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第4話 赤い紐事件(4)

「それでは、まずはタイチローさんの身柄を引き取らせていただきます。それとも……逮捕されますか?」


 その時、監士の一人が奥から携帯無線を片手に出てきた。


「分署長、確認が取れました。タイチロー・ジョーカー氏は王立学院を先月卒業しております。風貌も一致。魔法が使えない事も確認済みとの事です」


「そうか……お聞きの通りだ、お嬢さん。ジョーカー君は魔法が使えないそうだ」

「であれば、逮捕は出来ない?」

「明確な証拠が固まらない限りは……だ」

「そうですか。現時点では疑っていると?」

「ああ、そうだ。現時点では重要な容疑者の一人だ。というか、まだ捜査線上に出てきている容疑者はジョーカー君、現場にいた君しかいない。私も君がただの学生で、たまたま今日、古書店に立ち寄り、たまたま死体の第一発見者となったと信じているが……」


「魔法を使えない人が魔法を使う可能性」


 アシュリーが口を挟む。


「そうだ。それがある以上、容疑者の一人という線は外せない」


(ランドルフさん、そんなにベラベラと内情を離していいのだろうか……)


 僕はランドルフとアシュリーのやり取りを見ながら、そんな呑気な感想を抱いていた。だが、容疑者の一人として扱われているというのも困ったもんだ。とりあえず、


「ランドルフさん、僕はもう帰ってもいいという事ですか?」


「タイチローさん、そんな事を監察院の方に聞くもんじゃないですよ。頭、腐ってませんよね? ご自分から任意に監察院にでも同行されるつもりですか? 一度、自分の意思で監察院に行ったら、『自分の意思で』、事件が解決するまで、そこにいる事になりますよ」

「そうなんですか? って、クロッカーさん、口が悪すぎませんか?」

「クロッカーと呼ばれるのは好きではありません。アシュリーと読んでください」


(じゃぁ、事務所の名前を換えた方が……)


「事務所は、その方が色々と便利な事もあるので」


 僕の頭の中を読み取ったのか、そんな事を付け加えられてしまった。しかし、上品な口調と、大金持ちの一族だという事で、お嬢様っぽい方なのかと思ったら、やがり「あの(あの)」と言われるだけあるクロッカー家の一員だ。しっかり口が悪い。


「ランドルフさん、監察院はそんな事を……」

「……」

「はぁ……するんですね。分かりました。アシュリーさん、監察院は僕の身元が確認とれたみたいですので、帰ります。それではランドルフさん、さようなら。できれば、もう会わずに済むという事を祈っています」


 僕はランドルフに頭を下げ、古書店を出た。


 古書店に入ってから出てくるまで、ほんの十分にも満たない時間だったはずだが、とても濃い時間だったように感じる。


「アシュリーさん?」


 僕より先に外に出たアシュリーに声をかける。


「これからどうすればいいのでしょうか?」

「そうですね……とりあえず、正式な契約といきたいので、私の事務所に行きましょう」


 そう言ってアシュリーは先に歩き始めた。


「あ、はい」


 慌てて僕はその後ろを追いかけ歩き始めるが……


「え? ここ?」

「はい、そうですが、何か不都合でも?」

「いえ、だって……」


 古書店の前の通りを挟んだ向かい側の建物に入っていこうとするアシュリーに僕は唖然とした。


「だって事件があった古書店の目の前にあるとは思わないじゃないですか?」

「ならどうやって、誰も依頼していない事件現場に魔法調査士であるわたくしが現れたとでも?」

「……何か、クロッカー家の超常的な力で?」

「魔法が発見された今の時代に超常的な力って、タイチローさんの頭の中は甘い砂糖でも詰まっているのかしら? 精霊魔法には、予知的な力はありませんよ」


 アシュリーの言うとおりだ。

 魔法には神がかり的な予知能力といった特殊な力は無い。


 魔法は科学と双璧を成す、近代的なものである。

 ほんの300年前。

 ある科学者が、この世界を丸ごと包むような『場』を発見した。


 その後、それまで、超能力、神の力と言われていた超常現象や奇跡は、この『場』から生じるエネルギーを利用していたものだと解析され、それは「魔法」と呼ばれるようになったのだ。だが、発見当初、科学者は「神の御業の世界」だと思い込み、この『場』を「精霊界」と名付けた。


