侵入経路や何が欲しいか、普段住人が何時くらいに眠りにつくかといったことや最適な経路で効率よく回るための事前調査をしているとはいえ、限度がある。
去年がその限界数だったと言える。
けど、今年はその去年を超える無理を強いられる。
僕は別に評価や株が落ちることを気にしているわけじゃない。僕ができなかったからといって困るのは僕だけだし、ラザレスが喜ぶ姿はたしかに癪だが問題はそこじゃない。
問題は子どもたちだ。秘密裏にとは言え、配る予定だったプレゼントを配ることができず、落ち込む子どもたちの表情を想像するだけで胸が引き裂かれそうなくらい子どもたちにも申し訳ない。同時にラザレスには溢れんばかりの殺意が沸くけど。
だから、僕は必死に頑張った。侵入からプレゼントを配り脱出までを2分以内にしようと試み、次の家に向かうための用いる時間を3分とした。事前の経路を何度も確認とシミュレーションと訓練をひたすらに繰り返し、当日は家の住人に催眠の魔法を使って強制的に眠ってもらうことにした。パートナーのトナカイには常時回復魔法を掛け続け体力をカバーすることでどうにかなるところまでこぎつけた。
でも、ここでもまだラザレスの妨害は続く。
本当にくどい。
暇かよ。仕事しろよ。
ただでさえ、配るプレゼントの数が多くて聖夜当日のスケジュールはギリギリだというのに、うちのトナカイたち全員が体調を崩したのだ。
トナカイは新人・ベテランを問わず、9匹のトナカイが与えられる。それが全員体調不良だ。それも忙殺されたことによって餌やりを他の職員に任せた日のタイミングでこれだ。陰謀の匂いがプンプンする。
それも必死の看病と回復魔法を掛けることでどうにか持ち直し回復してくれた。ただ失った体力は戻ってないため万全とは言えず当日に走れそうにはなかった。
しかもまだ問題はある。
それが今向かっている家だ。
ラザレスは僕がプレゼントを配る家を追加で一軒増やしてほしいと言ってきた。それもクリスマスの「2日前」に。最適な道順を設定し、侵入経路も確認し万全な状態を整えた状況での追加命令である。
さらに言うなら、その配る家は「魔法使い」の家だった。セキリュティ対策が一般人の家の比ではない。
自慢じゃないが僕くらいになるとホームセキュリティレベルならどうということもないし、たとえ要人が24時間体制で警備していようが出し抜くことができる自信はある。
だが、事が魔法使いの家なら別だ。
使う魔法の種類や歴史の古さなどがそのままセキュリティのレベルを上げる。だから残念ながら魔法使いの家は基本的にプレゼント配布の対象外なんだけど今回はラザレスがその家のことを申請してきて配ることが決定している。
一応今回ラザレスに命令され急遽プレゼントを配ることになった家を簡単に調べてみたけどそこまでの魔法使いじゃないという調査結果だった。けど、魔法使いという生き物は総じて家の財産たる魔法研究の成果を秘匿するものだ。だから間違いなく大なり小なり侵入者対策を講じてるはずだ。
それをラザレスの命令で行かなければならないのである。罠としか考えられない。
おそらく、魔法使いの罠に掛かった僕を貶すか、プレゼントを配り終えることができなかった時に皮肉を言うかのどちらかだろう。
小さい男だ。直属の上司でないにも関わらず執拗に関わってくる。努力の方向音痴にも程がある。
残念ながらトナカイたちが体調を崩し、その看病のために付き添っていたためにこの家について調べるのに十分な時間が取れたとは到底言えない。ほどほどの調査とシミュレーションをして、あとはぶっつけ本番。
それもこれも全てあの憎たらしいラザレスのせいだ。
だから僕は今日というこの聖なる日に誓った。
このクリスマスが終わったら、ラザレスという汚い大人を『掃除』し、サンタ業界を改革することを。
ラザレスはあからさまに僕にちょっかいをかけてくるが、彼だけに問題があるわけじゃない。僕に一番ちょっかいをかけてくるのは彼で間違いないけど、この業界そのものがもう腐りきっていて、手遅れなのだ。ラザレスにやりすぎじゃないかと苦言を呈する者もいるが実際に動いてくれる人物なんていない。そんな業界だ。
子ども達に夢と希望とプレゼントを与えるような崇高な職業を、子ども達の見本になれない大人たちがやるべきではない。
大変な仕事だけど少なくても子ども達のことを真剣に考えられるような人物以外はなるべきじゃないと思う。
ましてや他のサンタの邪魔をして、間接的に子ども達を悲しませるようなことをする人物には相応しくないだろう。
ラザレスには是非、首を洗って待っていて欲しい。僕からのささやかなプレゼントをあげようと思う。
全てはこの仕事を終わってからだ。
今日ここまでの家々を回るのにソリには乗ってない。もちろん、トナカイたちには休んでもらっている。トナカイたちの大事をとったのと一緒にいて何かに巻き込まれると困るからという理由もある。
だけど、一番は時間短縮のためだ。今日の移動では裏技を使った。というよりも個人的な禁じ手の瞬間移動の魔法だ。
