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第2話 赤い紐事件(2)

 僕の目の前には上半身の無い死体。


 正確には、カウンターの内側にある椅子に腰をかけているヘソの直ぐ上の辺りが砕け散っている死体。厳密に言うと上半身は少し残っているとも言える。だが、そんな事は瑣末な事だ。


 周囲には真っ赤な血液とともに細かな肉片が飛び散っており、それが多分、失われた死体の一部なんだろうという事は見て取れた。これだけの状況だ。血の匂いもそうとうエゲツない状態だったんだろうと思うのだが、不思議とこの瞬間の僕の記憶には古書の匂いしか残っていない。


 カウンターの上には両腕が肘の先くらいまで残っていた。


 カウンターに腕を置いた状態で何かの作業中に、上半身だけが爆発し、吹き飛んだようだ。


(死体)


 ……これは、本物なんだよな。


 本物であれば間違いなく死んでいる。

 もしかして、上半身だけになってどこかで生存している可能性も脳裏に過ぎったのだが、上半身だけ生きている方と接して、どう対処していいのかなんて解らないし、そもそも、あまりの事態に足が竦んで動かなかったので、僕は早々に上半身の行方を探すのは諦めた。それに、かき集めれば上半身分になるくらいの肉片がカウンターの内側に散らばってそうだ。後ろの扉付き本棚にも、その片鱗がべっとり付着していた。


 僕は、無意識のうちに近づいていただろう。ふと我に返ると、カウンターの正面から1メートルくらいの所に立っていた。この時、初めて血の匂いが鼻に付く。


 不思議なことに、これだけ派手に爆散したような死体なのに、カウンターからこちら側へは血の一滴すら飛んでいない。


 残された下半身は、茶色いズボンを履いていた(後に茶色に見えたのは血液が染みていたからであり、元々は灰色だったらしい。だが、これは本筋とは関係ない)。


 カウンターの上に残された2本の腕は、1冊の革表紙の本を握っていた。血の流れた後や肉片がなければ、まるで腕から先が透明になって残っており、見えない上半身が本を読んでいるかのようにも見えたのだ。


 その時、僕は突然背後から襲われた。肩を掴まれ、足を払われ、ひっくり返され、そのまま一瞬にして古書店の床に押さえ込まれてしまった。


「ひぃ!」


 恥ずかしながら僕はこの時、押さえ込まれた恐怖で、子供みたいな悲鳴を上げてしまった。だってそうだろう。古書店に入ったら目の前には無残な姿の死体、それに呆然自失しているうちに、背後から襲われた。


 すなわち、僕を押さえ込んでいるのは、この古書店にある死体を作った人間でしかいない。僕は迫り来る死に怯えながら、必死にこう叫んだ。


「助けてください! 僕は何も見ていません! 僕は何も知りません!」


 その懸命の叫びに対し、僕を押さえつけている奴は、さらに体重をかけ、キツイ口調で、


「動くな、大人しくしろ!」


 と言った。

 その時、別の声が聞こえた。


「中に仲間がいるかもしれない、探せ!」


 僕は床に押さえこまれていて、足しか見えなかった。視線の先にはカウンターの下の隙間があり、その奥に血があまりついていない死体の足が見える。その時、古書店の入口からドカドカと何人もの人が入ってきたような音が床から響いてきた。僕は必死に顔を入り口の方へ向け、入ってきた人たちの姿を見る。


「か、監察院?」

 

 彼らは、皆、特徴的な同じ制服を着用していた。

 黒い生地を金の刺繍で縁取った魔法使いにとっては恐怖の象徴。魔法監察院の魔法監士。 


 魔法行使による犯罪を主に追う彼らは、その気質から魔法使いから恐れられている存在だ。「監士に目を付けられたら最後」、こう言わしめるだけの実績を上げてきた彼らが、一般人の僕を押さえつけていた。


「な、何で監察院が僕を!?」


 だが、僕の必死の抗議の声は無視され、僕はそのまま床に押さえ込まれ続けた。そして、古書店には次々と監士が入ってきて、僕の周りや古書店の中を動き回る。


「中には誰もいません!」

「よし、そいつを起こせ、事情を聴く!」


 という声がし、僕の目の前には、一組の靴が立ち止まった。まだ僕は混乱したままだったが、僕は背後で押さえつけていた監士の男によって、無理矢理引き起こされた。


(痛い!)


