第3話 赤い紐事件(3)
「おまたせしました。そちらの方はこちらでお預かりします。わたくしアシュリー・セラフィーナ・クロッカーが、弁護を担当させていただきます」
古書店の入口に立っていたのは、僕と同じくらいの身長を持つスレンダーな若い女性だった。ちょうど太陽を背にした位置取りだったため、その赤毛で真っ直ぐ綺麗な長い髪は、光りが入り込み、まるで燃えているかのように輝いていたのが印象的だ。目元は、多少吊り気味ではあるものの、力強く大きな目。
そこには、まるでこの世に怖いものなど無いかのような自信が漲っていた。そしてその目つきとは反対に柔らかさを失っていな微笑みを浮かべた小さな口元。
芸術的な美しさとは違い、そこには生きた人間の美貌というものがあった。
神々に愛されている特別な存在。
そんな雰囲気を出すアシュリーの姿に。僕はこの時、目を奪われてしまっていた。
だが、
(誰?)
そうは言いつつも、古書店にいた僕を含めた皆さんは同じ感想を抱いたのだろう。
少なくとも僕は身元さえ確認してもらえれば、この血なまぐさい古書店から出る事ができると、少し気持ちが落ち着いてきた所だったので、余計にそう感じた。
「魔法監察院が出てきているという事は、事件ですよね? お引き受けしましょう。我が、クロッカー魔法律事務所が、この事件の加害者の方の弁護を!」
「おい、そいつを現場に入れるな!」
アシュリーと名乗った女性は、ずかずかと古書店に入ってこようとしたため、ランドルフは慌てて部下の一人に指示を出した。
「お嬢さん、ちょっと待ちなさい! 勝手に現場に入られちゃ困る」
「あら……」
そう言ってアシュリーは彼女の動きを止めようと近づいてきた監士を、手のひらを上げる事だけで止め、ランドルフの襟元の階級章を一瞬確認し、
「分署長さん。魔法調査士には現場の調査をする権利があると思うのですが……」
「それは、加害者と契約をした魔法調査士だけだ」
「ですので、そちらの方……お名前は?」
アシュリーが僕に名を名乗るよう促す。
「タイチロー・ジョーカー」
「そう、そのタイチロー・ジョーカーさんが……ジョーカー? あの偽名では困るのですが……」
「いや、本名です」
「そうですか。ふむ……では、あのジョーカー家のご子孫ですか」
なぜ知ってる?
決して秘密でもなんでもないのだが、現代では僕の名字に隠されている意味を覚えているものなど、僕らの一族くらいしかいないはずなのに、アシュリーはずばりと言い当ててきた。
「そのタイチローさんが、私と契約をすれば問題ありませんわ」
その上で、家名ではなくファーストネームを呼ぶ。
僕らの一族が忌まわしき家名を呼ばれるのを好まない事を知っているようだ。
「ジョーカーさんは、現在のところ、現場にいただけの一般人で、加害者では無い」
そんな事情を知らないランドルフは、僕をファーストネームで読んだりはしない。まぁ、魔法監士にファーストネームを呼ばれるのも、ぞっとしない話しだから、僕は気にしなかった。
そして、ランドルフのその言葉に何か引っかかったのか、アシュリーは少し思案をするように右手を顎に当て首を傾げた。
「そうですか……ですが、魔法使いだけが魔法を使うわけではない……確か、そういう報告書を出されたばかりでしたよね……分署長殿?」
その言葉にランドルフが目を剥いた。
「なぜ、それを……君は、クロッカー魔法律事務所と言ったな……クロッカー、クロッカー……、あのクロッカーか?」
「そういう言われ方は心外ですが、多分、分署長のご想像通りのクロッカーです」
『あのクロッカー』と言えば、あのクロッカー家の事だろう。
商人という身分でありながら、この国の国政や経済を左右するほどの力を持ったクロッカー家。その影響力は、借入で首根っこを掴んでいる半数以上の貴族を動かす力を持っていると言われている、この国一番の財閥。
だが、クロッカー家は過去一度もその影響力を行使した事が無いと言われている。なぜなら、一族のものは揃って変わり者で、問題行動も多く、その後始末に当主は追われており、国を動かす暇など無かったのだ。
曰く、国王の襲名披露の時に、勝手に祝砲を上げすぎて、その振動で城を半壊させた。
曰く、隣国の食糧難から始まった紛争が全面戦争まで発展する一色触発の前線で、戦争をとめようと大量の小麦粉を持って仲裁にあたろうとして、粉塵爆発。死者こそでなかったものの、その振動で両軍にかなりのダメージを与えてしまった。
曰く、経営難に陥った孤児院が地上げされそうになった際、その孤児院の園長に一目惚れしてしまった一族の若者が、孤児院を守ろうと全ての子供を養子として迎え入れたため、結果的に孤児院が廃院になってしまった。
巷に流れる数々の噂は枚挙にいとまがない。
「そのクロッカー家が何でまた魔法律事務所なんかを」
「あら、わたくしと家業は関係ありません。わたくしが、始めた事ですわ。クロッカー魔法律事務所の所長のアシュリーです。アシュリー・セラフィーナ・クロッカー、どうかお見知りおきを」
家業は関係無いといいつつ、堂々と家名を事務所名として掲げる。そんな図々しさに呆気に取られているうちに、アシュリーは胸のポケットから名刺を取り出し、ランドルフに差し出す。
「だが、魔法使い以外が使う可能性についての報告は、箝口令が引かれているはずだ。普通の魔法律事務所では知るはずの無い情報のはずだが?」
「そうですか。残念ですが私の耳には届いてしまったようですね」
クロッカー家のややこしい所は、当主以外の人間が散々勝手な事をしている癖に、一族内での情報共有、相互理解が完璧になされているという事にあると言われている。
あの「クロッカー家」に関わると、碌な事は無い。そう言われる所以だ。
「ですので……」
アシュリーは話を続けた。
「タイチローさんの容疑が簡単に晴れるという状況では無いという事ですよね?」
「……」
ランドルフは返事をしなかった。
「タイチローさんが、気が抜けたような顔をしているのは、その事を告げずに、家に帰そうとしていた。違いまして?」
「ああ」
その言葉にランドルフの表情が苦虫を潰したようになる。
「その上で監視を付ける。魔法監察院が、容疑が固まってもいない、その上、魔法使いでも無い人間を監視するという違法性については?」
「……」
またしてもランドルフは無言となった。
「という事で、タイチローさん」
「はい」
二人のやりとりを呆然と見守っていた僕は、アシュリーに突然声をかけられ、甲高い間抜けな声を発してしまった。
「どうかクロッカー魔法律事務所に弁護のご用名を」
その言葉に僕はランドルフの方を向き、確認をした。
「彼女の言っている事は事実ですか?」
「それは言えない」
「僕の身元の確認が取れても、僕を監視するつもりでした」
「……」
沈黙は肯定という事だろう。
「アシュリーさん、どうかよろしくお願いします」
「ご用命承りました」
そう言い、アシュリーは優雅にお辞儀をした。
そう、これが僕と彼女との出会い。この日、この場所で、何の因果か、僕はアシュリー・セラフィーナ・クロッカーと運命の邂逅してしまったのだった。
アシュリーを絵師さんが描いたらどんな感じになるんだろう( --)チラ Crafeかぁ……いいなぁ