空間系統魔法の一つであるこの魔法を連続で使いまくった。視界におさめてる場所と一度訪れたことのある場所に転移するというものだ。あらかじめシュミレーションし、訪問先を確認している身として都合が良い。正直に言うとソリを使うより全然早い。計算してたのが馬鹿らしくなるくらいには。
あくまでもソリに乗ってのプレゼント運びというのは空間系統の魔法が使えないものが雪国で便利だからという理由が起源だったんだけど、いつしかサンタクロースの品格を示す行為へと変貌した形だ。だから別に単独で瞬間移動の魔法を行使しても構わないし、たとえ誰かに怒られようとも子ども達を思えば何ともない。
そして現在、時刻は4時30分を少し過ぎたところだ。
既に100件全ての家々を周り、プレゼントを配り終え、残すは最後の魔法使いの家のみとなった。
「ようやく最後か……」
そこはとても古く大きな洋館で、街の外れに建っており街の住人からは心霊スポットとしても有名な場所だという。
たしかに日本の個人宅では近年稀に見るほどの本格的な洋館で、外壁の広さと相まって城のようにも見える。
外壁から、洋館全てを覆うように結界が施されているが、結界魔法も得意な僕からしたら何の問題もなく、住人に気づかれることもなく屋根へと登る。
洋館そのものにも外敵と魔法を防ぐ結界が施されていたけど、少し厄介な程度で最低限の魔法を解除するに留める。
あとは侵入してから住人を催眠魔法で眠らせることにする。
軽く息を整え、煙突へと勢いよく飛び込む。
あとは物音を立てないように着地するのみ。
――と考えていた、その時、煙突の中から魔力の高まりと魔法の発動、それに伴う魔法陣の展開を感知した。
いくら魔法使いの家とは言え普通、煙突にわざわざ魔法で罠を仕掛けるようなことはしない。
なら自ずと答えは見えてくる。
――ラザレスだ。
彼奴はサンタであるにも関わらず、こともあろうに煙突に罠を仕掛けるという暴挙に出たわけだ。
残念ながら、おそらく彼奴の思惑通り、まんまと抜け出すこと能わず煙突に仕掛けられた魔法陣――おそらく感覚からして空間系統魔法の転移魔法の一種だろう――の独特の浮遊感を味わった。
上下左右前後はもちろん時間の感覚すら分からなくなり、頭の中身を掻き回されたような不快な感覚を味わい、気づくと背中から床に叩きつけられていた。
肺の中の空気が押し出され、一瞬呼吸ができなくなるが、頭を庇い怪我を防ぐ。
背中からかなり大きな音を立てて着地したが、リュックタイプのプレゼント袋、通常『道具袋』が下敷きになったことが幸いしてか怪我をすることはなかった。
実はこの道具袋、凄まじい効果を持った魔法具で僕の自信作なのだが、これくらいで損傷することはない。
ただ、今回は特別な理由があっていつも以上に特別な道具袋だ。
「ミミ、大丈夫?」
『大丈夫、問題ない』
安否を問えば返ってくるのは澄んだ少女の声。
そう、この道具袋は生きている。
正確に言うならば、道具袋に「擬態」しているだけだが。
それよりも無事家に侵入することは出来たけど、落ちた時の音で住人が目を覚ました可能性が高い。
何よりも煙突を抜ける際に味わった空間転移魔法独特の感覚から、ここがあの洋館の中ではないことが分かる。
服や道具袋についた誇りを払いつつ、立ち上がるも不完全な魔法だったのか、転移酔いで頭に激痛が走り、足元もおぼつかない。
この症状が出るのは、かなり無謀な転移魔法を行使された場合か、座標軸が無茶苦茶に設定されている場合に限る。下手をしたら両方の可能性すらあり得る。
「《キュア》」
とりあえず、転移酔いを回復するべく自分に状態異常回復魔法を掛け、改めて周りを観察する。
おそらく広間なのだろう。その場所には小さなテーブルと椅子があり、テーブルの上には古い燭台に、食べかけの食事と飲みかけの酒があるだけだった。家具は最低限の手入れもされておらずボロボロで、壁紙は剥がれかけ、カーテンと絨毯はシミだらけでところどころ穴もあいている。真っ先に薄汚いという感想が出てくる。
手入れどころか掃除すらされてなさそうだ。
強制転移させられた先にはこれでもかというほどの罠か魔物が待ち構えているのかと少し身構え警戒していたが、その辺はどうやら杞憂に終わりそうだった。
辺りに魔法の気配はない。
魔法使いの家に入ったにしてはあまり魔力を感じないのも、やっぱり目当ての家に転移したからじゃないせいだろう。それでも魔法が仕掛けられていないことに違和感を覚えながらも、改めて目の前の光景に集中する。
「それで? 君たちは何をしてるの?」
僕は若干ではない殺意を込めて眼前の人物たちに問いかける。
ある意味、現実逃避をしたくて周りを見ていたけど、どうやらこれが現実だと分かり本題に入る。
そこには武装した男たちが一人の少女を縛り上げている姿があった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想はもちろん誤字脱字ご指摘など頂ければ幸いです。
それと本日はクリスマスですが別に作者のリアルが充実していないわけではありません。
……決して充実していないわけではないのです。
メリークリスマス!