 その後、精霊界は単純なエネルギーの場だという事が解明されたが、名称は変更される事もなく今日に至っている。勿論、何度か学者の中で話題にはなっていたのだが、これといって代わりとなる名前が無く、結局、「精霊界」という呼称が現在でも使われているというのが実情らしい。一般社会にも浸透した呼称のため、今更変更する必要も無いだろう。

 

 魔法は、この精霊界のエネルギーを借受けた魔法使いが引き起こす「幻象」と言われている。

 この「幻象」は魔法律と呼ばれる一定の手続きによって「現象」へ変換される。


 対象物を燃やす「燃焼」という魔法を例にとってみよう。


 物理的な現象としては、可燃物質に対し加熱し発火点を超えた場合に燃焼する。この時に、さらなる発熱と発光現象、すなわち「炎」が発生する。これが魔法になると、次のような動きとなる。まず魔法使いは、対象物に対し「炎」という幻象を発生させる、次に「炎」を起点に「発熱」という幻象を引き起こし、さらに「着火」という現象に繋げる。この3つの工程を経て、初めてその対象物は「燃焼」という現象に至るのだ。


 物理現象の結果によって、引き起こされる燃焼が、魔法の場合、出火しているという幻象が先にあり、その幻象の結果、燃焼という事態が引き起こされるのだ。


「魔法にそんな力が無いのは知っていますが、クロッカー家なら……」

「ありませんわ。クロッカー家にも」

「そうですよね」


「私が現場に駆けつけたのは、至極簡単な理由です」

「はぁ」

「そこから見てましたから」


 そう言って、建物の2階の窓を指差す。


「そこの窓から、カモ……じゃなくて、お客様が来ない事を憂いていた所、バタバタと目の前の古書店に魔法監察院の監士達が入っていくではないですか」

「なるほど」

「下に降りて中の様子を外から見れば、そこにはカモ……じゃなくて、タイチローさんが押さえつけられていましたわ」

「そうでしたか」

「あとはタイミングを見て……」


 2度ほど、僕の事を見ながらカモって言いかけた。しかも押さえつけられている所ではなく、僕がもうすぐ解放されるって所で入ってきた……という事は、


「僕が現行犯で確保されたんじゃないという所まで確認したんですね」

「あら、意外と鋭いですわね」


 さて、やっぱり依頼せずに帰ろうか……


「ところで、口頭でも契約が成立しているって事はご存知ですよね」


 僕が踵を変え押すとした雰囲気を察したのか、釘を刺してきた。


「そうですね。ところでクーリングオフっていうのもありますよね」

「魔法調査士は適用外ですわ」


 そうなのか……それは知らなかった。


「それじゃ契約解除の手続きを」

「違約金、支払えます?」

「おいくらですか?」

「そうですね……今回は魔法行使による1級殺人事件の弁護なので、解約は15万ゴールドになります」

「まだ、何もしていないのに、そんなになるんですか?」


 これでは、生活費と家賃、2ヶ月分が飛ぶ。


「解約されなければ、容疑が晴れたタイミングで魔法関係の事件の弁護料は国家負担になりますので、費用はかかりません。容疑が固まり、逮捕、起訴となれば、タイチローさんの資産は将来相続する分も含め、一度、没収され、その中から回収させていただく事になります」


「引き続き、よろしくお願いします」


 僕が犯人じゃない事は僕が一番良く知っている。

 ならば、経済的な理由から、このままお願いするしか無い。


「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは、2階へ上がって契約書にサインをお願いします」

タイチローって……

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