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第7話 赤い紐事件(7)

 往路1時間かかった道のりは、当たり前だが復路でも1時間はかかる。

 持たされた荷物が負担になり、僕の鍛えていない両腕がパンパンになってきた頃、僕はようやく自分の下宿先に戻る事が出来た。


「ここの最上階が僕の部屋になります」

「思ったよりも、良さそうな場所ね」

「ありがとうございます。こちらです」


 元々5階建ての建物だったためなのか、エレベータは設置されていない。僕はどうも狭い棺桶のような空間に閉じ込められ、運ばれていく、あのエレベータという乗り物が好きではない。だから、屋上に建てられている自分の部屋まで階段で登る事になっても、全く問題は無いのだが……


「さすがに、普段していない事をしたので疲れました」


 往復2時間の散歩、そして帰りはアシュリーの荷物を持たされての移動だったため、最後の5層分の階段が堪えてしまった。


「きっとタイチローさんは、鍛え方が足りないのですわ。殿方はイザという時、女性を守れなければなりませんのよ。ほら見て下さい、あの方たちは、もう任務に就きましたわ。敵ながら天晴です」


 そういって、リビングの窓から顔を出し、僕たちが入ってきた表通りの方を指差した。僕はアシュリーのいる場所まで移動し、その横から顔を出す。


「ほら、あそこに」

「あ、本当で……す……ね……」


 確かに窓から見える表通りの電柱の陰に2人の監士が双眼鏡をこちらに向けて立っていた。監視している事を隠す気はもう無いようだ。だが、それ以上に……


(近い!)


 同じ窓から外を覗いてしまった事で、アシュリーの方へ視線を向けると、目の前にアシュリーの顔のアップがあるという事になる。若い女性がこんなに近くにいるなどという経験の無い僕は、一瞬で舞い上がってしまったのだ。


「先方も仕事です……あら」


 真っ赤になりアシュリーの事を凝視している僕に気が付かれてしまった。


「えーと……」


 そう呟くとアシュリーは、少し早歩きでソファの所まで行き、腰を掛けた。


「お茶……いただけますか?」

「は、はい」


(顔が熱い!)


 とりあえず僕はアシュリーと目を合わせないようにして、奥にある小さなキッチンに向かった。


(でも、どうしよう)


 少し木を落ち着けるためにも、台所に来たのだが、良く考えれば僕の部屋でお茶を淹れる事は出来ない。なにせ、僕が住んでいる部屋は後から造られた部屋だという事で、水道管もガス管が通っていないのだ。このため、この部屋では調理は出来ない。格安で借りることの出来た理由の一つなのだが、滅多に無い来客の時に困る。


(洗い物用や洗顔用に桶に水は汲んであるけど、この水を出すわけには……)


 と、その時……


 トントン

 

 と、玄関をノックする音が聞こえた。


「はい!」


 僕は台所から出る口実が見つかったので、直ぐ様玄関に飛び出し、ドアを空けた。


「タイチローさん、これをどうぞ」


 そこには、ティーカップを2つ、淹れたての紅茶が入ったポットを載せたプレートを持ち、黒いゴシック調の服装に身を包んだ少女が立っていた。


「え、これは?」

「お客様ですよね」


 入ってきたのは、大家さんの孫娘の少女だ。


「いらっしゃいませ。この建物の管理をしているクロエ・デュフォールです」


 クロエはずかずかと僕の部屋に入ってきてリビングで座っているアシュリーに向かって丁寧に頭を下げ、挨拶をした。


 その姿を見て、


「これはご丁寧にありがとうございます。アシュリー・セラフィーナ・クロッカーですわ。本日よりお世話になります」

「「お世話?」」


 僕とクロエは同時に声を出した。


「アシュリーさん? お世話というのはどういう事でしょう」

「タイチローさん! どういう事ですか!」


 僕はアシュリーを、クロエは僕を見て同時に叫んだ。


「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「「聞いてません!」」


 僕の代わりにアシュリーが答え、それに向かって僕とクロエは、また同時に叫んだ。


「そうですか。それは失礼いたしました。でも、ここに……」


 そういって、先程僕がサインをした契約書を提示してくる。そして、その中の一部にゆびを指した。


『甲(僕の事だ)は乙(アシュリーの事になる)に対し、甲が委任する業務に必要な環境、場所、資料などを無償にて提供する事』


「この通り」

「「確かに……」」


 これまた同時にクロエと頷く。

 不思議なものだ、文書で書かれてあるとヒートアップした気持ちが一瞬で落ち着いてしまった……なんて事はなく、


「確かに書いてありますが、お世話になるという事とどうつながるのですか?」

 

 僕は改めて確認すると、


「魔法調査士が行う調査業務は、その魔法の才の確認が必要あるため、依頼人の生まれから現在までの生い立ち、性格、趣味嗜好など、あらゆる情報を得る必要があります」

「はぁ」

「ですので、タイチローさんの弁護を行うには、タイチローさんの生活に密着する必要があるのです」


 そういうものなのか?