 巷で認識されている魔法使いというのは、エレガントな存在で筋肉隆々なマッチョとは無縁の世界のはずなのだが、どうやら勘違いだったらしい。一般的な大人としての身長と体重を兼ね備えている僕を安々と片手で持ち上げ、事情を聴くといった別の監士の前に、デンと置かれてしまった。


 おかげで首や足に痛みが走ったので、僕を起こした男に文句でも言ってやろうと、振り返ろうとしたが、今度は背後から頭を固定され、僕は強引に目の前に立っている男と視線を合わす事になった。ご丁寧に両腕も肘を極められ身動きが取れない。


「魔法監士ランドルフ・ハンス・ローゼンクランツである」


 外国風の名前を持つその男はランドルフと名乗った。

 魔法監察院の黒い制服に帽子、細い美形だがどこか酷薄な印象を与える表情の男は、そう名乗った。


「貴様は?」

「は、はぁ」

「さっさと分長殿にお答えしろ!」


 僕を引き起こした監士が僕の肘を締め上げる。


「痛い! 痛い!」

「クリダ士長、まだ怪しいというだけだ。痛めつけるのは後にしろ」

「わかりました」


 そういって、僕を締め上げたクリダ士長は僕の腕を離した。

 目の前のランドルフは、どうやら分長らしい。分長とは魔法監察院にいくつもある分署のトップだ。いわゆる実行部隊の責任者として悪名を馳せている存在の親玉という事になる。その中でもランドルフというファーストネームは……


「黒炎監士……」

「ほう、貴様のような青二才も分長の事は……はっ! 失礼しました」


 僕の後ろに立っていたクリダ士長が途中までいいかけて、何やら動きを止めた。そしてランドルフの頬が少し赤く染まっている……黒炎監士という二つ名は恥ずかしいのか?


「ゴホン、あー、もう一度問うぞ。貴様は何者だ」


 クリダ士長のおかげで、少し空気が和んだが、すぐ近くに下半身だけの死体がある状況には変化は無い。グズグズしている場合じゃ無い事は僕も理解している。


「タイチロー・ジョーカー」

「偽名か!」


 クリダ士長が、僕が名乗ると同時に僕の肘をもう一度、ねじ上げてきた。


「痛い! 痛いんですって! これが本名なんです。冗談みたいな名前だけど、本名なんですってば!」


「クリダ士長!」

「はっ!」


 ランドルフの短く鋭い声に、クリダ士長は直ぐ様反応し、もう一度僕の肘を離した。


「ジョーカー君。一旦、名前は信じよう。そのジョーカー君は、ここで何をしていたんだ?」


 ランドルフは鋭い眼光で僕の事を睨みつけた。

 この姓のせいで、何度これまでもトラブルに巻き込まれた事か。だが、今回がその最たるものだな。いきなり監士に偽名だと拘束されかけた。


「何って、古書店に古書を見に立ち寄っただけです」

「ほう」

「ぼ、僕は先月まで王立学院の学生でした。ですので、ここにある古書に興味があって」

「ならば、魔法使いか?」

「いえ、魔法は使えません。|ノートム《No Talent Of Magician》です」


 僕は生まれつきの魔法の才能が無い事を表すノートムと、自分の事を表現した。この時点で監士の操作対象から外れるはずだ。


「王立学院出身なのに、魔法が使えないのか?」


 クリダが馬鹿にしたような口調で口を挟んできた。

 僕はクリダの方にゆっくり振り向き、今までも何度もしてきた笑みを顔に貼り付けて、


「はい。魔法史科専攻でしたので」

「あ、いや、すまない。そういう意味では……」


 僕の笑みに何かを感じたのか、クリダが目を逸らす。


 そう、これまでも学院の中で何度も同じような事があった。

 魔法を使えない王立学院の学生。魔法使いの人口比率10%というのは、王立学院においては大きく逆転する。魔法を全く使えない学生の割合は一桁前半くらいのものだろう。学院の中では確実にノートムはマイノリティだ。無意識に発せられる侮蔑の言葉にも、長い学生生活で慣れるというものだ。


「クリダが失礼した。それでは、そこの被害者とは全く面識も無いという事か?」

「はい」


 そういって、僕はそっと死体の方を見た。改めて見るとグロい。


「普段はイートングレイ地区で生活しています。今日はたまたま気分を変えようと、ここまで散歩がてら歩いてきて、偶然、この古書店を見つけたので、ちょうど入った所でした」


「分長、確定ではありませんが、やはり我々のテリトリーの仕事です」

「そうか」


 ランドルフの部下らしき男が、古書店のバックヤードから出てきて、報告をしてきた。


「我々が出てきた事からも解るだろうが、これは魔法使いが絡んだ事件のようだ。急な事で手間を取らせた。一旦、君の容疑は晴れた。身元の確認だけ取れれば、帰宅していただいて問題無い」


 身元の確認が出来るまで帰っちゃだめなんだね。

 まぁ、学院なり下宿先なりに連絡してもらえれば一発だろう。

 

 その時、


「おまたせしました。その容疑者の方はこちらでお預かりします。わたくしアシュリー・セラフィーナ・クロッカーが、弁護を担当させていただきます」


 声がした古書店の入口を見ると、そこには女神が立っていた。

主人公登場……しただけですね。

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