 僕はこの時、迂闊にも説得されそうになっていたのだが、ここでクロエが反撃に出る。


「それと、お世話になるというのがどうつながるんですか?」

「はい、そのために、私はここで寝食をともにして生活をする事で、より強固な弁護活動を行う所存でございます」

「その荷物は?」

「はい、私の全財産でございます」


 アシュリーは僕が運んできた木箱の蓋を開け、中身をクロエに見せる。


「全財産?」

「はい」


 そう言えば、アシュリーは、先程、クリーニング屋の老婆に「お世話になりました」と挨拶をしていた。


「さっきのクリーニング屋が前の依頼人という事か……」


 そうやって、身体を張った弁護活動をするアシュリーの真剣さが伝わってきた。


「大家さん」

「はい」


 正確には大家の孫なのだが、クロエも言っていた通り、実質的な管理は、年老いた祖母に変わり、この子が一手に引き受けていた。まだ、14歳くらいだったはずなのに、健気な事だ。


「先ほど、僕は魔法絡みの事件に巻き込まれてしまって、魔法調査士のお世話になる必要が出てしまったんです」

「はぁ」

「申し訳ありませんが、暫くの間、この魔法調査士さんに同居していただく訳にはいかないでしょうか?」


 クロエはその言葉に、少し思案をして、


「巻き込まれたというのは本当の事でしょうか? 魔法調査士が必要という事は、監察院が出てきているという事ですよね」

「はい」

「あくまでも巻き込まれた……そうおっしゃるタイチローさんを信じ、この女性との同居を認めろと?」

「お願いします」


 そこでクロエは大きく息をして、


「解りました。きちんと身元がはっきりした方であれば、一時的な同居に関して大家側としてはNOとは言えません。ですが……」

「はい」


 クロエはそこでアシュリーを見て、


「アシュリー様は、それで問題無いのですね」

「はい」

「男性と同居される事になるのですよ」

「何か問題でも?」


 アシュリーの返しに、なぜかクロエの顔が赤くなり、


「も、問題ありません! タイチローさん、ティーセットは後で下に持ってきてください!」

「はい!」

「それでは……(コホン)……失礼いたします」


 そう言って、部屋を出ていった。


***


「アシュリーさん、それでは改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ、お世話になります」


 そう言ってお互いが頭を下げる。


「それにしても、魔法調査士というのは大変な職業だったんですね。激務だとは噂で聞いていましたが、まさか依頼人と同居が必要なんて……」


「……タイチローさん、何か誤解があるようですが?」

「誤解?」

「魔法調査士が依頼人と同居して弁護をするような事はありません」

「はい?」


 あれ?

 僕は何か勘違いをしたのか?


「で、でも……アシュリーさんは前の依頼人の方と同居されていたんじゃ?」

「前の依頼人? どなたの事でしょうか?」


 どうも話しが噛み合わない。


「さっきまで住んでいたクリーニング屋ですよ。依頼人の家で同居していたんですよね?」

「ああ、デボラ大叔母様の事ですね」

「大叔母様?」

「はい、祖母の妹のデボラ・デュンヴァルト・クロッカーです」


 僕はその言葉に混乱してしまった。


「え、ええ? 依頼人と同居して事件の解決にあたるポリシーがあって、僕の家に荷物を持ってきたんじゃ?」

「ああ、そう思われたんですの。それはタイチローさんの勘違いです」

「勘違い?」


 そこでリビングのソファに腰掛けていたアシュリーは、クロエが用意した紅茶を一口飲んだ後、優雅に立ち上がり、


「家賃が払えずに追い出されました」

「はい?」

「タイチローさんが、私の初めての依頼人ですわ。精一杯努めますので、よろしくお願い致します」

「初めて?」

「ええ、そして、仕事が見つかったら出ていく約束でしたので、住む場所がありません。どうかこちらに置いて下さい」


 そう言って、これまた優雅に頭を下げたのであった。

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